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第十四話 日本の出方Ⅱ

 首相官邸、応接室。


「時間がないので、形式的な挨拶は抜きでいきましょう。木戸防衛大臣、荒宮統合幕僚長」


 星波は二人をソファに促し、即座に日本の対応についての協議に入った。

 悠長に有識者会議を開いている暇はない。実務のトップから直接意見を聞くのが最善だ。

 木戸防衛大臣は、元・陸上自衛隊特科部隊の司令官という異色の経歴を持つ。自衛隊へのアバランサー導入に尽力した立役者であり、四十歳という若さながら、名ばかりの有識者より百倍頼りになる男だ。

 一方の荒宮統合幕僚長は、五十八歳になる古参の制服組トップである。部下からの信望が厚く、長年の経験に裏打ちされた知恵と、昨今の複雑な世界情勢にも対応できる柔軟な思考を併せ持っている。


「まずは、我が国として公式な見解はまだ示すべきではないと考えます」


 着座するなり、木戸が手元のタブレットを操作しながら進言した。


「ええ、私も同意見よ。下手に発言して、アルビオン側への挑発、あるいは迎合と取られかねない。最悪、即座に全面戦争に発展する恐れもある。アッシュフォード大統領の安否も不透明な以上、迂闊に動くことはできないわ」


 星波は木戸の慎重論に頷いた。

 アルビオンと名乗ろうが、国連の承認がない以上、国際法上は国家として認められない。ただの巨大な武装テロ組織だ。まともに相手にする方が愚かである。


「しかし総理。あれは紛れもない、全世界への宣戦布告ですぞ」


 黙って聞いていた荒宮が、低い声で口を挟んだ。


「ミサイルを撃ち込まれてから遺憾の意を示しても遅い。ある程度は、国家非常事態としての指針を国民に示しておくべきではありませんか」


「荒宮統幕長、お言葉ですが、一国共生などというテロリストの夢物語に付き合う必要はありません。アメリカ合衆国政府は、まだ完全に崩壊したわけではないのです。もし我々がアルビオンを『国家』として扱うような声明を出せば、彼らが鎮圧された後、日本は国際社会で完全に孤立します」


 木戸が即座に反論する。かつての先輩であろうと、今はシビリアンコントロールの長として臆せず意見をぶつけた。


「誰もアルビオンと手を組めなどと言っておらん! 私が危惧しているのは、いつ攻撃されるか分からないという『現実』だ。せめて、自衛隊の『防衛出動』の事前待機命令を下し、武器使用の制限を解除しておくべきだと言っている!」


「なっ……! 本気で言っているのですか! それは明らかな専守防衛の逸脱だ! 我が国は、必要最小限度の武力行使しか認められていないはずです!」


「その縛りが後手に回っていると言っているのだ! 有事の際、反撃能力があるのに、法的な手続きを待って撃たれるがままになる時間は、今の我々にはない! 横須賀に駐留している旧アメリカ第七艦隊が、アルビオン側に寝返って、いつ首都に巡航ミサイルを撃ち込んでくるか分からない状況なのだぞ!」


 木戸の建前と、荒宮の実利。二人の激しい問答が応接室に響き渡る。

 確かに、荒宮の危惧はもっともだ。平時の法律や国会承認手続きを律儀に守っている間に、国が滅びてしまっては元も子もない。

 半世紀前より軍備は拡張され、アバランサーも配備されたとはいえ、日本は未だ大国には及ばない。アメリカという巨大な傘に守られてきた部分も大きい。その傘の持ち主が突然狂犬に変わったのだから、明日にも首都が戦場になってもおかしくないのだ。


「我々には、一億八千万の国民の命を護る義務があるのだ!」


 荒宮が高らかに声を張り上げる。木戸が顔を紅潮させ、再びまくし立てようと口を開いた、その瞬間。


「はいはい。一旦落ち着いて、お二人とも」


 パン、パン、と。星波が軽く二度手を叩き、熱を帯びた空気を強制的に遮断した。


「一応、総理大臣の前よ? 建設的な協議をするために呼んだの。それに、あなたたちは味方同士でしょう。ここでいがみ合ってどうするの」


 星波の冷や水のような言葉に、二人の男はハッと我に返り、姿勢を正した。


「……荒宮統幕長の言い分は、一理あるわ」


 星波は姿勢を正し、国家のトップとしての冷徹な目を向ける。


「残念だけど、現実問題として……防衛出動の速やかな発令準備と、交戦規定の大幅な緩和。あるいはその両方。……個別的自衛権の即時行使も、覚悟しておかなければならないわね」


 それは事実上、日本が「戦争状態」に突入する覚悟を問う言葉だった。

 木戸と荒宮の表情が、引き締まる。


 「しかし総理、防衛出動の国会承認はどうするおつもりですか?」


 木戸が青ざめた顔で問う。


「緊急事態よ。事後承認で押し通しましょう」


 星波はサラリと言ってのけた。


「無論、クーデターが早期に鎮圧され、何事もなく終わってくれるのが一番だわ。念のため言っておくけれど、これは決定事項ではないのよ。あくまで最悪のケースを想定した話しということを覚えておいて」


 星波は息を吐き、言葉を継ぐ。


「相手が同盟国とはいえ、現時点では他国の内紛に過ぎないわ。私たちが不用意に介入すれば、内政干渉だと非難されかねない。アッシュフォード大統領の安否、アメリカ正規軍の動向、そして何より……アメリカ国民がアルビオンを支持するのかどうか。それらを見極めるまでは、日本から動くことはできないわ」


 木戸と荒宮は、総理の冷静な分析に小さく頷いた。


「では、この後の記者会見では、国民にどう説明を?」


 木戸が、今日最も重要な議題を口にした。


「木戸大臣の進言通り、明言は避けるわ。言葉を濁し、どの陣営にも与しない言い回しでいく。国民の不安を不必要に煽らないよう、最大限配慮する」


 星波はそう答えながら、視線だけを後方に控える秘書官の藤九郞へと向けた。


「在米日本大使館とはホットラインを維持して。逐一、私に直接報告を上げるように。できるだけ確度の高い情報を集め、今日の夕刻には緊急閣僚会議で精査するわ」


 それは木戸たちへの指示であると同時に、藤九郞に対する会見用のスピーチ原稿を至急作成という無言の命令でもあった。藤九郞は微かに頷き、即座にタブレット端末へ指示を打ち込み始める。


「荒宮統幕長。自衛隊の警戒レベルを一段階引き上げ、横須賀および各地の在日米軍基地の動向を監視してちょうだい。挑発には絶対に乗らないこと。記者会見は二十時頃から始めるわ」


「はっ」


「承知いたしました」


 二人の返事を聞き届けると、星波は立ち上がった。


「時間との勝負よ。各自、持ち場へ」

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