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第十二話 アルビオン

 壁の大型テレビでニュースを見ていた非番のクルーが、突如として音量を最大まで引き上げた。

 いきなりの大音量にアーチボルトが怒鳴りつけようとしたが、画面から飛び込んできた異常な言葉に、艦橋内の全員が息を呑み、押し黙った。


『――臨時ニュースをお伝えします。先ほど、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.で大規模な爆発が発生しました! 繰り返します。アメリカ合衆国で大規模な爆破テロが起きた模様です! 現場の国際リポーター、リョンさーん!』


 スタジオの緊迫した声から、現地の映像へと切り替わる。

 画面に映し出されたのは、悪夢のような光景だった。


『はい! こちら現場のリョンです! ご覧ください……信じられるでしょうか!? アメリカの象徴たるホワイトハウスが、業火に包まれています! 星条旗はへし折れ、大統領の安否も現在不明という大混乱に陥っています!』


 防弾チョッキ姿で絶叫するリポーターの背後。そこにあるべき白亜の豪邸は、半分以上が吹き飛び、広大な庭園ごと無残な焼け野原と化していた。


『突如、空から謎のアバランサーが飛来し、ホワイトハウスを直接襲撃したとのことです! 現在、周辺には軍の完全武装部隊が包囲網を敷き――あっ!』


 画面の端から現れた迷彩服の軍人にカメラのレンズが乱暴に塞がれ、現地の映像はそこでプツリと途絶えた。


「一体、何が起きてやがる……」


 レイモンドの唇から、掠れた声が漏れた。

 誰も答えられなかった。世界最強の国の、その中枢がアバランサーによって蹂躙された。あり得るはずのない現実を前に、ベサリウスの艦橋は水を打ったような静寂に包まれた。

 沈黙を破ったのは、再び画面に映ったスタジオのアナウンサーだった。

 彼女はイヤホンからの指示に驚愕の表情を浮かべた後、一度小さく咳き込み、震える手で真新しい原稿を読み上げる。


『……た、ただいま入った情報によりますと、ホワイトハウスを爆撃したとされる犯行グループから、全世界のネットワークへ向けて犯行声明のメッセージが送信されてきたとのことです。……ご覧ください』


 再び画面が切り替わった。

 そこには防弾チョッキに迷彩服を纏った男が、コンクリートの壁を背にしたパイプ椅子に座っていた。


「これは全世界に向けた生放送だ。アメリカ国民、そして世界中の諸君。落ち着いて私の言葉に耳を傾けてほしい」


 横の髪を短く刈り上げた、金髪の男。底知れぬ狂気と理知を併せ持つ瞳で、彼はカメラを真っ直ぐに見据えた。


「私がこの爆撃を指揮した、ヴィクター・アルフレッドだ。このような過激な形での挨拶になってしまったことは遺憾に思う。だが、我々が今回の暴挙に踏み切ったのは、他でもない。このアメリカ合衆国という国家の、傲慢さゆえである」


 ヴィクターの言葉に、静かな熱が帯びていく。


「世界最強の軍隊と最大の経済力を笠に着て、彼らは世界の資源を我が物顔で貪ってきた。挙句の果てには、月面の資源までもが自分たちの所有物だと主張している始末だ! 各国の血税を絞り上げて建造した月面軌道エレベーターを独占し、採掘した資源を友好国にだけ分け与え、他国には一切渡さない。……こんな横暴が、許されていいはずがない!」


 こめかみに青筋を浮かべ、男は画面の向こうへ訴えかける。

 その主張は、これまで世界中の民衆が、そして他国が密かに抱いていた不満そのものだった。テロへの嫌悪感を抱きつつも、彼の言葉に同調していく者は決して少なくないはずだ。


「アメリカという国を何度焼け野原にしようと、この腐敗は決して変わらない! ならば、根本から創り変えるしかないのだ。今日、旧きアメリカは死に、新たな国家として生まれ変わる。その名は『アルビオン』! 我々が掲げる理念は、全人類の平等なる『一国共生』である!」


 そして、ヴィクターは冷酷な目で言い放った。


「このアルビオンの理念に参加しない国家はすべて『敵国』と見なす。直ちに武力による制裁――すなわち、戦争となるだろう」


 脅迫ともとれるその演説が終わると、画面は再び慌てふためくスタジオのアナウンサーや、解説を求められる専門家の映像に切り替わった。

 レイモンドは無言でリモコンを操作し、テレビの電源を切る。プツリと音がして、艦橋に重苦しい静寂が戻った。


「一国共生、ね……」


 忌々しそうなハクバの呟き。レイモンドは、彼が何かの言葉に引っかかったのを感じ取って問いかける。


「なんだ。気になることでもあるのか?」


「いいや。昔……似たような世迷い言をほざいていた奴を思い出してな」


「そいつは誰だ?」


「いいや。言っても分からねぇよ。……古い友人の話だ」


 ハクバはそれ以上踏み込まれるのを拒絶するように、無理矢理に会話を打ち切った。

 隣で聞いていたアーチボルトが、腕を組んで口を開く。


「アルビオン……大仰な名前を付けたものだ。古いラテン語で白き国を意味するが、ホワイトハウスを焼き払っておいて純白でも気取るつもりか?」


「そこまでの高尚な意味はないだろうな」


「狂ってる! あれじゃ全世界に宣戦布告したようなもんじゃないか」


 レイモンドが吐き捨てるように言うと、ハクバは窓の外の水平線へ目を向けた。


「世界中を敵に回しても、勝つ自信があるんだろう」


 そのひどく冷静な一言に、艦橋のクルーたちは息を呑んだ。

 いくら米本国の政府機能が麻痺したとしても、世界中に展開するアメリカ軍艦隊が、ポッと出のアルビオンに味方するはずがない。誰もがそう考える。だが、もし彼らが米軍すらも掌握する算段をつけているのだとしたら。

 傭兵の自分たちですらこれ程悩んでいる、各国の首脳陣は今頃、パニックに陥っているはずだ。


「……キャプテン。悪いが、美味い海鮮料理はキャンセルだ。輸送船団を送り届けたら、なるべく早くこの海域を離脱するぞ」


「……了解した」


 ハクバの危機察知能力は、戦場において誰よりも鋭い。

 彼が今、何より危惧しているのは、日本に駐留している『在日米軍艦隊』の動向だった。もし彼らがアルビオン側に寝返っていたとすれば、ここはすでに敵の火線のど真ん中ということになる。

 一刻の猶予もなかった。

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