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第十一話 輸送船団の護衛

「遅ぇなぁ……」


「そう焦らないでくださいよ。集合予定時刻までは、まだ一〇分あります」


「とは言ってもな、前みたいな騙し討ちは勘弁だぜ?」


 アーチボルトは、ルー商会の一件ですっかり疑心暗鬼になっているようだ。


「イギリス海軍の元提督でも、ビビることはあるんですね?」


 航海長が、海図台から顔を上げて軽口を叩く。


「馬鹿野郎、ビビってるんじゃない、警戒しているんだ! ミサイルで船が沈むのと、アバランサーに踏み潰されるのとは、根本的に質が違うんだよ!」


「それ、世間ではビビってるって言うんですよ? それに同じじゃないですか。ミサイルで吹き飛ばされようと、巨大ロボットに踏み潰されようと、死ぬ時は一緒です」


「全然違う! アバランサーを間近で見たことがあるか? 質量を持った一八メートルの鋼鉄が、明確な殺意を持って自分を見下ろしてくるんだぞ! あの見えない圧迫感……死ぬ直前の恐怖の濃度が、ミサイルの比じゃないんだよ!」


「はいはい、そうですね」


 航海士はアーチボルトの熱弁を適当に受け流し、肩をすくめた。


「キャプテン、そろそろか?」


 ハクバがレイモンドを連れて、船尾の甲板から艦橋へと上がってきた。


「ああ……だが、まだレーダーに影はねぇ」


 レイモンドは艦橋の壁に備え付けられた大型テレビの電源を入れ、国際ニュースのチャンネルに合わせた。

 ベサリウスはあくまで傭兵たちの移動する船だ。ガチガチの軍艦ではないため、戦闘指揮の中枢である艦橋にすら、退屈しのぎの娯楽設備が配慮されている。


「面倒な連中じゃないといいんだがな」


 レイモンドが手すりに寄りかかりながら、画面から視線を外さずに言った。


「流石にここで騙し討ちはないさ。ここはすでに日本の領海内だ。下手な真似をすれば、即座に海上自衛隊が飛んでくる」


「日本の軍隊か……」


「名目上は自衛隊であって軍隊という位置づけではないがな。だが、その実態と練度の高さから、国外からは完全な正規軍として警戒されているな」


「その海上自衛隊ってのは、強いのか?」


「そりゃあな。米国との連携戦術は卓越しているし、各国との合同演習でも勝ちまくっているらしい。日本人の勤勉さというか、規律の遵守が組織としての強さを底上げしているんだろうよ」


 ハクバはポケットから煙草を取り出し、無意識にライターへ火を点けようとした。

 だが、真横からアーチボルトの絶対零度の視線を浴び、舌打ちと共にそそくさと箱へしまい込む。艦橋内は全面禁煙なのだ。

 ハクバは誤魔化すようにコホンと咳払いをして、話を続けた。


「最近じゃ、日米共同開発の原子力空母を就役させたって話だ。極東における日本の軍事力は、ここ数年で跳ね上がっている」


「原子力空母もか! こりゃあ、誰もこんな海域でドンパチ騒ぎを起こしたくはないわな」


「そういうことだ。だから、そんなに怖がる必要はないぞ、キャプテン」


「っ! うるせぇ! 怖がってなどおらん!」


 アーチボルトは会話を聞かれていたことに耳を赤くし、誤魔化すように窓の外の水平線を睨みつけた。

 そうこうしているうちに――。


「CDCより報告! レーダーに感あり。……来ました、目的の輸送船団です!」


 通信士が弾んだ声で告げる。


「やっとお出ましか!」


 アーチボルトは艦長席にどかりと腰を下ろし、鋭い目つきを取り戻した。


「輸送船団より入電。メイン回線に繋ぎます!」


 通信士の合図を受け、アーチボルトが受話器を取る。短い電子音が二度鳴った後、潮焼けしたような野太い声がスピーカーから響いた。


『こちら輸送船団代表の赤石です。ここから千葉県沖合まで、護衛をよろしく頼みます』


 日本人らしい丁寧な挨拶と共に、通信が切れる。

 半世紀前であれば、日本の近海で民間船が物々しい傭兵の護衛を雇う必要などなかった。しかし、気候変動と地政学的なうねりは、かつての海に武装海賊をのさばらせる結果を招いた。平和な国という日本の代名詞も、今や遠い過去の遺物と化している。


「アリステッド! 面舵一杯! 船団のケツに張り付くぞ」


 操舵手へ指示が飛び、巨体なベサリウスがゆっくりと回頭し、輸送船団の後方へとピタリと随伴する。


「よぉーし。あとは、この退屈な子守りを終えたら、日本で美味い海鮮料理でも食うとするか」


 アーチボルトは背伸びをして骨を鳴らすと、手すりにもたれかかるハクバに視線を向けた。


「ああ。急ぐ旅でもない。久々に陸で長めの休暇をとるのも悪くないな」


 ハクバが同意し、レイモンドがそれに茶々を入れようと口を開きかけた、その時だった。

「おい! なんだこれ……!」

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