第十話 嵐の前の静けさ
――アメリカ合衆国、某所、地下。
「ふぅ……いよいよだね」
「うん……本当に大丈夫なの? ジェシカ。こんなことして……」
「今更、怖がっているの? 大丈夫よ。私たちこそが正義なんだから。今のアメリカの惨状を見れば、市民は必ず賛同してくれるわ」
「そう、だよね……」
かつて冷戦期に造られたという古い地下壕。普段であれば水滴の落ちる音が響くようなじめついた空間は、今や異様な熱気に包まれていた。
大量の銃器、戦車。通信機材、そして――横たわるアバランサー。
「アバランサーのロールアウト準備急げ!」
「そろそろ地上用エレベーターへ回すぞ!」
「時代が変わるぞ! 俺たちの時代が来るんだ!」
薄暗い投光器の明かりの中、若者たちが血走った目で動き回っている。
橘美咲は、その狂騒の片隅で自身の震える両手を強く握りしめていた。
ロボット工学を学ぶためアメリカへ留学してきた彼女は、ルームメイトのジェシカに誘われるまま、ある学生サークルに出入りするようになった。
そこは当初、覇権主義を強めるアメリカの横暴や、アバランサーの軍事利用に反対する左派的な平和主義サークルのはずだった。武力による威嚇は、必ず次の戦争を生む。その政治体制に異を唱える彼らの真摯な訴えを聞くうちに、美咲も次第に共感するようになった。
祖国である日本までもがアバランサーを自衛隊に組み込み、軍拡の道を歩み始めている。それを止めなければならない。彼女も心からそう思った。
だからこそ、彼らと行動を共にしてきたのだが――。
此処へ来て、美咲の震えは止まらなくなっていた。確かに彼らの主張は正しいのかもしれない。だが、今から行おうとしていることが本当に正しいことなのか、彼女には分からなかった。
それはきっと、すべての「事」が終わった時にしか推し量ることはできないのだろう。
二一一二年、十月十六日。
この日、世界は大きく変革する。




