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私の婚約者は異世界から来た聖女様にかかりきりですの

作者: 一理。


 異世界から聖女様が召喚されました。


 無事に聖女様が召喚されたことに国民は安堵し歓喜しておりますの。

 この国の王都の北、深い森の洞窟の中に魔界へと通じる穴が開いているのです。

 何百年も昔、魔界の穴から異形の者たちが湧いて出て人々を苦しめたそうですわ。その穴は当時の聖女様だか勇者様だかによって結界により塞がれたときいております。昔の伝承で勇者様説と聖女様説があるので私にはどちらかは分かりません。

 わかっていることはこの結界を維持するために百年に一度聖女様を召喚しなければいけないこと、それをこの国の王族は最重要事項として何代も守り続けていらっしゃいます。


 召喚された聖女様を迎え、保護したのはこの国の第一王子にして王太子のアレクサンドロ殿下、私の婚約者でいらっしゃいます。


「王太子殿下は一目で聖女様にメロメロになったそうですわ」

「ええ、ええ、泣いている聖女様に歩み寄り優しくお言葉を掛けると聖女様も王太子殿下に手を差し伸べられたそうです」

「良かったですわね」


 王宮の侍女たちが噂をしています。

 良かった、王国にとってこれは非常に喜ばしい事です。聖女様の機嫌を損ねる訳にはいかないのです、聖女様には弱まってきた結界の強化をしていただかなくてはならないのですから。


 数日が経ちました。

 アレクサンドロ殿下と聖女様の仲は良好なようですわ。王宮の庭で仲良く散歩している二人、東屋でケーキを自らの手で聖女様に食べさせているアレクサンドロ殿下の姿などが王宮で働く人々に度々目撃されているそうです。

 人々の目は概ね好意的、何と言っても聖女様はこの国を魔界の者から守ってくれる貴重な存在ですから、それは王宮の者でなくともこの国の民であるならば誰でも知っていること。

 それに王宮の人々も聖女様の愛らしさに心を掴まれる者多数続出だと聞きましたわ。


「お嬢様は聖女様にお会いしましたか?」


 侍女に聞かれ私は首を横に振りました。


「いいえ、聖女様が結界の強化を行うまでは王宮も忙しいので王太子妃教育はお休みなの。といってももうほとんど終わっているから王宮に伺ってもアレクサンドロ殿下や王妃様とお茶をご一緒したり雑談をしたりすることが多かったからお休みでも支障はないのだけれど」


 そう、キャストル公爵家の娘である私、ミラージュとアレクサンドロ殿下の婚約が決まったのはもう十年も前、私と殿下が八歳の時です。

 その時から将来王妃として国を支えるべく私は精進してきました。王太子妃教育も頑張りましたし、社交にも力を入れました。常に淑女として人に後ろ指を指されない生き方を心がけてまいりましたの。

 どうしてそんなに頑張れたのか? それは……最初はぎこちなかったアレクサンドロ殿下との交流でしたけれど、折に触れ殿下のお優しさを知り、細やかなお心遣いを知り、私を心ごと守ろうとしてくださる殿下の逞しさを知り、いつしか心から殿下をお慕いしていたからですわ。あら、照れますわね、恥ずかしいので殿下に申し上げたことは無いのですけれど。

 殿下は「苦労させないとは言えない、大変なことも沢山あるだろう、だけど僕は出来る限りの力と心でミラを守るから」いつもそう仰ってくださいましたわ。

 だから私も持てる力の全てでアレクサンドロ殿下をお支えしたいと思ったのです。


「お嬢様……もしかしてアレクサンドロ殿下にもお会いしていないのですか?」


 侍女の問いかけに私は頷きました。


「アレクサンドロ殿下は今はお忙しいのよ。聖女様と交流を深めなくてはならないから」

「まあ! 結界強化の儀式までアレクサンドロ殿下は公務も全てお休みしていると聞きましたわ。お嬢様とお茶を共になさるくらいーー」

「それ以上言ってはいけないわ、メイ」


 侍女のメイは私の制止に口を閉じました。


 結界強化の儀式は聖女様と王族の一人が共同で行うと聞いています。現在の王族は国王陛下と王妃様、王弟殿下、そしてアレクサンドロ殿下の四人ですの。アレクサンドロ殿下の三人のお姉様は他国に二人、この国の侯爵家に一人既に嫁いでいらっしゃいます。私も幼い頃は可愛がっていただいたし、侯爵家に嫁がれた第三王女殿下とは今も親しくお付き合いさせていただいてますの。

 そういう訳で聖女様と儀式を行うのはアレクサンドロ殿下と決定いたしました。騎士団長を務めていらっしゃる王弟殿下も結界のある洞窟まで殿下や聖女様をお守りして下さるらしいのですが、儀式を行うのは聖女様とアレクサンドロ殿下の二人でいらっしゃいます。アレクサンドロ殿下、責任重大ですわね。


「俺は怖い顔をしているからなあ……聖女様に嫌われたらしい」


 しょんぼりと王弟殿下が仰っていらしたとか。


 それなら私も嫌われてしまうかしら……ふと心配になってしまいましたわ。

 アレクサンドロ殿下はふわっとした眩い金髪に柔らかいエメラルドの瞳を持つ美丈夫でいらっしゃいます。本当に本当にそれはもう素敵な方でいらっしゃいますのよ。口調もソフトで人当たりも良い、本当は結構腹黒なところもございますけれど優しい雰囲気で騙されてしまう人は多いみたいですわ。私的にはそんな腹黒なところも魅力なんですけれど。

 それに比べ私はストレートの腰まである黒髪に黒い瞳。地味で冷たそうな雰囲気なのですわ。顔立ちも整っているとは言われますけれど、つり上がり気味の目じりが人に威圧感を与えてしまうみたいですの。女性にしては高身長でスリムな体つきももしかしたら聖女様には怖がられる要因になってしまうかもしれません。


「ミラは可愛いよ」


 アレクサンドロ殿下はよくそうおっしゃってくださいました。


「表情がない? 誰がそんなことを言ったの? 僕はそうやって照れて耳を赤くしているミラも、完璧ですってすました顔をしながらちょっと抜けているミラも最高に可愛いと思うけど」


 あのお言葉は今も有効? アレクサンドロ殿下はまだそう思っていてくださるのでしょうか。






 それからまた数日経ちました。

 相変わらずアレクサンドロ殿下は聖女様にべったりの生活を送っていらっしゃるそうです。寝る部屋こそ別ですが一日中聖女様の傍に侍り二人戯れていらっしゃるそうです。

 わかってはいます、アレクサンドロ殿下は聖女様と結界強化の儀式を行わなければならないのです。その為に聖女様と親しくなり、聖女様の心を開いていただかなければならないのです。


「私にもなにかお手伝いは出来ないかしら?」

「お嬢様、それはいい考えでございますわ。聖女様と同性のお嬢様の方が聖女様と仲良くなれるかもしれませんもの」


 メイの言葉に後押しをされて私はお父様に相談をいたしました。

 そうしてまずは聖女様との相性を見てみようとのことで王宮のお庭で偶然聖女様と出会ってみることになりました。


 お二人がお散歩をなさっているという庭園に足を踏み入れました。進んでまいりますと「あはは、うふふ」と楽し気な笑い声が聞こえてまいります。

 ああ、その角を曲がればお二人の姿が見えるでしょう、私は歩を進めました。


「!!」


 なんと、アレクサンドロ殿下は聖女様を抱いておられました。

 アレクサンドロ殿下の腕の中で聖女様が楽し気な笑い声をあげておられます。そうして二人は頬をすり合わせたり頭を撫でたりしてお二人の世界に入っておられます。私は足を止めそのお二人に見入っておりました。

 ふとアレクサンドロ殿下がこちらに目を向けられました。


「……ミラ」

 

 アレクサンドロ殿下はばつが悪そうな笑顔を浮かべられました。

 そうでしょう、殿下はまだ聖女様が召喚される前、聖女様の相手など面倒臭いだけだと仰っていましたもの。苦手とも仰っていましたわね、私の前だけかもしれませんけれど。

 いけないですわ、いけないですわ、私の今日の目的は聖女様に気に入っていただくこと、そうすれば私もアレクサンドロ殿下のお手伝いが出来るかもしれませんもの。


 私は出来るだけ優雅に聖女様にご挨拶をいたしました。


「聖女様、お初にお目にかかります、ミラージュ・キャストルと申します。ぜひ私ともお話を——」


 全て言い終わらないうちに聖女様は怯えた顔でアレクサンドロ殿下の胸に顔を伏せてしまいました。

 ああ、失敗しましたわ。緊張でいつもより目じりが上がっているような気がしましたの。きっと聖女様に威圧感を与えてしまいましたのね……


「あの、聖女様——」

「ミラ、……すまないが」


 私が弁明しようとした言葉はアレクサンドロ殿下に遮られてしまいました。辛そうな顔をしながらアレクサンドロ殿下は仰います。


「聖女様に何を言っても無駄だよ、それよりどうしてここに?」

「申し訳ございません、アレクサンドロ殿下がお忙しそうなので私も何かお役に立てないかと」


 アレクサンドロ殿下は少し考えて首を横に振りました。


「君と会う時間が取れないのは申し訳なく思っているよ、でも今はこの国にとって大事な時なんだ。僕は結界強化の儀式を成功させるために心血を注いでいる。それはミラもわかってくれるよね」


 ええ、もちろんわかっておりますわ。そうではないのです、私はアレクサンドロ殿下とお会いする時間が取れないことを恨んでいるわけではないのです。本当に、本当にアレクサンドロ殿下のお役に立ちたかっただけなのです。冷酷と言われるこの顔が恨めしいですわ、緊張して更につり上がる目じりが憎らしいですわ……


 結局何もできず私は去って行くアレクサンドロ殿下と聖女様を見送るだけでした。






 そうして落ち込んでお部屋で塞ぎこむこと数日、私の元にお茶会の招待状が届けられました。

 以前は王太子妃教育と並行してお茶会など社交にも力を入れてきた私ですけれど、ここ最近は、いえ、聖女様が召喚された後はお断りしていました。

 今現在私は暇なので出席することは可能でしたけれどなんだか気が進みませんでしたの。

 いえいえ、寂しいとかではないのです。ただ気が進まないだけで……お茶会に出席されている方々に聖女様のことを聞かれるのが億劫だったのかもしれませんわ。聖女様が召喚されたことは王国中の人々が知っています。でも聖女様の姿かたちを話すことは禁じられています。当然ですわね、聖女様はこの国の安全を守ってくれる大事なお方、誘拐にでもあったら大変ですもの。

 ですから王宮に勤める者たちも聖女様とアレクサンドロ殿下が親しく過ごされていらっしゃるとか、聖女様がとても愛らしい、などと口にはしても具体的な聖女様の見目形などは口にいたしません。私もお茶会などで聖女様のことを聞かれても答えられることは何もないのです。


 あら、このお茶会は侯爵家に嫁がれた第三王女殿下、サリファお義姉様からですわね、それでは断るわけにはいきませんわ。

 まだアレクサンドロ殿下と婚姻前である私は正確にはサリファお義姉様とは義理でも姉妹ではありませんが、幼い頃から可愛がっていただいてサリファお義姉様と呼ばせていただいておりますの。




 久しぶりにお茶会にするために侯爵家にお邪魔いたしました。

 お天気が良く爽やかな風が吹く今の季節、お茶会は色とりどりの花が咲き誇る庭園で行われておりました。サリファお義姉様にご挨拶をして、サリファお義姉様と親しいご夫人の皆さまと暫し歓談をいたしました。

 お茶会も半ば、少し疲れた私がお庭の片隅で綺麗な薔薇を眺めておりますと後ろからクスクスと笑い声が聞こえました。

 振り返ると三人のご令嬢、侯爵家のアン様と伯爵家のドゥラ様、同じく伯爵家のトローワ様ですわね。


「ごきげんようミラージュ様」


 アン様たちの挨拶に私も丁寧にお返しをします。あまりお話をしたくないのですけれど仕方がありません、アン様はアレクサンドロ殿下をお慕いしていると噂がある方で、私も何度か不愉快な思いをさせられたことがあります。得意の淑女スマイルと毅然とした態度で撃退しましたけれど……しましたわよね?

 そんな内心はおくびにも出さず私は微笑みを浮かべます。


「なんだか不機嫌でいらっしゃいますのね、怖いですわぁ」


 アン様の言葉に心の中で首をかしげます。あら、私は今淑女の微笑みを浮かべましたのに……ああ、これは〝極寒の微笑み〟とご令嬢方に恐れられる微笑みを浮かべてしまったのかしら? 


「あらアン様、無理もありませんことですわ、ミラージュ様はアレクサンドロ殿下に放置されているそうですもの」

「ああ! アレクサンドロ殿下が聖女様に夢中という例の噂の事ですわね」

「アレクサンドロ殿下は聖女様を殊の外愛しくお思いになって片時も傍をお離れにならないそうですもの」

「まあ! それでしたらミラージュ様が放っておかれるのも……ねえ」

「「「お気の毒ですわあ」」」


 ちっとも気の毒そうでなくクスクスと笑いながらお話しするアン様、ドゥラ様、トローワ様。

 私はそんなお三方を淑女の微笑みで見つめておりましたわ。

 淑女の微笑み、です、〝極寒の微笑み〟ではありません。お三方が私を見て「「「ひっ!」」」と悲鳴を上げられたのは聞こえなかった事に致しますわ。


「アレクサンドロ殿下が、聖女様と仲睦まじいのはとても喜ばしいことですわ。結界を強化するためにこの国にお招きいたしましたのはこちらの世界の都合ですもの、聖女様には心安らかにお過ごしいただきたいものです。アレクサンドロ殿下が聖女様の心を癒すことが出来たのならこんな嬉しいことはございません。私はアレクサンドロ殿下を尊敬いたしますわ」


 私が穏やかにお話しいたしましたのにお三方はますます怯えた表情で後ずさっておられます。あら、いつもより若干目じりがつり上がっているかしら? 気のせい? 気のせいね。


「そ、そんな強がりを——」


 三人で固まりながらアン様が声を張り上げた時に背後からもう一つの声が聞こえました。


「どうしたんだ?」

「サリファお義姉様!」


 私の背中に添えられた温かく頼もしい手、今はすっかり高位貴族の奥様ですけれど男装の麗人と名を馳せた私の大好きなサリファお義姉様の手です。


「何を話していたんだい? 私の可愛いミラ」

「なんでもありませんわサリファお義姉様、アン様たちと少し世間話をいたしておりましたの」


 私がサリファお義姉様とお話をしている間にアン様たちはこそこそと去って行かれました。







 サリファお義姉様のお茶会で少し気分が上昇して数日、ようやくお父様から朗報がもたらされました。


「ミラ! 結界強化の儀式が無事成功したそうだ!」

「まあ!」


 アレクサンドロ殿下は見事やり遂げられましたのね、私の両の瞳から涙がポロポロと零れ落ちました。


「泣くほど嬉しいか、そうだな、私も嬉しいぞ。これでこの国の、いやこの大陸の安全は守られたのだ、アレクサンドロ殿下は素晴らしいお人だ、早速明日お祝いを申し上げに行こうじゃないか」


 お父様の言葉に私は何度も何度も頷きました。お母様とお兄様も喜んでおられます。

 アレクサンドロ殿下ならきっとやり遂げてくださるだろうといいながら、お父様は結界強化の儀式が万が一失敗したときに備えてお母様とお兄様を王都から遠く離れた領地に向かわせようとしたのです。異世界から聖女様を召喚していながら何たる身勝手、と私やお兄様、いつもお淑やかなお母様にまで責められお父様は数日針の筵に座っておいででした。




 そうして次の日、お父様と王宮に向かったのですけれど、私たちはアレクサンドロ殿下にお会いすることが出来ませんでした。


「聖女様が帰るのを嫌がっていらっしゃる?」


 すまなそうな王宮官吏の報告を受けて私はお父様と顔を見合わせました。


「はい、聖女様は泣いてアレクサンドロ殿下に縋っていらっしゃいます。それでアレクサンドロ殿下は本日はお会いすることが出来ないと……」




 王宮からの帰りの馬車の中、私はお父様にお聞きしました。


「召喚された聖女様が元の世界にお帰りにならないこともあるのですか?」

「うーむ……はっきりとはわからないが過去に一度……いや、二度そんな事例があったか? いやわからん」


 お父様も首をひねっておられます。

 今までは聖女様は結界強化の儀式が無事終わると元の世界に戻られていたそうです。こちらの世界の都合であちらの世界から強制的に連れてきてしまったのだから無事にお帰り願うのは当然のことですわ。聖女様はこちらの世界で一か月ほど過ごされましたが、どういう仕組みかはわかりませんが、あちらの世界の召喚されたその同時刻にお戻りになられるそうです。そして聖女様があちらの世界に戻られて家族の方とお会いになるまで異世界を覗ける魔道具の鏡で追跡調査、聖女様の無事を確認して今回のミッションが終わるのですわ。召喚の魔道具や異世界を覗ける鏡、その他もろもろの道具は王宮の最奥に仕舞いこまれてまた百年後まで今回の記録と共に代々の王族が守っていくそうです。


「聖女様がお帰りにならなくても不都合はないのですか?」

「あちらの世界は分からないがこちらの世界での不都合は……ないな。結界強化の儀式を終えられた今は聖女様の役目は無くなった。とはいえこの国を、世界を救ってくださった御方だ、王宮で最上級の賓客として過ごされるのではないか?」


 それでいいのでしょうか? ご家族の方ともう一生会えなくなるというのに聖女様はアレクサンドロ殿下が傍にいらっしゃればそれでいいのでしょうか?


 釈然としない思いで過ごす事二日、聖女様はあっさりと元の世界に帰って行かれたそうです。






「はあ――疲れたよ……」


 久しぶりのアレクサンドロ殿下とのお茶会、殿下はわざわざソファーの私の隣にどっかりと座り、私の肩に頭をもたれかけてそう仰います。


「まずはお疲れさまでした、そして儀式の成功、おめでとうございます」


 私は肩にもたれた殿下の頭を撫でました。


「ああ気持ちいいな、ミラにそうやってもらうのも久しぶりだ」

「あら、聖女様とは撫でたり撫でられたりしていたではないですか」


 私がちくりと嫌味を言うとアレクサンドロ殿下はぐっと詰まった後に言葉を絞り出しました。


「私の役目は聖女様に信頼していただくことだ、異世界からただ一人やって来て言葉もわからない聖女様に寄り添い、信頼を勝ち取り、儀式を成功させる、その為にはスキンシップは欠かせないんだよ」

「ええ、それは分かりますわ。でも義務感ばかりではないでしょう? 聖女様が帰られた時に殿下が涙をお流しになったと聞きましたわ」


 私は少し身体を離し、アレクサンドロ殿下の瞳を覗き込みました。


「なっ! それをどこで!? 叔父上か? 叔父上から聞いたのか?」


 アレクサンドロ殿下は一瞬動揺した後に素早く立て直し、照れ隠しのように、態とからかうような口調で私にお聞きになりました。


「何だ、ミラ、嫉妬か?」

「まさか! 違いますわ、私は喜んでいるのですわ。アレクサンドロ殿下は聖女様が召喚される前は苦手だと仰っていたでしょう? それが実際は聖女様と真に心を通わせ聖女様を慈しんでおられましたわね、そのお心が聖女様に伝わったのだと思いますわ」


 私の言葉はちゃんとアレクサンドロ殿下に伝わったようですわ。殿下は小さい声で「ありがとう」と仰いました。

 

(うん、本当に大変だったんだ。聖女様を愛しく思っていたのは本当だ、打算や演技では聖女様に心を開いては貰えない。本当に聖女様を愛しく思い聖女様に寄り添った、だから聖女様がお帰りになるときは身を切るように辛かった。だけどそれはそれ、腹の中で何も謀をせずに誠心誠意相手に対するなんて僕のキャラじゃないんだよな、だからそういう意味では疲れたし大変だった。あと、ミラに会えなくてミラ欠乏症に陥りそうだったからミラが会いに来てくれた時、冷たい態度で接してしまった……ミラは僕の事を嫌いになっていないよな。ああそうだ、僕がミラに会えない間、僕のミラを苛めてくれた令嬢がいたんだっけ、サリファ姉上からちゃんと聞いているんだ。ずうっと裏の無い好青年だったから腹黒のリハビリがてら彼女たちに仕返しをしようかな。ああ、やり過ぎるとミラに嫌われるからそこはほどほどに……ね)





 アレクサンドロ殿下は物思いに耽ってらっしゃいます。聖女様に思いを馳せていらっしゃるのでしょうか、思考のお邪魔にならないことを祈りつつ私はアレクサンドロ殿下に訊ねました。


「あの、お聞きしたいのですけれど、結界強化の儀式とはどんなことをなさるのですか?」


 一番気になっていたこと、だって護衛として同行なさった王弟殿下から「あれは必見だ」と伺っていましたの。


「あの……守秘義務があるのでしたら無理にとは申しませんが」


 返事を躊躇っているアレクサンドロ殿下にそう申し上げたら殿下は「ああ、秘密でも何でもないよ」と笑ってくださいました。


「儀式はね、異世界の歌と踊りなんだ」

「歌と……踊り?」


 アレクサンドロ殿下は深く頷きます。


「そうだよ、聖女様はこの世界の言葉はわからない。それでも信頼してもらって居心地がいいと思っていただいて、聖女様が自然に歌を口ずさむのを待つんだ。そうして聖女様が歌ったらその歌を知りたい、教えて欲しいと身振り手振りで訴えて教えてもらう。その歌にダンスが付いていなければまた他の歌を、そうして踊り付きの歌を教えていただいて僕も覚えて洞窟の結界の前で二人で歌いながら踊るんだ。上手くいけば結界が白く光って強化されたことがわかる。――踊りはともかく歌は苦労したよ、異世界の言葉は発音も難しいんだ、それでも長年聖女様の世界の言葉は研究されてきたから学者たちは少しはわかるみたいだけどね」


 驚きました……驚きましたわ。魔界につながる洞窟の前で異世界の歌と踊りですの? どうしてそれで結界が強化されるのでしょう? 全く意味がわかりませんわ。

 わからないことはポイッと投げて私は殿下に次の質問をいたしました。


「どのような歌と踊りを殿下は披露なさったのですか?」

「『オオキナクリノキノシタデ』という楽曲とダンスだよ。僕には言葉の意味は分からないけれど、学者たちが『大自然の中で愛と友好を謳う壮大な曲』だと言っていたよ」

「まああ! 素晴らしいですわ! 機会がありましたら私にも是非教えてくださいませ!」

「もちろん、発音は難しいと思うけれど僕がしっかり教えるからね」


 どや顔のアレクサンドロ殿下も愛おしいですわ。

 そう思ってほっこりしていたら殿下もにっこり笑って仰いました。


「ああ、これでやっとミラとの結婚準備が進められるね!」


 そのお言葉に頬に熱が上ってきてしまいますわ。ごまかすように私は聖女様のお帰りになった時の事をお聞きしました。


「ああ、聖女様が僕に縋って泣いていたこと? 聖女様は言葉がわからないだろう? 元の世界に帰ることが出来るとわからなかったみたいなんだ。だから僕から離されまいと必死に僕にしがみついていたんだよ」

「そうでしたの……聖女様はまだたったの三才、この世界で唯一心を許せるアレクサンドロ殿下から離れたくなかったのですね……」


 私はしみじみ思いましたわ。私の顔が怖くなかったら聖女様も懐いてくださったのでしょうか……女同士なら夜一緒に眠ることも出来ますわ、そうしたら聖女様ももっと安らかにお過ごしになることが出来たかもしれませんのに……


「ミラが一度会いに来てくれただろう、あの時は嬉しかったよ。でも聖女様は僕にしか懐かなかったからね、お世話しているメイドも駄目だったんだ。ミラの所為じゃ無いからね」


 アレクサンドロ殿下が優しく慰めてくださいます。


「でもアレクサンドロ殿下は聖女様を召喚する前に子供は苦手だ、幼児などどう扱っていいかわからない、と仰っていましたでしょう? ですから私は少しでもお役に立ちたいと思いましたの、失敗してしまいましたけれど……」

「あー、いや、それが全然大丈夫だったんだ、もちろん聖女様と心を通わせて歌や踊りを教えてもらうのは大変だったよ、でも苦では無かったんだ」


 あら、そう言えばメイが言っていたわ

『王太子殿下は一目で聖女様にメロメロになったそうですわ』


「聖女様は黒い髪に黒い瞳だったからね」


 私がメイの言葉を思い出しているとアレクサンドロ殿下がほのかに頬を染めながら仰いました。

 あら、そう言えば確かに聖女様は肩の辺りで切りそろえられた黒い髪に黒い瞳だったような気がしますわ。ただし、ストレートの私と違って聖女様の髪はふわふわとまるでアレクサンドロ殿下みたいにウエーブがかかった髪質でしたけど。


「つーまーりー、僕には聖女様が君と僕との愛の結晶みたいに見えたんだ。……もちろん将来の……ね」


 え? え? 愛の結晶? 愛の結晶……って。

 殿下の説明でやっと私も意味がわかりましたわ。やーだー殿下ったら、気が早すぎますわ。


 扇でパタパタと熱を持った顔を仰ぎながら私は殿下にお聞きしました。


「そ、それなら聖女様とのお別れはお辛かったでしょうね」


 殿下はガバッと私の手を握り仰います。


「そうだよ、僕は寂しいんだ、だから一日も早く結婚して僕たちの愛の結晶を作ろうね」


 うー、藪蛇でしたわ、ますます私の顔が熱くなってしまいます。何か他の質問をしなければ……


「殿下もお別れはお辛かったでしょうけど、聖女様も殿下のお傍を離れたくなかったのでしょう? どうやってお帰りいただいたのですか?」

「ああそれはね、魔法の呪文があるんだよ」

「魔法の呪文ですか?」

「そう、僕も意味は分からないんだけどね、聖女様がお家に帰りたくなる素晴らしい呪文らしい」


 そうして殿下はその呪文を教えてくださいました。


『アソコニイケバオウチニカエレルヨ、オカアサンガオイシイゴハンヲツクッテマッテルヨ』 





様々な感想、ご意見ありがとうございます。

皆様のご意見を参考に少々改稿をいたしました。

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― 新着の感想 ―
最後のカタコトのせいで、聖女が元の世界に帰れたと思えない… 穴の向こうは本当にもとの世界?断崖絶壁だったりしない?
最初は聖女様とか言ってるけど小動物かなーと思ってました(笑) もふもふなら抱きしめたり頬ずりしたりするし、小動物に徹底的に避けられる人いるし……と。 前に犬♀が聖女で犬♂が魔王のお話を読んだこともあっ…
王子様は期間限定の保父さんにジョブチェンジしなくてはいけないのですねww その発想はなかったw面白かったです。 そりゃ言葉が分からない世界で3歳児が懷くのは王子様だよねぇ(イケメンに限るが)
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