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領民 0/4
領民を登録しますか? Y/N
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僕の物という確信がそう思わせたのか。
ボタンも充電用の端子もないけど、かつて持っていたスマホと感じた。
「なんだろう、これ」
僕のスマホの背景は海と流氷とオーロラにしていた。
けど今は黒一色の背景に白い文字が浮かび上がるだけ。
「ねぇ、大丈夫カイトちゃん? 何ともない?」
「あ、はい。大丈夫です。害はないと思います」
「見たことねぇな。大体物を出す職能自体、魔操兵くらいっきゃしらねぇからなぁ」
「そうなるとこれは魔道具の一種か? しかし凄い光沢だ――宝石みたいだな」
「んーこれ”領民”を集めろってことっすか」
覗き込むノヴァの頭の角にしがみ付いて一緒に見ていたポリーが画面を読んだ。
「あ、ポリー読めるんだ」
「――馬鹿にしてるっすか?」
「あ、いや、ごめん。僕しか見えないもんだと思ったんだよ」
「見えるっすよ。ねぇ?」
「うむ」
僕以外にも見える。その理由が分かったのは『Y』に触れて分かった。
『領民候補者はタッチしてください』
僕は”領主”らしい。つまり領民を集めるのは僕。もっとも、僕の技能なのだから考えてみれば当たり前だ。
ただタッチしてもらうのはちょっと気が引けた。
恐らく集めたら僕にとって何かメリットがあるのだろう。それこそ成長のような。
でも問題は”領民”となった人はどうなるかだ。
”領主”との間にある種強制力のある主従関係が出来たりするかもしれない。
”領主”から離れられないとかデメリットがあることもあるかもしれない。
そんなことを考えていると画面にすっと手が伸びて来た。
赤褐色の指が僕とノヴァの間からするりと出て来てタッチしてしまう。
「はいっと! これでいいのかな?」
あっと声を上げる間もなかった。
画面には『??? フレアが領民になりました』と出る。
「ちょっとフレアちゃん?! 大丈夫? 何ともない?」
「うん」
「勝手しちゃ駄目でしょ」
「集めるんでしょ?」
「そうっすけど」
「危ないっつー可能性もあるからなぁ」
「大丈夫! カイトのだよ」
フレアの屈託のない眩しい笑顔に皆納得。次々にタッチしていく。
『??? ポリーが領民になりました』
『穀物農士 レジーナが領民になりました』
「なるほど”???”は職業欄か――」
「あれー、そうなんだ」
「儀式を受けねぇと出ねぇんだろなぁ」
「イグレットの番すよ?」
「ん、ああ――4人目で区切りだろぉ? なら俺ぁじゃねぇノヴァだ」
「うん、確かに! じゃあパパ。どーぞ」
ノヴァの顔が少し渋ったように見えた――けどそれはすぐ吹き飛んだ。
『騎士 ノヴァが領民になりました』
ノヴァの職業、この世界の最高峰の、男子なら誰でも憧れる職業。騎士団に無条件で入団が許されるというエリート街道を約束された――騎士だった。
――なら何故こんな最果てに一家でいるのだろう。
という疑問もすぐに吹き飛ぶ画面の変化があった。
『領民が集まりました。成長まで後23:59』
「やっぱり成長――?!」
「おお、成長すんのか」
「やったねカイト!」
「あら、おめでとう」
「っす!」
「まだ時間がかかるみたいだけどね」
だから実感はなく、まだ喜ぶなんてほど遠い。
多分一番喜んでくれてるのはおっちゃんだろう。半泣きで僕の背をばんばん叩く。
ノヴァも渋かった顔はどこへやら、清々しい笑みを浮かべて親指を立てる。
「おめでとう。とはいえ喜ぶのは夜だ。昨夜のあれで今日はやることが多いからな。二人とも遊んでいる暇はないぞ」
「もーフレアとポリーが遊んでるばっかりみたいに言わないで」
「っすよ。ウチはフレアみたいに遊んでばっかじゃないっすからね!」
茶化したポリーに怒ったフレアが追い掛け回す。勿論本気じゃない。それでも2人を止めるために更に後から追い掛け回すママさん。
見てるとどこか頬の緩むような――これが兄弟喧嘩って奴なのだろう。
2人のことはママさんに任せて僕らは表の木を伐り倒すことになった。
表の木は何度見ても立派だった。とても一晩で生えたとは思えない。
「ストレージ――あ、駄目だ。これ」
「駄目か。楽できねぇかぁ」
「うん、使えないって分かる。一応――射手塔! やっぱり生えてるのは無理だ」
白線で囲っても塔の精霊は反応を示さない。
なので両手が周りきらないほど太い幹を相手に、斧を振るうことになった。
「堅っ」
「まだ休まなねぇでくれよカイト。こっちは年なんだからよ」
「ふっ、最初はそんなもんだ。ほら、もう一回。腰を入れろ!」
「はい!」
気合いが入れてもう一度肩に背負い直した。
折角の貰えた仕事に俄然やる気は燃え上がる。
けど家での修行も剣系がメインだったし、斧はあまり使ったことない。伐採目的で振るったことだって勿論ない。
そのせいか最初の一撃で”無理”というイメージが強くある。
ひょっとしたらこれが職業の差なのかとも考えるほどに絶対的な無理感があった。
実際この世界では冒険者ギルドには”伐採依頼”が来る。それも大量に。受けるのは勿論伐採士で極極々稀に収集士が受けていると聞いた。
ただ、皆の反応は当たり前の村の仕事としてやっているようだ。
だから伐れる――そう思ってもう一撃。
「いっ! 手がっ」
「お、大丈夫か、痛めたか?」
「大丈夫。ただ痺れっ――じんじんする」
「んじゃ替わるかぁ」
「いや大丈夫! もう一回!」
「よしその意気だ。腰だ腰を意識しろ!」
腰、腰、腰、ノヴァの腰の回し方を見て、ふと気付いた。
腰を回して棒状のものを振るという、かつて憧れたスポーツ――野球だ。
動画で何度も見たバットの振り方を思い出して木の前に立った。
拝むように斧を振り、肩へ持って行くと同時に足を上げる。
狙いは一点『ベルトラインが良く飛ぶ』という記憶を辿り、腰を入れ、足を降ろし斧を振り、声を荒げた。
「うおおっ!」
今までよりも少し高い音がして――斧が手から飛んで行った。
「全然駄目だぁ」
「しょげるな。最初は皆そんなもんさ」
正直言って無理。これ以上ないくらいの完璧なスイングというのは言い過ぎだろうけど、それにしても傷一つつかないのだから。
と、思って疑問が浮かんだ。
――果たしてこの世界の木は僕の知っている木なのか
前の世界の木なら、多分こんなに堅いわけがない――と思う。
斧の刃はしっかり硬い金属で、指の骨で叩けば澄んだ音がするレベル。
これが負けるなんて木材でも聞いたことはない。
「こんなに木が堅いのって普通なの?」
「そりゃそうだ。木は初めてか?」
「んーいや、流石に。樽持ってきたし、ベッドだって木だったでしょ? それに――あれ? 生えてる木は触れたこともない――かも。家の庭にも無かったな」
「そりゃそうだ。貴族の家の庭に木あったら一大事だぜ」
「なんだ。貴族の出なのか? なら知らないのも無理ないか」
「えっ、木って植えないの」
「植え――正気か?」
堅すぎる木、多すぎる伐採依頼、狭すぎる世界、深すぎる森――
どうやら僕はこの世界のことを知らなすぎるらしい。