5-21
また、フレアは強くなっていた。
想像以上だ。
キマイラの動きについていけている。
いや、早さで対抗出来ている。
3つの頭と尻尾の蛇に両前足の攻撃。
蛇か噛みつき、前右足が素通り、獅子の牙は剣で弾いて、ついでに返す刃で山羊の角も払う。
「ああっ」
攻撃ごとにママさんの叫び声が上がる。
けどフレアには当たらない。
むしろすり抜けるようにして内側に入り込む。
そうなると攻撃の多彩さを産む頭の多さが足を引っ張る。
取り回しに苦労するのか、首の下のフレアには早さで勝てない。
尻尾と前足で対抗するも。
そもそも、全部を使っても内に入り込まれたのだからフレアを止める手段はない。
けどフレアは中々手を出さない。
「そこ――え、なんで?」
「待ってるのよ」
「待ってる?」
ママさんの言葉の意味が分かったのは、フレアがようやく剣を振るってから。
中央の獅子の首の柔らかそうな筋を狙った一撃。
「えーいっ!」
けど駄目。
まるで金属同士が当たった時のように火花が散って高い音を響かせた。
「やっぱり――万全な攻撃でも皮膚を裂けない――」
「あの武器では高位の魔物には効きません」
「そっか――あれは――」
ギルドで支給されたもの。
ミレイユの見立てではただの鋼鉄の剣。
対して相手は神話の生物キマイラ、あまりにも頼りない。
フレアの動き自体も悪く見えて来たし、反対にキマイラは勢いづいて来た。
相変わらず当たらないけど。
さっきより不味い。
反撃の心配のない大胆な攻撃は攻撃は苛烈。
「ママさん。下がって」
「っ!」
まだ少し残った雨ごと風が叩きつけるように飛んでくる。
中の木材も音を立てて崩れ、宝玉すらも震えた。
――どうする?
フレアは相変わらず避けてはいる。
けど時間の問題に見えた。
もうキマイラは遊んでいるようにも思えた。
ぬかるみに足を取られるかも知れない。
うっかり一撃を受けたらそれだけで身体がバラバラになるかもしれない。
「駄目っ! フレアちゃんっ」
「うわっ――何っ――」
耳を劈く音。
全身の毛まで響く振動となって耳に刺さる。
「――超音波っ」
ヴィーィですら苦悶の表情を浮かべる。
鼓膜の更に奥に直接針を刺されたような痛みだった。
吐き気を催すほどの。
少なくともママさん、お腹の子には悪い。
恐らく一番いいのはノヴァを待つこと。
最初の爆発音で異変には気付いているはず。
それでも来ないのは手を離せないから。
ゼラチナスマターの数が可笑しいことになっているから。
領土のルールには従い道を進んではいるものの、もはや重なりながら来ている。
当然電撃も十重二十重、雨霰と降り注がれているだろう。
下がろうにも下がれない。
後ろのガーネットたちを守りながらではとても無理だ。
せめてママさんを逃がしたい。
出来ればフレアとヴィーィをつれて。
けど無理。
キマイラから逃げられるわけがない。
僕が囮になっても稼げる時間はごくわずかだ。
多分一瞬でライフを3つ削られて、宝玉ごと割れておしまい。
キマイラが気まぐれで収まったとしても――
領土が消えて自由に動くゼラチナスマターの大軍が待っている。
そうなればノヴァでもどうなるか分からない。
「大体なんでこんな奴が――」
状況は限りなく悪い。思わず愚痴が口から出るほどに。
「ほんとになんでこんな魔獣が――」
ママさんも同様、苛立ちと恐怖で顔は歪み青くなっている。
ならばやはりここに出るような魔獣じゃない。
なら何故ここにいるのか。
なら何故空を飛んでまでやって来たのか。
かつての町はこれで滅んでいないということ。
かつての町だったころより森の奥よりには行っていないはずだ。
かつては居なかったというのに――
「ああ――」
とやっぱり愚痴が出る。
今度は後悔混じりの。
くちびるを噛み切りたくなるほどの。
衝動で胸を掻きむしりたくなるほどの。
自戒を込めた――憤怒。
女神よ。
僕のせいか。
森を狭めて自らの領土にしていく僕への報いか。
「――ならぁつ! フレア! 塔を出す!」
「うん!」
「塔の精霊よ。3本だ。全部出す! 建てろ! 射手塔! 投石塔! 魔法塔!」
あくまでお前がこの森に僕を閉じ込めるというならば――越えてやる。




