5-20
ノヴァは本当に強い
かつて見たゴブリン戦の時はまだ本領発揮をしていなかったのだろう。
ガーネットの魔法でも簡単にやられない相手。
それほどの敵が電撃を浴びせながら大挙して押し寄せているというのに。
まだ動きが鈍っていない。
僕の脳内で見えるのははっきりした映像じゃない。
点と攻撃の線がなんとなく見えるイメージだけ。
それでもノヴァの動きは戦いが始まってからずっと変わっていないのが分かる。
一度に数発の電撃を受けても、避け、流して後ろを守る。
回復もバフも効きにくい身体なのに。
臆さず、怯まず、退かず、後ろに漏らさない。
だからガーネットたちも格上の大軍相手に戦えている。
ラインこそ少しづつ下がっているものの、戦いは順調そのもの。
既に半日という時間も折り返している。
もはや安心感すらある。
だからか、僕の頭には戦い以外のことが気になった。
「ママさんたちは何で――ここに住み続けてたの?」
「何でって?」
「だって、もっといいところに住める。少なくとも今のノヴァでも盾士として優秀のはずでしょ? ママさんだって穀物――主食を作れるなら引く手あまたのはずだし。こういう場所でリスクあるなかで、どうして住み続けるのかなって」
「そうね」
「危なくても逃げないし」
「カイトちゃんを見捨てられないでしょ」
「そうじゃなくて――前は大きい町だった。みんな逃げたんでしょ? おっちゃんも旅人だし、住人じゃないって。なら最後まで残っていた唯一の家族だ。どうして? 少なくともフレアが小さい時は居なくても良かったはず――」
少し――問い詰めるようになってしまった。
ママさんに困り顔をさせてしまう。
「そうね――確かに――ごめんなさい」
「いや、僕こそ。良い過ぎたよ」
「ううん違うの。カイトちゃんをってところ。違うのよ。きっと、あの人のためよ」
「ノヴァの?」
「ええ、あの人はね。元々、騎士団に居たのだけれど」
「騎士団に?」
「ええ、予想はついてたでしょう?」
「まあ――騎士だし」
「入団する時――それと私と一緒になる時も、フレアちゃんが生まれた時も『守る』って言ってくれたの」
「守る」
「そう。いつもどんな時もよ。騎士団に入って年に数回しか会えなくても守っていてくれたわ。実際に生活は今より楽だったしね」
「そうなんだ」
「でもある日。左手を怪我してね。もう駄目だって。手を尽くしても剣を振ることは出来ないって」
「誓いの解除とかは――?」
ママさんにしてははっきり答えることはなく。
力無く首を振っただけ。
「誓いとは自ら掛ける呪い。解けることはない。なんて格好つけていたわね」
「言いそう――だね」
「ええ、でも本当に落ち込んでたわ。魔族って身体が強いでしょう?」
「うん」
「特にノヴァは小さい頃から強かったの。角も大きい――フレアちゃんほどじゃないけど。普通の魔族からしたら大きいのよ?」
「そうなんだ」
むしろ”小さい頃から”という点が気になった。
けど、とてもじゃないけど別の話題に切り替えられる雰囲気じゃない。
「だから余計ショックだったんでしょうね。戦えないなんて」
「戦えない? でも」
「うん、盾を持って守るのはあの人の『守る』とは違うんでしょうね。だから誓いは『左手でしか攻撃しない』だったのよ」
「それって守る誓いと左手の誓いを一緒に考えてたってこと?」
「ええ、そうよ。だから騎士団を辞めた後は抜け殻のようだった。私とフレアちゃんと一緒に居ても。子を守る親の努めを果たしていても。誓いを破っていたのよ。息をしていても生きている感じがなかったわ。私たちのために生きる屍なんて言ったら、言い過ぎかしら?」
生きているのに何も出来ない。
それは死ぬより辛い。
少なくとも僕には良く分かってしまった。
「だから環境を変えたの。フレアちゃんもね。少し町じゃあ良くなくて」
「病気か何かでしょうか?」
「そうじゃないんだけど。角が大きいじゃない? その割に身体が小さいでしょ? 多分外から取り込む魔力が少なかったせいじゃないかって思うの」
「ああ、だから魔族は辺境に多い」
「そうかもって思ってね。元々そんなに元気一杯って感じの子じゃなかったのに――ここに来たらあの通りよ。それはあの人も一緒でね。少し表情が柔らかくなったわ」
厳しい環境。
「すぐに周囲とも打ち解けた。ポリーちゃんとも出会ったわ。良い場所だった。畑ももっと広くて、お祭りなんかもしてたね。ここから森を拓いて世界を変えるだなんて言ってたわ」
「――でもみんな」
「ええ、出て行ったわ。最初は良かったの。でも森の広がりには勝てなかった。森が
近づくにつれて畑を守るのは難しくなっていってね。寝ずの番をしても広い畑を守るのは至難の技。戦える人は疲弊していって、冒険者を呼ぼうにもやっぱり遠くてね。イグさんが頑張って作物を売ってくれても防衛だけで赤字。挙句に番をしていた人が倒れて――終わりよ」
「倒れたって? 原因は?」
「疲労ね」
「そんなにも――?」
「今からじゃ考えられないけど。そうね。収穫期の夜番を毎日続けなきゃ駄目って、思ってくれたらいいわ」
「ああ、そっか。ゴブリンでも――」
「ええ、例えゴブリンしか来ない夜でも寝てられない。そんな場所なの辺境っていうところは本当はね」
ノヴァの危惧は今なら分かった。
夜番を続けるということの大変さも知った今なら。
「騎士団い居た頃はあの人はほとんど居なくて。辞めたら抜け殻。この村でようやく家族として暮らせた。だから最後まで粘ったわ。イグさんも頑張って支えてくれた。でももう無理かもって。そんな時だったのよ。カイトちゃんが来てくれたのは」
「そう――だったんだ」
そんな深刻には思えなかった。
いやあれは純粋に喜んで歓迎だったのだろうか。
「だから逃げられない。誰も置いていかない。私もこの子もここで一緒に住んでこそ家族なのよ。他では駄目なの。勿論カイトちゃんもヴィーィちゃんもね。それにあの人は本当に強いから。ここを出た人たちも結局全員無事よ? だから今回も大丈夫」
ママさんは少し疲れたのか、また背中を預けた。
するとどたどたと足音を立てて、フレアが入口に来る。
「見てママ! お空が晴れて来たよ!」
フレアの指差す空。
どんよりとした黒い雲からVの字に切れて青を覗かせた。
こっちに向かってどんどんと広がって行く。
終わり――それが近いと感じさせる空の広がり。
その中心に――一つの点があった。
Vの先端にそれを押し広げるように急速に大きくなる点が形を茄子。
「あれは――とり――?」
凄い速さで近づいてくるそれは鳥――に見えた。
けど、違う。
決定的に違う。
近づくにつれ見えて来たのは翼ではなかった。
もっと、禍々しい何か。
遥か空の向こうから来たる凶兆。
「翼じゃない――頭?!」
「危ないカイト!」
はっきりと見ようと外に出た僕を突き飛ばす力。
フレアに身体ごとタックルされた。
そして爆発音。
飛んできた木片、瓦礫、炭になった薪が飛び交う。
雨を吹き飛ばし、土煙が立ち、視界を塞ぐ。
「あ、ああ、なんで――空からっ?!」
「ママ! 来ちゃ駄目! 下がって! ヴィーィお願い!」
フレアは戦闘用の厳しい声を上げる。
既に剣を構えて、それと対峙。
土煙の向こうに光る8つの赤い点。
雨に流され現した姿は3つ首の化物。
中央には獅子、右には山羊、左には蜥蜴、そして尻尾には蛇の頭。
4つ足の猫科の猛獣のようなしなやかな胴と足。
その姿にかつての世界にある神話の生物の名が思い浮かんだ。
「――キマイラ」
名を呼ばれた――それに対した怒りを露わにするように。
キマイラは、キマイラの4つの頭は一斉に天に向けて吠えた。
低く唸るような、高く響くような、強く震えた空気が衝撃破を発するほどの声。
睨まれた身体は、生物として圧倒的な差の前に動かすことはかなわず。
終わりを予感させた。




