5-19
森に住む以上魔物の襲撃は避けて通れない。
まとまって大軍で来ることも同様に避けられない。
当然準備はしていた。
村の柵で出来た道――水路以外の三方には門を作っている。
敵が領土に侵入する。
柵に沿って迂回して、水路から宝玉を狙うようにした。
迂回している間に塔で攻撃をするという具合だ。
「一方の門を空けて置いて欲しい」
ただ今回はノヴァの言いつけで一つ空けた。
「ゼラチナスマターと交戦中に背後を突かれたくない。ポリーは索敵をカイトは塔で俺たちの背後から来る魔物を排除してくれ。背後から敵が来たらガーネットはそっち優先。前から来る敵は俺が抑える」
そして準備はもう一つ。
ノヴァも防具を作って貰っていた。
ほとんど木の丸い板に取っ手を付けただけの木の盾。
「どうしてそっちの盾使うの?」
「超銅金は物理には強いが電撃には弱い。こういう相手は木の方がいいんだ」
「じゃあフレアも鎧脱いだ方がいいかな?」
「いやフレアは前線には来ないで欲しい」
「やだ!」
「じゃあ誰がママを守るんだ? 宝玉も、ヴィーィも」
「あ、フレア?」
「そうだ。頼むぞ」
「うん!」
そうして始まった戦い。
フレアは言いつけ通りに村の中を警らしつづけている。
戦いが始まって小一時間は経ったというのに。
雨はまだ止まない中、フレアの走り回る足音だけが響いた。
「おーい、フレア。大丈夫だって。入って来たら僕が分かるから」
何度目かの呼びかけにも、振り返ってにっこり笑って手を振るだけ。
そしてまた、空けた門の方と水路近くの往復に戻る。
「良いのよ。カイトちゃん。やらせてあげて」
「うん」
「ママ様。こちらを――」
「ありがとうヴィーィちゃん」
ママさんはヴィーィの持ってきたシーツを尻に敷いてじっと待っている。
流石に魔族と言えど、大きいお腹は辛いだろう。
珍しく背中を預けただらしない姿勢で待っていた。
「あの子たちは大丈夫かしら?」
「うん、まだ前線はほとんど下がってないよ」
「本当? 良かったわ」
嘘は言っていない。事実、まだ水門を超えたところで足止めできている。
背後も取られていないし、フレアもたまに入って来たゴブリンを瞬殺だ。
既に一時間以上は膠着状態を維持出来ている。
ただ、敵が減っていない。
「何でこんなに多いのかな? 雨の時ばかり」
「雨だからにございます」
「雨だから?」
「そう――そうだったわね」
この反応――僕は知らない常識だ。
「雨は魔力の塊だから」
「木じゃ――ないのに?」
「木なのよ」
「雨が木? え、それって?」
「雨は何から降って来るかしら?」
「えーと、空」
「空の?」
「――雲?」
「そう、じゃあ雲は何から出来てるの?」
「す――」
水蒸気。
と言いかけて止める。
かつての世界の常識はこっちの世界では非常識だから。
何か言って変に怪しまれるのは避けたい。
といっても、ここのみんなには知られても良いのかも知れない。
「えーと、なんだろう?」
「空に上るものがあるでしょ?」
「今はついておりませんが」
ヴィーィの指の先。
「焚火――あ、煙?!」
「せいかーい」
「確かに白いし、もやもや――してるけど」
「そうね煙が空で纏まって水を降らすなんて。私も子供の頃はぴんと来なかったわ。でも木の魔力から水が生まれて、地面に降り注いで。それを木が吸い上げてって――何となく分からない?」
「確かに――だから雨が降ると魔物が沸く」
「そう、それに少し遅れてね」
「そっか、吸い上げて、放出するタイムラグがあるんだ――」
メカニズムに納得は行った。
やっぱり雲と煙が同じ物というのにはピンとこない。
匂いはないし、火から生まれて水になるのも納得は出来ない。
けど、何故この世界の人が森を敵視しないのかはようやくしっくりと来た。
女神がいるからという信仰だけで、木が魔物を産み、魔物が木を育て、人の領域を狭めるこの森を怖がっても嫌ってはいないのは変だと思ってた。
木があるからだ。
木の魔力は万物の源だから。
かつての世界において水のかわりのような。
母なる大地、母なる海に変わって母なる木なのだ――と。
「ママ様。お身体に障ります」
「大丈夫よヴィーィちゃん。まだ出て来るには早すぎるわ」
「予定は――?」
口を開いてようやくヴィーィが止めた理由が分かった。
ママさんはじっとり汗を掻いていた。
「ほんと大丈夫よ。この子が元気だから暑いだけ。それと雨で少しじとっとして汗が出ているだけよ。まだまだ出て来ないはずなんだけどね」
「何時頃なの?」
「そうねぇ、いつかしら? ――ふんふん。2回蹴ったから2月後かしら。ふふっ」
「そんな先? もうそんなに大きいのに」
「ふふっ、フレアちゃんより大きい子みたい。楽しみよ」
そういうとやっぱり少し辛いのか。ママさんは横になった。
ただ雨の音だけが聞こえる中、ゴールの半日を待つ。
敵が増えている。
フレアも懸命に走り回っている。
ノヴァたちは前線を支えている。
頭に流れる戦いの動きを追いながら、雨の音を聞いていた。




