5-18
その嵐は酷く強かった。
雨は身体を痛いほど厳しく降り注ぎ。
風は建物を壊しかねないほど、激しく打ち付ける。
もっとも補修の進んだ宝玉の間に僕らは集まった。
木材を半分ほど運び出して、肩寄せながら過ぎ去るのを待つ。
みんなは不安で震えていた。
ただ、僕は別の気持ちが過ぎった。
それは『罪悪感』だ。
ひょっとしたら僕が川に道を向けたから。
やっぱり女神の怒りを買ったのかも。
口々に「こんな酷い嵐なんて」「見たことない」と前代未聞の言葉が出て来る度に胸がもやもやとしていく。
「糞っ、酷い状態だ」
悪態を付きながら入って来たのはミノムシみたいな格好のノヴァ。
そんな麦わらで編んだ雨具も意味をなさず、顔も、下半身までびしょ濡れで。
だからか、ノヴァにしては珍しく眉を寄せて皺を作った――堅い表情だった。
「水門はどうだった? 俺も行くか?」
「ああいや、それは問題なく閉じられた。ただ、ため池は駄目だな。溢れて畑まで水に浸かっている」
「ちっ、排水もとっととやっておくんだったぜ」
「大丈夫よ。うちの子はちょっとやそっとじゃやられないわ」
「ママほんと?」
「――また、パン食べられる?」
「ええ、きっとよ」
ママさんはそう言って不安そうなフレアの頭を撫でて安心させる。
お腹はもうポリーなら入ってしまいそうなほど大きく。
どてっと座ることしかできないというのに、周りに気を配る。
「それで、パパ?」
「――」
「え、それでって?」
「そんな顔しているのだから、それだけじゃないでしょう?」
「魔物だ――問題ない」
「どんな魔物がどれくらい来たの――貴方?」
優しく、しかし問い詰めるようなママさんの声。
らしくないノヴァは目線を逸らし、くちびるを噛む。
「ひょっとして、不味い敵ってことなの?」
「おいおい、一体何が来やがったんでぇ」
声を上げるガーネットとおっちゃん。
それにも答えることも出来ずにいる。
それはつまり――そういうことだと僕でも分かった。
ならば答えは一つ。
「逃げよう」
「お、おおそうだな。相棒ならこの嵐でも運んでくれらぁ。な!」
立ち上がりながら鳴くグラール。
任せろと言わんばかりの頼もしい目つきには信頼出来る。
みんなで腰を浮かせようとしたその時――
「駄目よ」
とママさんがぴしゃりと止めた。
「けど」
「ここは捨てられないわ。せめて限界まで守りましょう」
「しかし、来たのはよりによって無機質系魔物――ゼラチナスマターなんだっ」
――ゼラチナスマター
ノヴァがいうにはそいつはドロドロネバネバのスライム状の魔物。
斬殴射、物理全般に耐性があり特に殴りはほぼ無効。
それはつまりこの村の最強戦力であるミレイユが無力になるということだ。
「よりによって無機質系かよ。一応斧も使えるっちゃあ使える――」
「数が多すぎる。それにゼラチナスマターは電撃まで放って来る。そもそも接近戦を仕掛ける相手じゃない」
「うー電撃――」
「ただ幸い足は遅い。逃げるのは容易だ」
「だから駄目よ」
「何故だ」
「ママさん。なんで? 身重なんだし」
ママさんはこっちを向く。
「カイトちゃん。宝玉が攻撃を受けたらどうなるの?」
「それは――」
考えたこともなかった。
ゲームだと当然やり直しにはなる。
けどそれは無かった扱いになるというだけ。
果たして僕のこの力が時間を戻してくれるのか。
仮に出来なかったとしたら、宝玉のライフが3つとも失われたら。
宝玉はひび割れ、崩れ落ちる。
操る魔術師は破裂して、溶けて消える。
コミカルなアニメーションだけど、それは間違いなく――死だ。
「なら解除はできるの?」
「え――」
「カイトちゃん、ここに来るまで制御出来てなかった。出来るなら最初からどこでも引っ張りだこなのよ――その塔士は」
確かに出来ない。
したことはない。
けど、ただ『無理』とだけ今は分かる。
身体も心も頭でも出来ないと告げていた。
「誰も見捨てるなんて出来ないわ」
「見捨てはしない。だが、レジーナ君だけは――」
「あぁ、お前ぇさんが居ないほうが安心して戦えるってもんよ。なぁ?」
「分かってるわ。いざとなれば逃げる。それはいいの。でもその時は一緒よ」
みんなで説得すれど、ママさんは退かない。
ノヴァの胸倉を縋りつくようにして掴んで絞り出した。
「それにノヴァ――貴方、守ってくれるんでしょう?」
「分かったよ――最後まで守る」
「しかしノヴァよ!」
「どの道、こうなったらレジーナはてこでも動かん。なら時間が惜しい」
「じゃあ、どうすんだ?」
「援軍を呼ぶ――イグレット、グラール。頼めるか?」
「お、おお、そうか! ギルドに依頼か」
「ああ、緊急依頼だ。一番近いギルドまで往復でどのくらい掛かる?」
「んー、そうさなぁ――1日半――」
おっちゃんの横でグラールが鳴いた。
勢い良く立ち上がるとタテガミをふり乱しながら首を振る。
そして鋭い目付きで低い位置に頭を置いて、荒い鼻息を吐いた。
「やったるかぁ相棒! 1日だ! 1日で行って戻って来てみせらぁ」
「おい、待てって。ギルドだろ? 2日でも早いってのに――確かにここに来る時もやたら早かったけど流石に1日は無理だろ。この雨だぜヤバイだろ?」
「安心しなぁ。そのための駿友だ。俺ぁの技能なら骨折程度問題になんねぇよ」
「おっさん。え? マジか」
「行ってなかったか?」
「ああ、ただのインフラ系の何かかと。いや、待てよ――パーティを連れて来てその時間で往復できんのか?」
「とーぜんよぉ。なあ相棒!」
「なら、俺を連れて行ってくれ」
「おお、ギルドの職員が居れば話がはええな」
「違う。場所はここから外縁に出て南西の村だ。かなり近いだろ?」
「多分半日で――いや、逆じゃねぇか。つかなんもねぇ平凡な村だったろぉ?」
「だからだ。あんだけ森近くて平凡で居られるんだぜ?」
「強い人がいるっすね!」
「そうよ。姉貴の知り合いだからな」
「君の姉? ああ、そうか彼女は――っ、ごほっ」
咳き込むノヴァ。
「大丈夫。貴方?」
「ああ、済まない。問題ない。それで君の姉は――」
「――ギルドマスター?」
「ああ、だから強いぜ。俺より、多分ノヴァ。あんたと同じくらい腕が立つはずだ。それが2人組だぜ」
「同じくらいか――」
「ひょっとして足りないか?」
「ふっ本当なら――1人でも十分だろう」
「はっ、言うね。よし、おっさん行こう」
「おう、けどよぉ――揺れるぜぇ」
「雨が流してくれるだろ」
軽口を2人と1匹は慌ただしく出て行く。。
ノヴァも調子が戻って来たのもあって、少し空気が軽い。
「後はフレアたちで半日守るぞー!」
「――おー!」
「ふふっ、じゃあ私の出番ね。何せ物理が効かないんですもの!」
「あ、そうっすね! 魔法なら効くんすよね?」
「ああ、効く。特に炎は弱点だ」
「え、ほんとに?! 今日はフレアより沢山倒しちゃおっと!」
「ずるーい!」
明るく楽しく、ノリの軽いいつもの真紅の夜明け。
みんなの言葉に引っかかる言葉があった。
「魔法――なら効く?」
「ああ、物理は耐性が高いが。魔法は普通。炎は弱点になっている」
「魔法は――効く。魔法か」
魔法。
塔の攻撃は魔法のように味方にはけしてあたらない。
けど、射手塔も投石塔も物理攻撃扱いになる。
今使える塔のこの2つは物理。
いや、僕が使ったことのある塔というべき。
何故なら初期の塔は3種類あるからだ。
もっとも基本となる3つの塔。
単体の射手塔。
範囲の投石塔。
残り1つは――魔法塔。
名前の通り魔法攻撃をする塔。
そして、恐らく使えるはずだ。
「カイト?」
「だいじょーぶ?」
「うん大丈夫。多分、行けるはずだ。建てろ――」
その塔はどこか遺跡のような形をしていた。
石作りのピラミッドのような、祭壇のような塔。
思い描きながら、塔の精霊を手から放った。
「塔の精霊」
「うわっ、ひさしぶりの精霊さん!」
右脇から木ががりがりと削れる音が聞こえた。
そして光になって外に行き――頭の中には鳥のように村を俯瞰した絵が浮かぶ。
光は宝玉の間を抜け、僕とノヴァの家の間の道を行き。
荒れて水の溢れた水路の上を滑りながら水門まで辿り着く。
川と水路の境目はもう水が溢れて門が意味のないくらい。
すべてを飲み込む濁流がうねっている。
辛うじて見えるのは、大きな岩の頭の部分。
「――そこだ」
その岩に光を集める。
岩の上に石の土台。石が積みあがって、角ばった三角が出来る。
そうして、階段が出来て、松明の台が出来て、火が灯れば、祭壇の完成。
最後の仕上げに大きな光が中央に集まり、濃い紫色のローブを来た精霊。
振り上げた両手から立ち上るは炎球を生み出す魔力の奔流。
「魔法塔! よし、出来た! これで少しは足しになるはずだよ」
「カイト、それは魔法を使える塔――ということか?」
「うん、火を出す塔。けど、多分火属性じゃないと思う」
「えー私のアイデンティティが――っ! ちょっとちょっと反則でしょ」
「――まあまあ、ガーネット」
「頼もしいけど」
「そうでも――ないんだ。あんまり数が居るとそこまでだと思う」
魔法塔は弱い。
魔法であるという利点の代わりに他を犠牲にした性能をしている。
威力も射程も、ついでに連射力も低い。
ノヴァが陰鬱になるほどの敵の強さと数。
果たして通用するのか?
不安なまま戦いは始まった。




