5-8
――光
目に光が映る。
けど、身体は上手く動かせない。
まだ、夢の中なのだろうか――
「おはようございます」
突如聞こえたヴィーィの無機質な声で、身体の重みが戻ったよう。
「う、うーん」
身体の重みに潰れたように肺から空気が漏れ出るだけ。
中々身体が上手く動かせず、視界もぼやけたまま。
「カイト様。こちらを――」
冷たさすらある声の中、妙に暖かいものに包まれた。
顔が起きて、口に何か当たって――喉に熱いものが流れて胃に落ちる。
「うっ」
きつめの病院臭に思わず呻く。
苦味を予感させる薬のような匂いからは、考えられない熱が骨身に染みるよう。
「うわっ、きっつ――何これ」
「おはようございます。カイト様――術酒、効いたようでなによりでございます」
「え、あ――術酒――ああ、そっか――倒れてたのか」
「はい、フレア様たちに運ばれ――目覚めしだいこれを飲むようにと。残りもお飲みになりますか?」
「いや――ええ、どうしようかな」
正直飲みたくない。
酒の名のつく飲み物は嫌いじゃないけど、これはきつすぎる。
酒と薬の融合したもの――にしても苦くて熱い。
出来れば飲みたくないから、断ろうと思った。
「ママ様に全て飲ませるようにと。飲めなかったら――」
「はい、飲みます」
ヴィーィの手から瓶を受け取って、鼻を摘まんで一気に流し込む。
「けど不味い」
「良く効いておられるかと」
「――確かに、身体は軽い。むしろいつもの目覚めよりいいかも」
「では食事を、昨日の残りがありますので」
「昨日の――?」
「はい、昨日の昼過ぎに倒れられてから。一晩寝て居られました」
「うへ――一日潰れちゃったか」
「はい」
「あーそう言われたらお腹減ったかも。昨日の残りって――もしかして小麦料理?」
「はい、では取ってまいりま――あ、参りました」
ヴィーィが戸の前で翻って一歩戻る。
と、同時にバンと扉があけ放たれた。
「おっはっよっー! うわっ、起きてる!」
「おはよーっす。お、大丈夫みたっすね」
「おはよう」
いつもより気持ちテンション高めな4人が扉から飛び込んでくる。
いつもの朝が始まる――と思ったけど。
「――おは」
最後に入って来たペルーサの少し恥じらうような、消え入るような声。
入口から入って来ようともしない姿に――
全て思い出した。
「あ、あああ、昨日は――ごめん。その水浴びしているとは思わなくて。しかもその――ちょっとテンション上がっちゃって」
「良いっすよ。減るもんじゃなし」
「いいよいいよ。今度はカイトも一緒に泳ごうよ」
「いや、それは――」
「ほんとにそれはいいの。だけど大丈夫? ペルーサに飛び掛かりたくならない?」
「いや、ならないよ。なんで」
「そう、ならよかった。大丈夫だってよ」
「――ふぅ良かった」
胸を撫でおろして入って来る。
けど相変わらずフードは深くかぶったまま。
「一体どういうこと? 僕は別にそこまで――」
「あーそういうのじゃないのよ。違うの。カイトはなんて言ってたっけ? ピスカサのこと、おじいちゃん見たいな呼び方してたじゃない?」
「え、ああ、人魚?」
「そうそう。ピスカサは私たちの町だと10人かな?」
「――今は11だよ」
「あ、そうだったわね。出る前に妊娠してたっけ」
「――うん」
「ピスカサはみんなこうして帽子とかフードとか被って顔を隠すのよ。なんでかって言うと――異性を惑わすから」
「――迷信だって」
「そうかしらねぇ? あの時のカイト異常だったじゃない?」
「ペルーサまっしぐらだったよねー!」
「鼻息荒かったっすねぇ」
「そ、そんなにだったかな?」
確かに興奮していた。
でもそれは異性として惹かれたからってわけじゃない。
「カイトはそういうこと知らないだろうってノヴァも言ってたから。今回は許すわ。でもペルーサの顔をみちゃ駄目だからね」
――一度してます。
「ただでさえ同性しか居ない場所じゃないと顔出せないんだからね」
「あ、そうだね」
「――暑いぞ」
フードの前をペラペラと手で上下させる。
その度にガーネットが叩く。
「それより、外外!」
「そうっすよ」
「あ、どうだった?」
「ほら、こっちこっち」
フレアに手を引かれて外に連れられる。
「朝食を」と言いかけたヴィーィごとだ。
やっぱりいつもよりテンションの高い4人。
それくらい凄く森が拓けたのかと期待してしまう。
「おお――」
「どう?」
外に出ると景色は確かに違った。
目に入る森が”遠い”のは明らか。
「大体今までの倍くらいになったっすね」
「倍?」
「ほら畑の向こうに合わせる感じで広がったみたい」
「だからもっと一杯畑増やせるよ」
「――牧場! 牧場!」
「ボアは飼えないって」
「――えー」
テンションの高い4人に比べて――僕は少し肩を落とした。
それは『思ったより広がらなかった』と思ったから。
暮らしは楽になるだろう。
また人が増やせるだろう。
けど、どこかに行けるようになるわけじゃない。
地道にやるのは仕方ない
盛大に世界は変わらない
なんておっちゃんなら言うだろうか。
「うん、まあ、良かった」
「ほら、やっぱりがっかりした! カイトはすると思ったんだ」
「ちくしょーっす!」
「――ふぁっく」
「何何――一体」
「賭けてたのよ。夕食のおかず。ここだけ見せたらカイトはがっかりするかなって」
「いえーいフレアの勝ちー」
「ここだけ?」
「うん、がっかりするのははやいよ!」
「え?」
パッと見は変わらない。
ぐるりと顔を回しても、おっちゃんの家の方も同じくらいの広がり方。
更に顔を回して、村の入口を見ても、そっちはむしろ前と変わらない。
畑と合わせて、だからノヴァの家の向こうだって変わらない。
残すはガーネットたちの家の方――けど、手を引かれた先は家の裏手。
ノヴァの家の方で。
「ほら」
「どうっすか?」
ポリーは僕の肩に乗り、頭を掴むようにしてフレアの指の先を見せる。
僕の家とノヴァの家の間、森の奥側へと通ずる方向。
それは今朝見ていた夢の中で、僕が手を伸ばした方向。
あの夢。
そう夢の最後の僕が手で叩き潰した場所に――
長い道が出来ていた。
遠く大岩まで視界に収まる――川へ至る道が出来上がっていた。




