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『23:59』


 レベルアップまでの時間は変わらず24時間。


 明日の収穫と成長して広がる領土のことで、話の花咲く夕食時。


――何か準備が必要かな?


 そんなことを考えながら、ちょっと上の空でいると。

 機嫌の戻ったおっちゃんは赤い液体の入った小瓶を僕の目の前に差し出した。


「おう、坊主。そういやこれ渡しとくわ」

「何これ?」

「おー酒じゃん。くれよ」

「やるかよ」

「酒って、術酒じゃない」

「術酒?」

「魔力回復用の薬っすね」

「買って来たのか」

「ああ『必要になる』って言った通りだったなぁ」

「え、ノヴァが?」

「魔力切れになるだろ?」


 それはつまりなんだかんだ”次”があるって思ってたってことだ。


「ありがとう」


 僕は有難くその術酒を貰って、その時を待つ。



 翌朝は珍しく早く起きた。


 待ちに待った収穫の日でもあり、村がどこか騒がしい。

 乾いた味気ないパンばかり食べていた。

 その他の食材が美味しいだけにそれは余計に際立つ。


 そんなパンがついに焼きたてで、且つ辺境の小麦で、となるのだから僕も釣られて起きてしまうのも仕方ない。


「おはようございます」

「もう、起きてる!」

「うん、早く畑に行こう」


 朝食をとってみんなで張り切って出発。


 畑は一面、黄金色に輝いていた。

 風にたなびく穂は、その重みで倒れそうなほど。


「――じゅるり」

「小麦の状態で食欲沸くことある?」

「気持ちは分かるっすねぇ」

「そうそ。あれが美味しいパンになるんだから! よーし、やるぞー!」


 フレアの合図にしたがって走り出す。

 鎌を受け取り、収穫の開始――みんな畑に入っていく。

 次は僕の番というところでストップが掛かった。


「カイトちゃんは駄目でしょ。座ってなさい」

「倒れたらことだからな」

「こちらはお任せください」

「大丈夫だよ。魔力切れって言っても夕方からだから」

「駄目駄目。もしもがあったらどうするの」

「そうだぜ。じっとしてな。ほら、特等席作っておいたからよ」


 ミレイユの指差す先には椅子――というよりただの丸太。


「いや――でも」

「ほら、我がまま言わないの」


 ママさんの手が両肩に掛かって、椅子に押し込められてしまう。

 力づく――というほど力を込めた感じもなかったけど。。

 まったく抗うことはd系なかった。


「どうよ? 椅子の座りごこちは」

「あ、ああ、うん。いいよ」


 ミレイユが”椅子”と言ったからには何か手が入っているのだろう。

 確かに座り心地は良い。

 居心地は悪いけど。


「じゃあ、行くわよ! 奥義! 裏108式小麦刈り!」


 相変わらず良く分からない技を使っての収穫。

 ただ効果はバツグンだ。

 素手且つ右手一本を振り払っただけなのに、ママさんの周りの小麦は根本から刈りとられていた。


「よーしフレアもやるぞーおおぉぉ小麦刈り!」

「ウチも負けないっすよぉぉ!」

「ママさんに対抗しなくていいから、鎌使いましょうよ」

「――パン! 焼きたてのパン!」


 若干1名、危ない目をしているけど。

 みんな楽しそうに収穫をしていく。


 収穫祭なんて言葉があるけど、もう祭りが始まっているかのよう。

 麦を刈りながら笑いは起きて――

 ちょっとの休憩の間も話に花は咲いて――

 眩しい太陽の下、汗と笑顔を弾けさせる姿は幻想的ですらあって――


「ああ――楽し――そう」


 思ったよりも丸太の座り心地の良いのも相まって――

 目蓋の重みに耐えられなくなった。


「――ちゃん。カイトちゃん!」

「ん」


 揺れる身体。

 目を開くと、黒い白目に赤い虹彩が近い。

 顔を背けるように離すと、心配そうなママさんの顔があった。


「あ、寝ちゃってた?」

「そうよ。もう大丈夫?」

「うん、ちょっと、眠かっただけ。最近、夜起きてることが多かったからかな?」

「ええ、そうかもしれないわね。まだ、魔力は大丈夫みたいだし」

「確かに、あの力の入らない怠い感じはないね」


 僕の中にある魔力的なものを未だ実感できないでいる。

 けど、あの時のような感覚は一切なく、身体は元気一杯。

 ひとつ伸びをすれば目もすっきりだ。


「どのくらい寝た?」


 ママさんの指の先には太陽。

 丁度真上に来ている。


「昼間か――じゃあ収穫は?」

「ええ、みんなの協力もあったから――ほら」


 ママさんの背後の畑は綺麗さっぱり平らに均されていた。

 束ねた小麦は畑に寝かされ、運ばれるのを待つばかり。


「おー凄い。じゃあおっちゃんが運んで粉に?」

「これから干してね」

「そっか、そのための台だったね」

「ええ、そうよ」

「みんなは?」

「フレアたちは見回りね。午後は手伝いするより、魔獣が来ないか見た方がいいってパパが言って。結構前に出てったわ」

「ノヴァたちは――」

「イグさんと一緒にいつもの仕事よ。ヴィーちゃんとミレイユは今は休憩中。戻って来たら手伝ってくれるって」

「そっか、じゃあ午後は僕も――」

「駄目よ」

「寝たから元気あるんだよな」

「それでもよ。ここで倒れたらどうするの? 刃物もあるんだし。今日は家で休んでなさい」


 過保護。

 とは思うけど。結局従うしかなかった。

 心配されているのだし、強引にやろうとしても力で勝てないし。


 家に戻ってベッドに転がる。

 けど、眠れるわけもなく。

 暇を潰したくても本を持っていない。

 スマホだってありはしない。

 何せスマホに僕が近寄ると宝玉になるのだから。

 宝玉の画面で出来ることも全部見た。


「あーノヴァのとこ――行っても戻されるよなぁ」


 仕方なく、またごろごろ。

 とはいえさっき起きたばかりで、完全に覚醒してしまっている。


「喉乾いたな。水、水――と、あんまりないな」


 部屋の奥には甕。には飲料用の水が入っている。

 甕の蓋をとると中身は少ない。


「んー夜には足りないよなぁ。貰ってこないと――あ」


 水はノヴァの家の大きな甕から貰ってくる――けど、それじゃあ1分で終わる。

 この果てしない暇を潰すにはあまりに短い。


「川まで汲んでこよっと」


 しかも甕ではない。小さい瓶で行く。

 無限に往復できる。

 何か言われても水がなくてと言い訳も聞く。

 それに真紅の夜明けが見回りしているなら安全だろうし。

 彼女たちなら無理に部屋で寝かしておかないだろう。

 あわよくば付いていくことも。


 完璧だ。

 完璧な作戦。

 そのために畑から見えないようにノヴァの家の逆側から森に入って川へ向かう。


 川までの道は静かだ。

 平坦なのは当然だけど、木も草もあまり生えていない。

 ノヴァが甕を抱えて往復しているからか、獣道のようになっている。


 そのお陰か、真紅の夜明けのお陰か、魔物も獣も影も形もない。

 静かな森の、清涼な空気を一杯に吸い込んで歩く。

 風に揺れる枝葉の影の間から漏れる日の光を全身で浴びる。


「あー気持ちいい」


 爽やかだ。魔物が出る危険な場所だなんて思えない。

 自然と顔が綻び、足取りも軽くなる。


 何事もなく、河原の大岩が木々の向こうに見えた。

 耳を澄ませば川のせせらぎ――に混じった姦しい声。


「あれ? フレアたち? 川にいるんだ。水を飲みに来たのかな?」


 川から聞こえる楽し気な声。

 かなりはしゃいでいるフレアの声は大きい。

 水しぶきが立つような音は僕の耳には入らなかった。


 だから一切の躊躇なく、岩の脇を通って河原に出た。


「あ、カイト!」

「お、来て大丈夫っすか?」


 視界に入るのは川。

 それと4人の女の子たち。


 僕に気付いてこっちを向いたフレア。

 ちょっと遅れて半分こっちを向いたポリー。


「は? えっ! ちょ、カイト! な!」


 ガーネットとペルーサは背中越しに顔だけ振り向く。


 川の中。

 することと言えば水浴び。

 当然、裸だ。


「――あ、やべ」


 フレアの赤黒い肌。

 ポリーはいつも通りで、ガーネットは真っ白で。


 そしてペルーサは――


「カイトも泳ぐ?」

「な、な、なんで呼ぶの! カイトも来ちゃ駄目でしょ!」


 ガーネットの言葉の意味も、現状も理解は出来ていた。

 でも、目が離せない。

 近くで見たい。

 河原に腰かけて下半身を水につけたペルーサに――僕は駆け寄った。



「――わーお」

「ペルーサ。君は――」

「駄目よ。カイト! 駄目!」


 ペルーサは以前フードから顔が覗いた時と同じポーズを取った。

 両手で頬を挟むような。


 それは何をしていたのか。

 隠すためだったのだ。

 頬ではなく、耳を――

 ヒレのような耳を。


 そして水に使った下半身は――


「人魚だったの」

「駄目だって言ったのに――」

「――痛い」


 気付けばペルーサの手を握っていた。


「カイトっ」


 ガーネットはあられのない姿のまま僕の手を叩き落とす。

 僕を下がらせ、ペルーサを守るように立つ。


 悪いことをした。

 それは分かっている。

 でも駄目だ。

 我慢が聞かない。


 だって、それは長年の夢だったからだ。

 病室から出ることの出来なかった前世でも。

 家から出られなかった今生の幼少期にも。

 森に阻まれどこにも行けない今でも。


 見続ける夢――その内の一つ。


 人魚がいる。


 つまりそれは――


「――海が――ある――ん――だ――あ――ぁ」


 舌がうまく回らない。

 喉から空気が吐き出せない。

 身体が前に倒れるのを防げない。


 そうして、ふっと力が入らなくなって――電源が落ちたように視界が暗くなった。





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