5-4
翌日も朝はいつもと違って。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
目を開けば両脇にフレアとポリーを抱えたヴィーィ。
2人を降ろして水のはったたらいにタオルを持って来る。
「どうぞ、お顔を」
「――うん」
そうして食事だ。
彼女は先に食べたのか一緒には食べない。
ただじっと食卓を見つめ、給仕をする。
そんなちょっと気まずい――僕だけが気まずく思っている朝が3日続いた。
4日目のこと。
その日の朝、食事を終えるとノヴァの号令で全員が広場に集まった。
「今日集まってもらったのは他でもない。みんなも畑を見たと思うがそろそろ収穫の時期が来た。悪いが暫くは畑を手伝ってもらいたい」
「お願いね。その代わり美味しい料理が待ってるから!」
「やった!」
フレアを皮切りにみんな口々に喜びの声を上げた。
「イグ、脱穀まで終えたらすぐに粉ひき屋に行って欲しい。馬車の点検と補修を」
「任せとけって」
「お、石臼ないのか? その手回しのでもよ」
「残念ながら”今は”それもない」
まるでかつてはあったような言い方。
少し落とした肩、暗くなったママさんの顔。
空き家の住人が持って行ったのだろうか。
「どっか良い石落ちてないか? 作るぜ?」
「ねぇなぁ。フレアたちは見たことはねぇのか?」
「ううん」
「河原の大きな岩は?」
「あの辺りのは駄目だぜ。脆いのばっかだ。臼には向かない」
「ま、良い石は憑りつくしてらぁな」
「フレアたちが探してこよーか?」
「駄目だ。ありそうな場所はもう――あそこくらいだ」
指差した先は遥か向こう。
平坦なこの地に珍しい、山のような起伏は霞掛かった先だ。
「流石に危ないわね」
「つーか、石臼つくれんのか?」
「まあ本職ほどじゃないけどな」
「さすがミレイユ」
本当に頼もしい。
結局、3日でベッドを2つと、テーブル、それに煉瓦を焼くための炉を作った。
1月もあればギルドも建てて見せると言い切るほどで。
彼女が半年もいたら、もう違う村になってそうだ。
「ではミレイユは乾燥させる場所を用意してくれないか? これだけ多く収穫出来たのはこれが初めてでな。今の場所では足りない」
「オッケー、んじゃすぐ始めるぜ」
「ヴィーィさんは収穫の手伝いを頼む。レジーナに今から教わっておいて欲しい」
「かしこまりました」
「パパ! フレアたちは!?」
「真紅の夜明けは厳戒態勢で警戒。カイトも、塔の配置も畑重点で頼む。悪いが俺と一緒に夜番もしてもらうぞ。ゴブリンはともかく、ここからは魔獣も怖い」
「収穫する時狙って来るものね」
「――ボアも! ボアも!」
「ああ、一杯食える」
「――頑張る!」
「よーし、畑を守るぞ!」
「おー」
僕も手を上げ応えつつ――そっと胸を撫でおろしていた。
「よう、坊主どうした」
みんなが準備を始めて走り出す中、おっちゃんが声を掛けて来た。
「え?」
「ほっとした顔してっからよ」
「――いや、そんな」
否定しようとして止めた。
確かにそうだったからだ。
ヴィーイと違う担当になって安心した。
夜番になれば更に離れ――ほっとした。
「んー嫌ぇか?」
「そういうわけじゃないけど。不安というか。みんないきなり良く信用できるなって――まあ、僕もそんな変わんないんだろうけど」
「だなぁ。あんなこと言ってたノヴァだって。根はお人よしよ」
「うん」
「この村じゃぁ俺ぁぐらいだなぁ。坊主の側なのは」
「おっちゃんも怪しんでるの?」
「いや、そういうんじゃねぇよ。ただまぁ、人をすぐ信用する奴ってのは人からすぐ信用されてきた奴だってことよ。俺ぁや坊主は――まぁ違ぇだろ?」
「うん」
「だから気持ぃ分かるぜ。だがよぉ。それは良いことか?」
「良いこと?」
「ああ、人を疑って生きてってのは辛ぇだろ。ここに来て明るく生きていけるようになったのはノヴァたちが信頼してくれてるからじゃねぇのかよ」
「――うん」
「自分がそうだったから――人にもそうするってのはぁ。良いことだけにしとけぇ。じゃなきゃなぁ、この世は嫌なことで溢れちまうぜ」
何も言えなかった。
ただ顔を背けるしか出来ない。
そんな人間になっていたとしたら、いやなっていたのだから。
あまりに格好悪い。
「おっちゃんってたまに良いこと言うよね」
「だはは、まあな。伊達に歳食ってねぇよ。ま、でもノヴァたちレベルで疑うなって言ってんじゃねぇぞ。最初っから全部疑うこたぁねぇ。行動を見てやれよ」
「うん、分かったよ」
行動を見る。
行動を思い返せば彼女のことはあまり見てもいないことに気付いた。
会話も最小限だった。
だって何をしても、話しても――それは信頼を得るための演技かもしれない。
けど、それは最初っから演技と疑ってからで。
彼女と向き合ってもいなかった。
そして朝――。
まず僕は1つ行動を変えることにした。
「おはようございます。カイト様」
「おはよう。ヴィーィ」
「お顔を――どうぞ」
水を張ったたらい、腕にはタオルを掛けて待っていた。
「ありがとうヴィーィ」
ちゃんと感謝の言葉を言わない。
そんな恥ずかしい行動を変えてみた。
「――いえ、当然のことでございます」
相変わらず表情は変わらない。
けど、少し――ほんの少し頬が震えた気がした。
いや多分何も変わっていない。
変わったのは僕の見方のほうだろう。
だって彼女の顔をようやく見た気がした。
深い緑の目。
陶磁器のような白い肌。
無表情――けど、どこか安心感のある顔だった。
それからというもの、僕はちゃんと彼女を見るようになった。
家が綺麗になっていると分かったのもそれから。
彼女が早く起きて掃除していたのだ。
更に夜番が終わって戻る時に、ノヴァの家で料理を手伝ってる姿も見た。
おっちゃんが出ていく時に一緒に外に出ていってるのも見た。
戻って来た時には籠に食べ物を一杯にして。
そうでない日は川に行っている。
村中の人の服を持って――洗濯だろう。
けど一番頑張ってるのは昼だ。
ママさんに聞きながらの畑仕事だ。
「おう、サボりか坊主」
「ん、ちゃんと見てるんだよ」
「ああ、そうや言ってたな」
雑草を毟り、柵も点検、水も撒く。
ママさんと比べたらそりゃ手際が悪いけど。
土汚れも意に介さない無表情で淡々とこなしている。
「何か、色んなことやるよね。ヴィーィって」
「そうか?」
「料理、掃除、洗濯、畑仕事に採取」
「後は裁縫もしてくれたなぁ。ああ、外出た時にゴブリン相手どってたぜ」
「え、ほんと何でも出来るんだね」
「そりゃそうだ。支え合うだけじゃ生きて行けねぇからな」
「え? そ、そう? 普通逆じゃ――」
「んにゃ、逆だったら支えて貰えなかったら死にますってことだぜ? ねぇだろ?」
「ああ、うん」
「そりゃ支え合うぜぇ。基本はな。でもよぉ支えが足りない時は? そりゃ生やす。生やして立つんだ。つまり支えて貰えなかった奴ほど色々出来るってわけよ。坊主もそりゃ分かるだろ? ほら、俺ぁと一緒なんだしよ」
そのおっちゃんの言葉が最後のピースだった。
彼女の行動を素直に――一点の曇りもなく頑張りと思えるようになった。
そしてそれは正解だった。
夕食から戻ってすぐに寝る。
ヴィーィは僕が寝るまで寝ない。
ずっとそうしてたけど――ずっと無理していたんだろう。
がたんと音がして、起きると彼女は倒れていた。
「わっ、大丈夫――って、寝てる?」
床に座りベッドに寄りかかるようにして。
まるで壊れた人形みたいに手足を投げ出して、どこかコミカルな姿で。
規則正しい寝息を立てていた。
「おやすみ」
持ち上げるのは気が引けたから、シーツを掛ける。
その日は彼女が来て以来初めて、気持ちよく眠れた。
そうして一週間が経った。




