5-3
目蓋の向こうに浅く光が映った。
陽の光――朝がやって来たのだ。
けど、身体は気怠く目蓋は縫い付けられたように動かせない。
我ながら朝は弱い――と言い訳をしながら抗うことはやめてしまう。
そんないつもの朝。
「おっはよーカイト!」
「よーっす!」
いつものように勢いよく扉は開き、元気の良い挨拶が響く。
でもやっぱりいつものように身体は動かせない。
けど動かないと不味い。
不味いと思っても動かない。
せめて――
せめて、来たる腹への衝撃にそなえなきゃいけない。
そう覚悟を決めて、腹筋のみ睡魔に抗う。
「おはようございます。みなさん」
いつもと違う声が聞こえた。
僕の頭の上からだ。
「あ、おはようございます。ヴィーイさん」
「――おは」
少し遅れて入って来たガーネットたちの声で、いつものように目が開く。
目に映ったのは腹に突き刺さった2人の弾ける笑顔――ではなく。
カチューシャの下、頑として動かない表情筋。
ぼーっとしているようにすら見える深い緑の目がじーっと見つめてくる。
両手にそれぞれフレアとポリーを抱えたヴィーィの姿だった。
「お目覚めですかカイト様」
「あ、ああ。おはよう。みんな」
「――昨夜はお楽しみでしたか?」
「何もないよっ!」
「ふーん、ベッドは荒れてないようね。着衣の乱れもなし、と」
「当たり前でしょ!」
あの後、2人の住居はガーネットたちの家に決まった――けど、なぜかヴィーィは僕の家に来ると言い張ってこうなった。
ベッドは1つしかないと断ったのに、馬小屋から藁を持ってきてまでだ。
正直、少し怖かった。
ここに来た理由が不明。
いや理由は言っているけど、理解は出来ない。
ノヴァのかつての警告も気になる。
外で噂になっている最果ての村のことも。
理由を探りに来たスパイ――とも考えられる。
そのせいで今朝も起きるのが遅く――なったわけじゃないけど。
少なくとも眠る時もずっと考え込んでいた。
「あの」
「水でございますか?」
「いや」
「冷ましましょうか?」
「あ、ヴィーィさんジャムとって」
「はい」
ただ不安視しているのは僕だけ。
ガーネットたちもフレアたちも、もう馴染んでいる。
「今日はママのとこ行くんでしょ」
「はい、まずはそれが良いだろうとノヴァ様の提案でしたので」
「じゃあ案内するね! あ、ガーネット、今日の出発は遅れていいかな?」
「うん、今日は色々やることが多いから。昼過ぎにしましょ」
「分かった! いこ、ヴィーィ!」
「はい、では失礼いたします」
一緒に配膳して、片付けて、ママさんのところに案内する。
出かける姿なんて何気ない日常って感じだ。
それはフレアたちだけでなく、警告していたノヴァですらも。
人が増える――それがこの辺境の村にとってどれだけ喜ばしいことなのか、僕には分かっていないだけなのかもしれないけど。
少し不安だ。
「じゃあ、カイトはどうする?」
「えっ? 御免聞いてなかった」
「――昨夜はお疲れでしたね?」
「ちがっ」
「はいはい、ミレイユさんが家具作るんだって。1人増えた分要りようでしょ?」
「えっ、作れるんだ?」
「――『本職には叶わないけど』だって」
僕のテーブルは2月かけてまだ完成しない。
形にはなるけど、上手く自立してくれないのだ。
おっちゃんやノヴァに手伝ってもらって、どうしても駄目。
職業という才能の壁は高い――というのに。
「凄いね。本職じゃないんだよね?」
「まああの見た目だし、多分技術職ではあるんじゃない? その経験で補ったり?」
「出来るの?」
「んー努力で」
「まあ、そうだよね。でも出来るならお願いしようかな。ベッドがないとあれだし」
「あれ――ねぇ?」
「――ダブル」
「だーかーらー違うって」
からかわれながら外に出ると、ミレイユさんは広場に居た。
珍しく朝から火が焚かれている。
それと煙に混じった香ばしい匂いも。
「よう、おはようさん」
「おはようございます。何を食べてるんです?」
「そりゃ肉だ。朝は肉を食わないと始まらないって」
「あれ、肉なんて持って来たの?」
「んにゃ、さっき取って来た」
「――んーボア!?」
「まさか、普通の獣だよ――お、焼けたかな」
枝に刺した肉を豪快にかぶり付く。
ただ、思ったよりは大きくない。
なんというか鼠くらいのサイズ。4分の1ポリーくらい。
ミレイユさんの身体を考えると少し足りなさそうだ。
「え、村に獣が?」
「いや、森の中で。さすが最果てだぜ。ちょっと言ったら獲物いるわいるわ」
「――朝は危ないよ」
「ああ、問題ないって。そこらの魔物に負けるかよ」
「ゴブリンならいいですけど。ちょっと奥に行くと別の沸くんですよ」
「んなもんに負けるかよ。こちとらこれがある」
枝を放り投げると、代わりに脇においてたハンマーを持ち上げた。
金属製の丸みのあるハンマー。
僕なら両手でなければ厳しい大きさを、片手で軽々と振り回してみせる。
「え、戦えるんですか?」
「本職ほどじゃないけどな」
「本職じゃない――のに?」
「そうですよ。危ない。それに肉だけじゃあ。一緒に食べればよかったのに」
「んな、世話になれないね。仮にもギルド代表だからな。かといって金もないしな。そら狩りを選ぶって」
「えーと、狩りも出来るってことですよね」
「まあ、本職ほどじゃないけどな」
「それも本職じゃあ――ないんですね。凄い」
狩りは難しい。そうノヴァも言っていた。
ママさんも無理と嘆いていた。
森に入らなきゃいけないし、獲物を見つけなければならない。
魔物や魔獣と違って人を見ると逃げる――いや気配だけでも逃げる。
多分、ポリーは出来るんだろう。
けど真紅の夜明けで獣を狩って来たことはない。
食糧が怪しくなっても一度もだ。
「ボアなら私たちも狩るんですけどねぇ」
「んなぁ、その言葉遣いやめようぜ。ギルド代表とか言った手前あれだけどよ。俺はそんな大層な人間じゃないんだ。気楽に喋ってくれ。気持ち悪いぜ」
「あ、そう? じゃあ改めて」
「――うん」
僕も頷いた。
確かにこの村で敬語というのは変だ。合わない気がする。
「うっし、じゃあいっちょ作りますか」
「木使うでしょ?」
「勿論。流石に無からは作れないって」
「カイト、いいかな?」
「うん、じゃミレイユ。こっちにあるから」
宝玉の間に案内した。
中には木の山――とはいえない状況だ。
何せ昨日の襲撃で大分減ってしまった。
「おお、結構溜めてるな」
「うわ、かなり減ったのね」
ミレイユとガーネットは同時に声を発して――互いに見合った。
「え? これでか溜めすぎに見えっけどな」
「ああ、これって塔を動かすエネルギー――よね?」
「うん、そんな感じ。昨日の襲撃で結構減ったけど。普段は倍くらいあるかな」
「へぇ倍っ?! そんなにあったら俺は入れないぜ」
「――こうなっちゃう」
「違いないっあははっ、おい乙女のする顔じゃないって」
ペルーサは自分の頬を両手で思い切り挟んでいる。
僕には見えないけど、多分あの可愛い顔が凄い潰れ方をしてるんだろう
「あーおかし。じゃあ木を貰って――ってさっきから気になってたこれだけどよ――浮いてね?」
ミレイユの太い指は部屋の真ん中のスマホを指差す。
「ああ、うん、それが宝玉」
「これが宝玉の間の宝玉か? 玉じゃなくて板だけど?」
「うん、ああー今は板だけど―ー」
「見せた方が早いんじゃない? ほら、今ならノヴァさんもいないし」
「――名前を呼んだら来ちゃう」
「いや、そんな化物みたいに――じゃあ、驚かないでね」
一応注意はしてから、スマホに近づく。
けど、残念ながらミレイユは技術畑の人だ。
「おいぃぃ、どうなってんだよ。これ、はぁ? どこから生えた? てかなんで玉になるんだよ。板だったろうが。魔力もぜんっぜん感じなかったぞ」
ノヴァとは一味違った甲高い声を上げて、変化した宝玉に駆け寄って来る。
「そうなのよねぇ。何度見ても分からない」
「――ゴーレムとかと同じじゃ?」
「ありゃ質量は変わらないって。こりゃ召喚系か? やっぱ精霊士の系譜かな?」
「うーん、どうだろ? それっぽいって言われたことはあるけど――」
「木から火の魔力以外取り出せるってのもな。触媒使って呼び出す精霊士っぽいぜ」
「へぇ、詳しいのね。流石ギルドの人」
「一応な。しっかしそうなると木もただで貰うの悪く感じるな」
「遠慮しないでいいよ。昨日みたいなことなければ増える一方だったから」
「んー、そっか悪いな。減った分は伐って返すからよ」
「――伐れるの?」
「本職ほどじゃないけどな。一日あれば一本くらいは行ける」
「ノヴァ並みに伐れるんだ」
「へぇ既に伐れる人いるのか。まあ、そりゃそうだよな。ここ住むくらいだしそりゃそうか。じゃあ取り合えず木借りるぜ。寝床優先で長い木長い木はと」
「長い木かぁ――えーと、こっちのテーブルにしようと思ってたのが――あった! 端に転がってたよ」
ミレイユは長い木を1つの塊のように豪快に掴んで抱えてしまう。
「サンキューお、こっちの出口からのが家に近い――ってこれ穴空いてんのか?」
「ああ、うん、ボアにやられたんだ」
「ふーん、じゃ後で塞ぐか」
「できるの?」
「まあ本職ほどじゃないけどな。ギルドも建てるつもりなんだぜ? このくらい楽勝だって」
「ああ、でも煉瓦がない――あ、ここなら木でいいのかしら?」
「いや煉瓦から作るぜ。ああ、窯もいるか。いやぁ楽しいな。色々作れて」
「ひょっとしてなんでも作れる職業じゃ」
八大職――何でも作れる作製士ではないか。
『職業を聞く』
それは失礼な行為と分かっていたけど聞いてみた。
そんな失礼な行為にミレイユは怒るでもなく――
「ああ、違う違う。そんな御大層な職業じゃない。姉貴とは出来が違くてね」
ただ、少し寂しそうに答えた。




