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5-1


 慌ただしい朝を迎えた最果ての村。

 うって変わってニュービーはいつもの穏やかな朝を過ごしていた。


 職人区画から響く槌の音。

居住区画から立ち上る朝餉の香り。

 そしてそれはギルドの中からも。


 酒の匂いのこびり付く室内では遅く起きた冒険者たちが集まり始めていた。

 依頼の張り出される掲示板の前が少しづつ混む。

 いつもの朝の景色。

 駆け出しが多いとはいえ冒険者、荒くれと言っていい彼ら。

 行儀よく並ぶわけもなく、押し合いへし合いで喧嘩になることも、また”いつも”


「はい、ごめんよごめんよー通してね」


 そんな彼らが、その声を耳にすると一斉に波のように引いて行った。

 冒険者の波の間を通るは朝から酒瓶を片手にした白髪の巨女。


「おはようございます」

「はーい、ご苦労さん。今日も頑張ってね」


 ここ冒険者組合のギルドマスター・ジャンヌである。

 彼女はギルドの奥の部屋に入り、その部屋の中のもっとも奥の、もっとも汚れた、もっとも豪華な机の前の大きな椅子に座った。

 机に負けない大きく豪華で剛健な椅子であったが、ジャンヌの雑な座り方と無造作に育った筋肉の前には合えなく軋む。


「うへぇ、今日も書類の山じゃない」


 書類を前に辟易した顔。

 溜息も付き、背伸びを一度。

 すわ書類に取りかかる。と思いきや、彼女の目は机の横の酒瓶に流れた。


「まずは喉を潤さないとね」


 素早く酒瓶を掴み、持ち上げ、振り下ろす。

 大きい音を立てて机に叩きつけ、酒瓶から酒を零す。

 まき散らした水滴を、惜しむように舌で迎えにいくも拾えるわけもなく。

 合えなく書類は酒に塗れ。


「おー女神よ。この朝の一杯を貴方に捧ぐ」

「決まりより幾分遅いですが、おはようございます。ギルドマスター」

「うげ――セーラなんで? ダンジョンは――」


 目の前には青藍の制服を来た職員が、そこらの魔獣よりも鋭い目で立っていた。


「ダンジョンは昨日から解放しましたよ。もう夜番も要らないんです」

「あーそうだっけ。あ、でも暫く午後からでいいって――」

「いえ、先々月のことでお休みを頂きましたし。昨日はゆっくり眠れましたし」

「だからって無理しないでいいのよ。セーラが倒れると立ち行かなくなるんだから」

「ならしっかりしてください――朝から、そんな物を持ち込まずに」


 親の仇のような目で酒瓶を睨みつける。


「いや、あはは、ほら消毒用のアルコール。いやーセーラがいなくて机がほら、このとーり汚れちゃってねぇ」

「ではもう必要ありませんね。私が処分しておきます」

「あ、あ、ああ――そんなぁぁ」

「元々事務所に酒を持ち込んではいけない決まりですから」

「まあまあ、セーラ殿。そのくらいでいいじゃありませんか」


 朝からキレ気味のセーラを止めたのは老いた1人の職員。

 真っ黒な制服に、真っ白になった長髪――もみあげから髭まで繋がったような量の多い髪を後ろに引っ張るようにして束ねた老爺の職員。

 手を後ろに組む妙な姿勢の良さで、セーラの背後に立っていた。


「何がそのくらいなのでしょうかセーブルさん?」

「ジャンヌお嬢様はミレイユお嬢様が心配なんでしょう。夜も眠れず朝から動くにも酒で喝を入れないといけない。憐れみですよ。セーラ殿」

「セーラ殿というのは止めて下さい。さん付けが決まりです。それにギルドマスターと呼ぶのも決まりです」

「まあ堅いこと仰らずに」

「決まりですから。更に言わせていただければ、ギルドマスターにそのような繊細なデリカシーがあるとは思えません」

「痛いとこをつきますな――確かに」

「納得しないで爺! ――あぁぁ酒ぇぇぇ。一滴一滴だけでいいから」

「ほら、全然心配してないじゃないですか」

「こうみえても心配なさってるのです」

「うん、心配だから一滴! 一口、ああ全部くれ!」


 溜息を吐くセーブル。


「少しは心配して下さい。そろそろ着いたんじゃないですか?」

「まだ早くない? 最果てでしょ?」

「馬車の方は1日あれば着くとおっしゃってましたが」

「それでは早馬ですな」

「だね。吹いてんのよ。運送系の職業じゃない馬乗りはみんなそうだって」

「そうは見えませんでしたが――」

「そうだって――ねぇ爺?」

「確かに、そういう傾向はあります」

「ではまだ心配はしていないということでしょうか」

「いやいや、待った! 着く前だって心配してるから。ほら、そう! 心配で心配で酒を飲まなきゃやってらんないってわけ! ねぇ! そうだ。そう! 飲まなきゃ胸が苦しくて仕事が手につかなーい」

「今後永遠に胸が苦しまなくなる方法がございますが」

「えっ」

「痛みも苦しみも生きているが故」

「待って冗談。冗談だよ」

「まあまあ、セーラ殿。これでも心配しているのです。何しろミレイユお嬢様はああ見えて繊細ですから。ジャンヌお嬢様と比べて」

「ギルドマスターと比べたら誰でも繊細では」

「ちょ、セーラ。泣くよ?」


 両手を目の下にやって鳴き真似をしてみる。

 けれども、2人は意に介さない。

 むしろセーブルまでもセーラと同じ側に立つ始末だ。


「気になさっているなら」

「どうぞ」

「ちょっと、爺!」

「ほっほ」

「まったく――本当にミレイユは繊細よ。割とね。セーラより神経質じゃないけど。こう――ため込むタイプだから。合わない相手とはまったく合わないしね」

「ですなぁ」

「なら大丈夫じゃないですか? 辺境の人は合わないとか関係ないですよ。ため込む暇なんてないと思いますし。ちょっと警戒心が強いですけど、ギルドマスターの紹介ですからそこは大丈夫しょう」

「なるほど、放っておかないと」

「敵に囲まれた生活をしてますから異分子は嫌いますけど――仲間意識が芽生えたら焼きすぎってくらい世話焼きですからね」


 意外にもセーラが一番楽観視していた。

 確かに辺境の村のことはジャンヌより詳しく。

 その生い立ちから信頼性も高い情報と考えられる。


 それでもジャンヌは苦い顔を崩せないでいた。


 何故なら、紹介も何もしていないと思い出したからだ。

 ギルドの支部を作る――その申請をセーラに任せたっきり。

 最果ての村に報せを使わせることもなく。

 唐突にギルドを作れと妹をやった。


 面と喰らった最果ての村の住人がどうなるか。

 何も考えたくなくなったジャンヌは「酒が飲みたい」と呟いた。


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