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4-17


 夜は明けた。

 闇とともに赤い霧は晴れて――村を照らす陽の光。


 朝焼けは今日はいやに鮮やかに映る。

 森から流れる空気もいつもより清涼で気持ちがいい。


「うっ――落ち着いたら。うっぷっ」

「えっ、だ、だ、大丈夫? ど、どうしよう水? ああ、水でも!」


 慌てた僕を手で制す。

 ママさんは口を抑えて、足早に畑に向かって――


「うっぶっげぇおぉぇぇおぉぇ」


 こんな時になんだけど、非常に下品な声が響いた。

 けど凄く苦しそうで、吐き戻し切った後でもまだ何かを出そうと呻いている。


「――ぉぉっ――っ――かぁっ」

「ママさん、大丈――あれ?」


 吐く声に混じって、何か耳に触る。

 森の木々の擦れる音を押しのけ、耳に届く声。


「――ぉぉおおおおおおっ! ――夫かかかぁぁぁっ!」

「ノヴァ!」


 野太く、雄叫びを上げたノヴァの声。

 僕の家の側向こう、昨日の朝出発した方向の森がざわつく。

 たった1人の声で、昨晩のゴブリンの軍団よりも大きく揺れ動いている。


「大丈夫かぁぁああぁぁぁっ!」

「おーい! ノヴァ、こっち!」


 微妙にずれた気がして声を掛ける。

 と、ものすごい勢いで軌道修正。

 ちらっと森の奥に見えた赤い髪、赤黒い肌、赤い瞳。

 背負った盾、その上のガーネットとペルーサの引きつった顔。

 その脇を楽しそうに走るフレアが見えると――


 道を封鎖していた柵が吹き飛んで足元に転がってきた。


「大丈夫かっ! 雨が降ったようだが。何もなかったか?」


 まるで瞬間移動したように目の前にノヴァが居た。

 投げ出され、地面に落ちて回転する盾。

 その上で抱き合って涙目の2人とともに。


「ひぃぃっ目が、目が回る」

「――お、おおっぎもぢわるい」

「うわー負けたぁぁぁぁぁっ! パパはやーい」


 遅れてフレアも到着。

 僕の前で止まる衝撃で風が痛いくらいに吹き付けた。


「よし、カイト! 無事だったな」

「ノヴァ! うん、僕は」

「”僕は”?!」

「ママさんが向こうで」

「なにぃぃぃっ! レジーナァァァァ」

「わーママァァーー!」

「ほんっと凄い――カイトただいま」

「――おっす」

「ああ、うん、お帰り。みんなは――大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ただ――雨が降ったからってすんごい急いで帰って来たから――うっぷ。気持ち悪いくらいで」

「――カイトが起きてるってことは何か来た?」

「うん魔物は来た。で、ママさんと撃退はしたんだけど」

「――怪我してない?」

「いや、そうじゃなくて。体調が悪そうで――ごめん」


 ガーネットたちの顔も歪んで――思わず謝った。


「もう、なんでカイトが謝るのよ」

「そうよ。謝ることないわ」


 元気そうな声、足取りは確かなママさんが戻って来た。


「カイトちゃんは良くやったでしょ。むしろ私が足引っ張っちゃったわ」


 ノヴァが支えたりもしておらず、表情も幾分かマシになっている。

 なんならフレアなんて、おんぶされているくらいだ。


「良かった。大丈夫そうですね」

「――セーフ」

「ああ、問題ない。良く守ってくれたなカイト。大量だったと聞いたぞ」

「まあ――最初村に来た時のくらいに」

「謙遜しちゃ駄目よ。あれより多かったわ。確実に歴代最多よ。それをあそこの塔とあそこの塔とあそこの塔から石を雨みたいに降らせてねぇ。ぼーっと立ってるだけで全部倒しちゃった」

「えっ、すごーい! あれ? あの塔?」

「うん」

「うーん、フレアとどっちが強いかなぁ」

「――ミリで塔」

「えぇそうかなぁ? 負けちゃう?」


 みんなはそこまで心配していないようだけど。

 それはママさんが普段通りに振る舞っているからで。

 昨日の様子も、さっきの嗚咽も知らないから。

 だから僕はまだ不安だった。


「本当に、大丈夫?」

「本当よ。まあ結構派手に吐いちゃったから心配させちゃったわね」

「ああ、それに体調不良って言ってもな――」


 ママさんとノヴァは目を合わせて、互いに頷く。


「はっきりするまで言わないつもりだったんだけど」

「ああ! そういうことだったの」

「――おーどっち?」


 ガーネットもペルーサもそれだけで察したよう。


「んーどうかしらねぇ。まだなんとも――あ、フレアちゃんはどっちがいい?」

「りょーほう!」

「それもアリね」


 何やら僕に分からないことが起こっている。

 あれだけ気持ち悪くて、食事も喉に通らず、吐き戻したりしていたのに。

 まあ――でも、取り合えず深刻なことじゃないのは喜ばしい。


「えっ、えっ?」


 何も分からない僕にはみんなを見回しながら声を上げることしかできない。


「おいおい、坊主。まだ分かんねぇのか?」

「えっ? おっちゃん!」


 振り向くと、そこには皺のよったシャツを来たおっちゃん。

 相変わらず、朝焼けの中だというのに夕暮れのように草臥れた姿で立っていた。


「ノヴァ。こっちは何にもなかったみたいっすよ! 襲われずに村に着いたって」


 そういえばずっと居なかったポリーはおっちゃんの上に居た。


「誰も迎えにこえねぇからなんかあったと思ったけどよぉ」

「ちょっウチがいったっすよ」

「ああ、すまん。何か変な歓迎がなかったからよぉ。まさか、おめでたとはなぁ! やったな2人とも」

「お帰りイグ」

「ありがとう」

「おめでた?」

「かぁ、知らねぇか」

「ふっ、そうだったな。カイトにははっきり言わないといけなかったな」


 首を酌ってままさんに離すように促す。

 とママさんはお腹をさすりながら応えた。


「妊娠――子供が出来たのよっ!」

「やったー」

「おめでと」


 その宣言で再び、盛り上がり声を上げるみんな。


 妊娠――勿論知識としてはあった言葉だけど。

 でも僕の頭の理解が遅れていた。


「ほら、カイトちゃん。貴方が守ったのよ。まだちっさすぎるかなぁ?」

「お、おおお――ああ! 妊娠! そっか、そうか! おめでとう!」


 僕の手がお腹に導びかれて、ようやく意味を理解した。


「つわりってどうなんです?」

「もうそれが今回は酷くてねぇ。雨が近づいてたからなのかしら。全っ然っ食べ物を受け付けなくて。ちょっと果実をつまんだくらい」

「――うわぁ辛いぃ」

「でも動いたら、お腹減ってきたわ! みんなも帰って来たし食事の準備を――」

「おいおい、動かなくていいってぇの。俺ぁの土産でも食って――あ、忘れてたぁ!おーい相棒いいぞ! 安全だったわ、連れて来てくれぇ」


 声を掛けると、応えるようにグラールは一鳴きした。

 からからと回る車輪の音はいつもより少し重く聞こえる。

 荷台が重いのか車軸に荷重が掛かった少し軋みながらの回転音だ。


 必然お土産に期待が掛かる。

 特にフレアとペルーサはよだれが出そうなだらしない顔で。


「おっみやげ! おっみやげ!」


 2人で合唱だ。

 けどその声は、馬車が目に入ると止んでしまって――戸惑いの声となった。


「えっ?」

「誰?」


 荷台には人が居たから。

馬車の荷台には目立つ風貌の2人が座っていた。


「新しい人ー!?」

「イグ?」

「おっちゃん?」

「客っていうかな――まあ、自己紹介しろや」


 そういうと2人は立ち上がった。

 1人は座っていた時から分かる巨体。

 筋骨隆々で肩なんて僕の頭くらいあって、身長もノヴァくらいだろうか。

 短い白髪を隠すようにバンダナを巻いた――多分女の人。


「そう改まった感じだされると、緊張すんだけど。先やってくんね?」

「分かりました、ではわたくしから」


 もう1人も異様だ。

 うっすら緑の黒っぽい髪に白いカチューシャを着けた子。

 立ち上がった姿は白いレースのついた黒いエプロンドレス。


 実家でしか見たことがない、所謂メイド姿だ。

 そんなメイドさんが、軽やかにスカートをたなびかせながら飛び降りる。

 翻るスカートを抑えるように前で手を合わせて着地。

 その姿勢のまま、腰を折る。


「流離いの召使サーヴァント、ヴィーィと申します」

「まじめましてーフレアです!」


 言いたいことは一杯あった。

 でもフレアのように中々気軽に声は掛けられない。


 何故メイド、何故こんな場所に。

 それは初対面で失礼という気もしたし――

 彼女の目が冷たく見えたからというのもあったし――

 続くもう1人の言葉が衝撃的というのもあった。


「んじゃ俺の番か。俺はミレイユ。ここにギルドを作りに来たんだ。姉貴の奴の命令でなぁ――ったく面倒な事を押し付けやがって」


――ギルド


 それは人が集まる場所だ。

 この村に更なる人が集まる。


 なら、領土は広がり――もっとこの森の先までも!





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