4-15
ざぁっと激しく地を打つ雨。
煉瓦を噛ました移動式の柵で僕の家の横の道を塞ぐ。
まだ灯っていてくれた松明を宝玉の間の軒下に置いて――屋根に上がる。
森を――周りを見ようとするけど、何も見えない。
夜の闇と合わさって本当に一寸先は闇。
それでもじっと周りを見つめた。
領土の外、目の届かない場所から現れる者を見逃さないように。
程なく視界は開け、鼻腔をくすぐる土の匂い。
「止んだ――?」
早かった。
いや長かったのかもしれない。
かつて病室で一人痛みに耐え、酸素を求め続けた夜。
あの夜のように息苦しく、緊張の抜けないこの夜。
あの夜のように虚空を睨みつけ続けたのだから時間は一瞬にも永遠にも感じた。
葉をつたり落ちる水滴。
時折森を撫でるように吹き抜ける風。
葉は擦れ、枝は揺れ、木々は震える。
それをどれだけ見ていたろうか。
ざわめく森の影に、唾を飲み込み。
松明の光の揺らぎに、拳を握り込む。
領土内に入れば解る。
そうは理解していても、目を離せない。
緊張で手が痛い。
心臓も五月蠅いくらいに鳴っている。
「――っ」
――ざわり。と一際五月蠅い動きがあった。
森が騒いだ。
「来た」
声が上ずった。胸は高鳴った。
この危機を、僕は不謹慎にも待ち望んでいたから。
経験を積めば上手くなる。
戦うことで強くなる。
これはこの世界でも当たり前のこと。
けど固有職は違う。
おっちゃんは馬を相手にしなければ経験を積めないという。
僕もずっとこの職業が成長することは無かった。
だが今は違う。
領土は広がり、塔の種類も数も増えた。
それは『拠点を設置しゲームが始まった』からか『領民が増えてlvが上がった』からか。
いやそれだけじゃない。
領民でのlv上げで、塔の成長項目にポイントを振り切るなんてどれだけ掛かるか分からない。
だから、あるはずだ。
少なくとも僕の知っているタワーディフェンスゲームはそれだけじゃない。
それは『敵waveを殲滅する』というものだ。
敵waveとは敵の群れ。
波のように断続的に襲ってくる敵の集団。
少数の日頃の襲撃ではなく。
多数の魔物の大軍であるべき。
そういうことがあれば僕は成長出来る。
密かにそう思っていた。
不謹慎にも願ってしまっていた。
だから――
準備はした。
周到に。
用意はした。
万端に。
視界の向こう、暗闇の森の中から――
ついに待ち望んだ大軍がやって来た。
「来たっ! 一度降り――いや、思ったより早い」
僕は台座から更に屋根の頂点にまで登って村を見回した。
暗い暗い夜中の森に視界は通らない。
ゴブリンの大軍とはいえ、影が蠢いているようにしか見えず。
むしろけたたましい葉をする音が存在を教えてくれる。
「やっぱり、あっち側だけだ」
想定通り魔物が来たのはノヴァの家の向こうから。
念のため、柵で僕の家のほうの入口は塞いだけど要らなかったかもしれない。
「なら、あっちとそっち――投石塔。こっちに射手塔。建てろ」
塔の配置はノヴァの家は敢えて外した。
何故なら、畑の向こうまで攻撃が届くのは射手塔だけだから。
射手塔の攻撃速度は秒間1しかない。
大軍には焼石に水だからだ。
だからノヴァの家の左右の道を1本づつの投石塔で見る。
つまり僕の家とガーネットたちの家の上に1本づつ。
ノヴァの家の上からだと道の両方が射程に入ってしまう。
塔の狙いを左右に付けるためのタイムロスが出る。
それに片側に偏って投石してしまうと、反対側の道から大量の敵が抜けてしまう。
少しづつ抜けられるのは良いけど、一度に大量に抜けられるのは困る。
だから残った1つはその抜けを処理するための射手塔を、宝玉の間の上に置く。
そしてその作戦は上手く嵌った。
大軍の先頭に向けて投石。
着弾する前には後続がやってきて大量に圧死だ。
先頭の1匹2匹は抜けることが多いけど、待ち受けた射手塔が打ち倒す。
順調にゴブリンたちは倒れて行った。
赤い霧が夜の闇を更に濃くして行きながら。
だから敵の数が僕には見えてなかった。
投石塔は休むことを知らずに石を投げ。
射手塔も段々休みがなくなっていく。
「更に――増えてるのか」
一度の投石で5体。それが2つあるから10体。
どう少なく見積もっても200は倒している。
あの夜はどうだっただろうか。
樽に不安があって、塔1本で省エネしていた。
だからかなり長い時間だったとはいえ――
「考えてもしょうがないっ!」
ついに射手塔の限界が来た。
処理しきれなかった敵が広場にまで入り込んでくる。
僕は咄嗟に飛び降り、宝玉の間の入口に立てかけた斧を手に取る。
そして振り返れば、もう魔物と目が合った。
意志のない、石のような光を映さないゴブリンの目と。
それはつまり松明の明かりが届く距離にまで来ているということ。
「行くぞっ!」
斧を握り込んで持ち上げた。
果たして今の僕で倒せるだろうか。
伝説の五番目でもかなりの年数が掛かったはずなのに。
だが次の瞬間にはその目に矢が刺さる。
「そうだ。近い方から撃つんだから。それなら大丈夫――」
――いや考えが甘い。
頭を振った。
敵は2つの道から来ている――そう思い出して僕は首を回した。
「やっぱり向こうも!」
僕の家との間の道からもゴブリンが抜けて来る。
しかもかなりの数だ。
投石のポイントがずれてしまっている。
射手塔が先頭を倒してくれないから。
生き残った先頭に対して投石をしてしまう。
だけど後続との距離は開いてしまって、ほとんど無駄投石になっている。
敵の密度が上がった今、それは致命的になりかねない。
いや、ほとんど決壊寸前に見えた。
投石後の地点をすぐに5匹程度の纏まったゴブリンが抜けてくる。
「行くぞ――行くぞ」
覚悟は決まっていても、この時を待っていても。
僕の身体は武者震いではない震えに支配されている。
「おおおおおぉっ!」
だから声を上げた。
雄叫びを。
雄々しく吠えて魔物に向かうのが戦士なれば。
けど僕は格好良く戦えなかった。
斧を振り被って走ってゴブリンたちに向かう。
けど斧は振られることなく頭と頭がぶつかった。
「――つつっ」
相対距離をミスったのだ。
お互い全力疾走していれば倍の速度で近づくことを忘れていた。
いや忘れてたのか。
夜の闇がそうさせたのか。
降って来る石のお陰で見誤ったのか。
とにかくぶつかった。
けどそれが良かった。
ぶちあがったゴブリンは案外――柔かったから。
魔物への恐怖を打ち破るには十分な柔らかさだった。
「よしっ!」
やれる。
そう思えば斧も軽い。
敵の攻撃も見える。
本当にゴブリンは柔い。
斧を当てればバターみたいに切れる。
そりゃそうだ。
僕が立ち向かって来たのは――
この世界の最大の敵にして、女神に象徴される森の中の――
あの信じられないくらい堅い木だ。
「このくらいっ!」
斧の持ち手の一番下側を両手で握った。
長く持った斧をゴブリンの集団に向けてぶつけるように横薙ぎ。
ゴブリンたちは絶命していく。
刃に当たれば上下に別たれ。
柄に当たればぐしゃりと潰れ。
ゴブリンの集団は吹き飛んだ。
「よしっやれるやれるぞ!」
よくわからない技だったけど上手く行く。
上手く行けば調子も上がっていく。
僕はどんどん前に出ながらゴブリンを斬っていく。
けど僕の人生に順調という言葉はなかった。
圧倒的に経験不足で。
調子が良いと調子に乗るの差が理解出来ていなかった。
どんどんと前に進む。
こんなにも進むことが出来る。
その喜びと達成感に酔っていたのか。
今自分がどこに居て、何をしているのか。
一瞬忘れてしまっていた。
「うしろぉっ!」
その言葉にようやく振り返ると。
目があった。
無機質で無感情な何も映さぬ目。
その目に映り込む僕の呆けた顔。
既に振り被ったゴブリンの拳。
その更に後ろに大挙するゴブリンの集団。
――何故? こっちに? 宝玉は? もうダメ。せめてママさんを――何故?
斧は身体の前、顔は後ろを向いたまま、思考はぐるぐるで。
その割に何にも纏まらず、残ったのは顔にめり込む拳の軌道だけ。
顔を伏し、その時を待った。
けど――
「カイトちゃん。前を向いて!」
再び上げた目に映ったのは拳を上げたままの姿勢で貫かれるゴブリン。
貫いた包丁を両手に握ったママさんだった。




