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4-10


 目覚めれば角が腹に刺さり、姦しい声が耳に響く。


 いつもの朝だ。


「じゃあ行ってらっしゃい。気を付けてね」

「はーい!」

「いってきまっす!」

「そっちも気をつけてね」

「――ばい」


 みんなが出るのを見送ってから、僕も梯子を持って外に出た。


「おう、おはようさん」


 するとばったり会ったのはおっちゃん。グラールも連れている。


「あ、おっちゃん、おはよう。はは、グラールもおはよう」


 グラールは口をふにふにさせながら顔を寄せてくる。

 この口がぷるぷるとして触ると気持ちがいいんだ。


「朝から、グラール連れてどこ行くの?」

「あぁ、水浴びだ」

「水浴びかぁ」

「川にいってな。いくかぁ? 坊主もたまには浴びねぇと気持ちわりぃだろ」


 水浴び――確かに魅力的な響きだ。

 サガの家に居た頃はたまに風呂にすら入っていた。

 けど、外に出てからは顔を洗って身体を拭くだけ。

 それも誰かに言われなきゃ僕は週1くらいしかしてない。


 朝の仕事をサボるという罪悪感と天秤に掛けて見てもつり合いが取れそう。


 それにおっちゃんには聞きたいことがあった。


 痩せこけて、片側が細いピーナッツみないな頭をした、草臥れた帽子をいつもしているおっちゃん。


 何故登録を渋ったのか

 何故馬車を持ち物資を運べるのに辺境にいるのか


 すとんと天秤が落ちる音が聞こえて――僕は一度梯子を置きに戻った。


「危なくないのかな?」

「ん、まぁ、朝一番ならともかく。こんくらいならまず魔物はでねぇよ」


 太陽の光を遮る枝葉の影の下、いつ魔物が出るものか。

 一歩歩く度に唾を飲み込む。


 別に森に入るのは初めてじゃないけど問題は背中だ。

 何も背負ってないのだ。

 背中が軽くて、背筋が冷たくすら感じる。


丸太を持って行こうとしたら「いらねぇよ。そんなもん」と言われたのだ。


 その代わりにおっちゃんに持たされたのは木の皮で編んだ小さい籠。

 塔を生み出すにはあまりに軽い。


「ま、いざとなったら相棒に飛び乗れよ」


 そう言ってグラールの首を撫ぜる。

 応えるように得意げにひひんと一鳴きした。


「うん、まあ、頑張る」

「最初の頃の勢いがねぇぞ。止められても森を突っ切るぜって勢いがよぉ」

「えぇそこまでだった?」

「どうみても『森に行きます』って感じだったしなぁ。俺ぁが見た中じゃあ前掛かり度数はトップだったぜぇ」

「何、その度数」

「ま、ビビるようになったのは良いことだ」

「別にビビってなんかないよ」

「おいおい、ビビるってぇのは悪いことじゃないぜ」

「えーそうかな。おどおどしてたら格好悪いでしょ」

「違ぇ。ビビるってぇのは何か失いたくない物がある奴ってことだ。失いたくない物があるから、失っちゃ不味いから、失うことに恐怖して、ビビるってぇもんよ。何もねぇ奴はビビらねぇよ。何もない奴が格好いいか?」

「ん、そう言われると。ビビった方がマシな気も」

「だろぉ? ま、表に出すのはどうかと思うけどなぁ」

「ちょっとぉおっちゃん!」

「あはは」


 グラールも可笑しくなったのか、一緒になって首を上下にする。


「ま、俺ぁが毎朝入ってるから大丈夫でぇ」

「まったく」


 実際におっちゃんの言う通り森の中に魔物の気配はなかった。


 魔力の溜まった日陰で沸く。

 そう言われるけど、実際は大抵夜に魔物が生まれるらしい。

 考えてみれば当たり前の話だ。夜なら全部日陰なんだから。

 夜の内に魔物になる魔力が使われて朝からは新しく沸くことは稀。


 それに森の中のポリーはかなりの距離を索敵出来る。

 陽が出ている時間に魔物と出会うことはほとんどない。


「お、いいの生ってんじゃねぇの」

「いいの? それ――が?」


 近くの木になった実に手を出す――んだけど。

 毒々しい紫色の皮をしていて、2つに割れて見える中に白と黒の粒みたいな物。

 まるで歯でも生えているようで正直――怖い。


「うめぇぞ。ほれ。入れといてぇくれ」

「うわぁぁぁっ!」

「おいおい、女神に食わせてどうすんだよ。ったく相棒食っていいぜ」


 グラールは嬉しそうに軽い足取りで実のところまで小走りだ。

 一口で食べると首を上下させて、実に美味しそう。


「ええぇ、美味しいんだ」

「ま、後で食ってみろって。お、あっちにあんのは――おいおい、こっちにも」


 おっちゃんは声を上げては、どこかに行っては取って来たものを籠に放る。

 果物だったり、野草だったり、キノコだったり、芋のようなものまで。

 籠の中身は充実する一方、川には近づく気配はない。


「ああ、すまねぇな。寄り道ばっかでよ」

「いや、おっちゃんのお陰で食卓が豪華なんだなって」

「んまあ、レジーナならもっとはええぞ。俺ぁあっちへふらふら、こっちへふらふら適当に歩いてるだけだぁ。ないときゃまったくとれねぇしな」


 その後も寄り道は続き、結局籠が満杯になるまで進めなかった。


 籠が満杯になっておっちゃんが真っ直ぐ進ようになると――

 突然、視界が開け――森が切れた。


「おおおぉ、ここが川なんだ」

「ああ、良い所だろ。割と深いから気ぃつけろよ」


 水面に跳ねる陽の光のせいか、いやに明るく、輝いてすら見える水の流れ。

 森の中のむせるような緑の匂いを洗い流してくれるようで凄く爽やかな気持ちだ。


「思ったより大きいね」

「だろ? 相棒が浴びれるくれぇだからなぁ。ほら、いいぞ」


 1つ大きくいなないて、グラールは飛びあがってダイブ。

 爆発したような音を立てて、水面が破裂。

 高く高く、木よりも高く飛沫が上がった。


「うっひょぉ! 気持ちよさそぉ行くぜ坊主!」

「うん」


 僕とおっちゃんは着ている物を脱ぎ、近くの大きな岩に掛けて川に飛びこむ。


「っぷぁ気持ちいい」

「つめたっ!」


 川は思ったより冷たくて、思ったより深くて、思ったより気持ちが良かった。


「あ、坊主こっちだ」

「えっ? そっち?」

「相棒より上流に行くぞ」

「何で?」

「あのすっきりした顔を見ろよ。しやがったぜ」

「しや――何を――うっくさっ!」


 多少のトラブルはあったけど。


 川を上がるなりおっちゃんは岩に寝そべる。

 僕も後を追って隣の岩に寝そべった。


「おお、気持ちいい」

「だろぉ」


 陽に当たっていた岩は冷えた身体に丁度いい暖かさだった。

 うっかりしていると寝そうだ。

 とはいえこんなところで寝るわけにもいかない。


 意を決して聞きたかったことを口に出した。


「おっちゃんは昔からここに?」

「んーいや、前はちげぇよ」

「ずっとグラールと行商を?」

「まぁ前はなぁ。なんつーか。お偉いさんの馬の世話をしてたんだぁ」

「あーそういう。おっちゃんなら安心だね」

「ふふん、俺ぁの前じゃあ馬の怪我なんざぁないようなもんだしな。確かに結構いい評価されてたんかねぇ」

「その時から技能スキルは使えたんだ」

「まぁ結構入ってすぐだったかなぁ?」

「じゃあ辞めたのは技能を覚えたからじゃないんだ」

「んー」


 言い難い――おっちゃんは唸り声を上げる。

 身体を起こして明後日の方を見てから、空を見上げた。


「相棒はなぁ。俺ぁが取り上げたんだ」

「取り上げる――そのお産で?」

「ああ、まあ相棒は生まれる時難儀してな。人の手助けが必要だったんよ。で俺ぁが取り上げたってぇわけだ。だからまあ可愛いのなんのってな。俺ぁにとっちゃあ子供も同然よ」


 確かにグラールの首を撫ぜる手の優しさはノヴァやママさんのフレアに対するものに近く見えた。


「でまあ、それでも仕事があるわけだ。結構遠出するんだけど」

「遠出? どこに? 偉い人って」

「あーまあそこは言えねぇな。義理ってもんがあらぁな」

「ああ、そっか」

「そういうもんだ。ただまあある日、遠出から帰って来た相棒がよ怪我しててなぁ。

まあつっても仕事中に亡くなった馬なんて何頭もいたわけなんだがなぁ。ちょっと、上に食いついちまってなぁ」


 おっちゃんが怒る姿――あまり想像できない。


「したらよ。遠征に行って何してると思ってんだとか帰って来なかった馬たちがどうなったか分かってないわけねぇだろ――と言いやがってよぉ。んなこと分かってんだっつの。でも許せなかったんだよなぁ。馬を使い捨てにしてやがるあいつらも。他の馬たちと相棒に差を付けて考える俺ぁもなぁ」

「でもそれは――」

「駄目だぜ、駄目なんだ。それじゃ仕事になんねぇのよ。それじゃ他の馬たちに悪ぃのよ。だから辞めた。ま、上の覚えも悪くなかったか。怪我した馬はいらねぇってかどっちかわからねぇが、幸いにも相棒は退職金として貰えたってわけよ」


 そう言うとおっちゃんは少し大げさに寒がって見せる。

 ”風邪引くぞ”と言いたげな顔だ。

 確かに岩も冷えたし、風も出て来た。


「んで旅よ。これがまた性にあったねぇ。ああ、なんで、あんな場所で閉じこもって仕事してたんだろってな。気ままにあっちへいってこっちへいって。相棒もいる旅が楽しいのなんの。俺ぁ圧縮系の技能なんてねぇのに。路銀稼ぐために運んでただけで気付いたら馬車まで買えてらぁ。天職って奴よ」


 ただそれでも僕は動かなかった。

 話を打ち切りたくはなかったから。

 おっちゃんもそれは分かっていたのか服を着ながらも会話は続けてくれた。


「あんまりに上手く行きすぎてよ。こりゃこのままじゃあ罰が当たる。だからせめて人の役に、世の中のために立たねぇといけねぇ。ってんでこうして辺境の村を回ってそこの物品を売って金に買えて還流してんのよ」

「回って――じゃあ」

「ああ、ここ以外にも回る場所はあんだなぁ。ま、最果てのここが一番いるがなぁ。他んとこは月に1回もいかねぇかな?」

「何だか御免。そんな立派な理由で領民にならなかったなんて」

「ふはっ、なんだ辛気臭ぇご立派な話しちまったけどよ。とどのつまり俺ぁは手前ぇ勝手なのよ。辺境を維持する手伝いしてんのも旅する場所を減らしたくねぇってだけだからなぁ」

「えーそうなの?」

「そうよ。だからな。カイトよ。坊主には期待してるぜ。もっと広げてくれるって。レベルを上げるための頭数には入れてくれていいんだ。本当だぜ」

「うん、分かった」

「ま、それに人探しもしてくらぁな。期待してろよ」

「また旅に出るんだ」

「ああ」


 そうしておっちゃんは一人でまた旅に出た。

 それは何だか寂しくて――

 ノヴァたちが出立の時に変なことをする理由が分かった気がした。


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