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4-8


 それはくしくも2人が来てから丁度一週間の日だった。


 祈りを捧げて夕食の始まり。

 でも、誰も食事には手を付けない。

 何故なら肉は今から焼くからだ。


 一概に肉を食べると言っても処理する行程が多い。

 血抜きをし、臓物を取って、水にさらす。

 そして皮と剥いで、部位ごとに分解、骨から外して肉に切り分ける。


 途中ママさんとポリーは夕食の準備もして外れたのもあって肉の用意は遅れた。


 というわけで生肉を目の前にして祈りを捧げて、今こうして焼いているわけだ。


「しっかし、よく見つけたな」

「遠くまで行っちゃったんじゃないの?」

「そんなに遠くないよーねー?」

「っす。見える範囲っすから」

「あれが――見える範囲?」

「――心の目で見よ」

「まあどんなとこまで行ってるの! まったくボアを狩るのだって危険なのに」


 どうやら大層森の奥まで入ったようだ。

 お冠のママさんだったけど、意外にも止めたのはノヴァ。


「ふっ、駆け出しとはいえ冒険者なんだ。どこまで行けるかくらい分かってるさ」

「そーそー! 大丈夫だったでしょ」

「それにボアには負けないですよ」

「あらそう?」

「2頭同時でも余裕っす」

「ただまあ、魔力溜まり(マナプール)があることもあるから注意はしておくといい」

「マナプール?」


 聞いたことのない言葉だった。

 なんとなく想像はつく。

 けど、このボア肉の焼ける誘惑に負けないように話が必要だった。


 まあ僕よりもペルーサのが不味いけど。

 両手をわきわきとさせて前傾姿勢で、今にも焚火の中までも突っ込みそうだ。


「ああ、魔力が溜まり易い地形のことだ。規模は違うが似てる場所は行っただろ?」

「迷宮!」

「そうだ。魔物を倒しても倒してもそこからは沸いてくる。魔力溜まり(マナプール)の魔物は得てして強い傾向があるし、昼でも魔物が沸く。近くにはもう無いと思うが。ポリーならあれば分かるだろう」

「お任せっす!」

「ポリーの言うことを聞かずに勝手してはいけないぞ」

「はーい」

「はぁ、ノヴァさん詳しいんですね。昔は上のクラス冒険者だったとか?」

「ああ、まあ、昔に少しな」


 てっきり左手の話をするものだと思っていた。

 ただ少し寂しそうにノヴァはいつものように鼻で笑うだけ。


 それは何故か。

 僕が聞いた時とは何が違うのか。


 なんてことを考えることはなかった――出来なかった。


 何故なら目の前には肉があった。

 一度食ってしまったら忘れられない魔味溢れる――

 いやそんな口上は関係ない。

 僕らは最近力仕事ばかりだ。

 燦々と輝く太陽の下汗水垂らして木こり。

 挙句ここでは昼も出ない。


 夕食前の祈りなんて煩わしく思うくらいなのに。

 垂涎の肉を目の前に”待て”をされていたのだ。


「あ、そろそろ焼けているわね。頃合いよ」


 ”良し”が掛かればひとたまりもない。

 食という生物のもっとも根源とも言える欲求に抗う術があるはずもない。


「いやっほぉぉっ!」

「うぉおぉぉぉ!」


 獣のような声を上げ、動物の如き、本性をむき出しにして一斉に飛びついた。


「一番肉討ち取ったりぃぃぃぃぃっ!」


 意外にも一番だったのは多分ペルーサ。

 僕も肉に夢中であんまり覚えていなかった。


 何せ気付いたら食事は終わっていた。


「いやぁ美味しかった」

「――これから毎日肉を焼こうぜ」


 初めて食べる2人はご満悦の様子だ。

 少なくとも味覚に関しては僕はこの世界の常識の範囲内にいる。

 この村のみんなもずれては居ないようだ。


「残念だけど――この量だと明日で終わりねぇ」

「ええっ!」

「――まだ半分も!」

「売る分もあっからなぁ。収入がねぇとこの村は立ち行かねぇのよ」

「道具類のメンテ、今は食糧も買ってきているからな」

「そっちはもう少ししたら要らなくなるけど。やっぱりお肉は売れるから」

「そんなぁ」

「じゃあもっと狩ろう!」

「沢山狩れば一杯食べられて、お金もうはうはっす!」


 掛け声と共に片付けの開始。

 といっても食器類を水につけて置くだけ。

 昼、魔物が一番出にくい時間になったら川に持って行って衣服と一緒に洗う。


「火はそろそろ残しておくか」

「そうだなぁ。宝玉の周りも大分せめぇしな」


 更に火の始末も要らないとなれば片付けは一瞬だ。


 いつもならこのまま解散。

 各々の家に戻って寝るだけ。


 だけど今日は違う。


「今日で1週間だよね」

「ああ」

「そうさなぁ」


 焚火を挟んでノヴァとおっちゃんと目配せ。


「あ、そっか。そんなに経ったんだ」

「――随分居た気がする」

「えーそう? まだ来たばっかりって感じ――え、何?」


 2人を囲むようにママさんとフレアとポリーも焚火に集まってくる。


「あれだね」

「あれっすね」

「覚悟はいいかしら?」

「えっ」

「――ひっ」


 そう今日で丁度1週間経った。


 旅から戻って来る時におっちゃんと相談していたことがある。


「領民ってのにするってことだよな?」

「うーん、でも領民ってどうなるか分からないんだよね」


 実際ゲームだと、集めることが目標になる数値で。あると強化されるだけの数字。


「まーなぁ。でも外に出られたわけで。しかも結構な日数たってっしなぁ」

「一応、まだどうなるか分からないからさ。あの2人の目的も強くなりたいってことだけみたいだし」

「あー村で暮らしてぇってわけじゃねぇもんな」

「人は欲しいけど。ある程度時間経ってから――覚悟が出来てから聞きたいかな」


 戻ってノヴァたちと相談した結果の期間は1週間だった。

 短いという気もして異論を挟んだけど。

 誰も理解は示してくれなかった。


 多分、時間の感じ方の差なのかもしれない。

 18が成人で80生きる世界の常識。

 二次性徴が始まったら成人で60生きてれば長生きの世界の常識。

 その差が1週間に対する感じ方の差なんだろう。


 だからそれ以上は何も言わずに今日この日に選択を迫ることにした。


「えっと、何されるのかしら?」


 僕は黙って宝玉に領民登録画面を出す。

 いや、黙ることで余計な緊張を与えたいわけじゃない。


 だけど、特に魔族の3人がいつもより目を怪しく光らせて――楽しんでいる。


「儀式だ」

「おおっ儀式」

「儀式ね」


――違うけど。と、口を挟むのももう面倒だ。


「――儀式――っ!」

「えっと、そうじゃなくて、領民になって欲しいんだ」

「領民? もう村の一員だと思ってるけど。ねぇ?」

「――うん」

「うーん、そうじゃなくて。僕の領民にってことなんだ」

「カイトの?」

「もっと正確に言うと僕の塔士という職能の」

「ああ、そういう」

「――ふぅ」

「焦ったわ。それならいいけど――」

「――どうなる?」

「恩恵は――分からないんだ。ただ、ここを広げるのに人数が居る。全部で10人の領民が揃わないと大きく出来ないんだ」

「んーそれだけ?」

「今のところ」

「――デメリット?」

「ああ、そうね。他のところに住めなくなるとか? って変ね。移住すると領民から外されるとか? それとも強烈なデバフを受けるとか?」

「分からない――つい、この間発動したばっかりの職能だし。村の外に長い期間出たのもニュービーに行ったのが初めてなんだ」

「んーあーそうなんだ」

「――これから」

「そう、だから色々検証してたんだけど」

「生活の立て直しが急務だったのでな。色々――特に移住に関しては後に回した」


 そう告げると2人は顔を付き合わせる。

 当たり前だけど、多分怖いだろう。

 職業というシステムで相手の能力を知っていることが前提の世界だ。

 そんな世界でイレギュラーと呼べる固有職ユニークの――

 更に検証も済んでない職能アビリティの――

 最悪犠牲になるかもしれないのだから。


 2人は見つめ合って――頷きあってからこっちに向き直った。


「いいよ」

「――おけ」


珍しくフードの下目を覗かせたペルーサの顔にも不安はなかった。


「もう村の一員だって思ってるって言ったでしょ?」

「――ね」


 2人は躊躇うことなく、画面に手を押し付けて認証を済ませた。

 どうやら色々考えすぎていたようだ。


『案ずるより産むが易し』


 そんなかつての世界の言葉、ここでも通用するんだ。


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