4-4
翌朝、僕はまたゆっくり寝ていた。
朝の陽を感じながらベッドで転がる。
正直旅で疲れていたし、久しぶりに地面じゃないところというのもあってゆっくりと転がっていたかった。
そんな僕の至福の時間を破ったのは姦しい声だった。
「まだ寝てるとおもうよ」
「――明るいのに」
「えぇ――良く寝坊出来るわね。こんな森の中で」
「図太いっすからねぇ――ほら寝てるっす! カイト、起きるっすよ!」
「んーおは――よう。朝か」
「おはよー」
「――はよ」
「おはよう」
「今日一発で起きたっすね」
「まあ、起きないと、フレアが刺さるからね――」
ベッドから起き上がると、ガーネットがボウルを差し出してくる。
赤みの強い茶色の陶製のボウルには並々と張られた水。
「はい、顔洗って」
「え、あ、ありがとう」
「ほら驚いてる」
「朝から顔洗わないっすよねぇ」
「えー汚いでしょ。ねぇ」
「――ん」
「夜だって湯を沸かしたいくらいよ」
やはり女の子が集まるとこうなのだろうか。
僕は中々会話に入れない。
ボウルで顔を洗うのも躊躇ってしまう。
「カイトはどう思う?」
「顔くらいは洗いたい――旅している時はともかく。村に要る時くらいはね」
「えーそっかぁ。じゃあフレアも洗おーっと。カイト早く早く!」
「えっああ、うん」
「――タオル」
洗い終えた僕にペルーサが差し出したのは茶色い布。
リネンのように繊維の目立つ――この世界ではポピュラーなタオル。
けど僕としてはこれをタオルとは呼びたくはない。
これはただの布だ。
とはいえいつもと違ってちょっと良い匂いのする布だった。
その間ポリーは食事を運んでくれていたよう。
フレアも顔を洗い終える頃には卓には食事が並ぶ――3人分だ。
「2人もここで食べるんだ」
「うん、御免ね」
「いや全然いいよ」
「良かった。良い家に住まわせてもらったんだけどね」
「――テーブルが戻りかけ」
「戻りかけ?」
「うん、魔力に」
「――ああ、木だからか」
腐る――見たいなものなのだろう。
「じゃあ頂きます」
「うわ、本当に祈らずに食べようとしてる!」
「ほら言ったでしょ。カイトお行儀悪いんだよ」
「あ――はは御免御免。癖で」
「癖になるほどしてなかったの?!」
「1人が長かったから」
「――1人だと――しない?」
こういう時、僕はつくづく違うんだと思い知らされる。
僕がここに転生している以上いるはずなのに。
前の記憶が――科学の中での暮らしが、どうしても神の肯定を阻む。
「しっかし、本当美味しいわよね」
「――うまうま」
「うん、ニュービーの一番の屋台に匹敵するよね。これでも」
「一番っていうと――広場の女神像の向こうの?」
「そそ」
「――知ってるんだ」
「2人も食べた?」
「何度か――でも混んでるからねぇ。遅いときは最初から諦めてる」
「フレアも食べたよー」
「確かに美味かったっすね」
「――最高」
「うん、ニュービーは愚か、今まで一番だったわ。それと同じレベルの食事が毎日だなんて幸せ」
「チッチッチッ、あれじゃあこの村では二番目の味っす」
「えーじゃあ何が一番なの?」
「ボアァァー!」
「っす!」
「――くぅぅぅぅぅっ、た、食べたいぃぃぃ」
フレアとポリーは食事を済ませている。
お陰でひっきりなしに喋り倒し、食事の時間は大分伸びて――楽しかった。
「今日はどうするの?」
「ノヴァが村の入口に集まれって言ってたっす」
食事の片付けを終えて、村の入口へと向かった。
村の入口――森が少し入って来ていて狭まり、天然の壁のようになっている。その中央にノヴァは仁王立ち。
おっちゃんとグラールは待ちくたびれたのかあくびを一緒にしていた。
「おはよう諸君」
「おー来たなぁ」
「おはよう」
「御免、遅くなった」
「こないだみたいに体調は悪くねぇのか?」
「うん、元気だよ。ただ寝すぎちゃって」
「元気ならいい――じゃあ早速今日はこいつをやろう」
そう言ってノヴァが手を置いたのは木の柵。
入口から並べた杭を地に打ち付けてあり、横に木の板を貼り付けた簡易な物。
「――柵――ガーネット!」
「あーそうだ。何かおかしいと思った。大丈夫なんですか? 地面に直接さして――根付いちゃいますよ!」
「構わん」
「検証中ってこと?」
「こいつはお前たちが発ってからすぐ打ち込んだ」
「何日経ってるんです?」
「えーと1,2,3――ポリー?」
「6日っす」
「うっそ」
「――っ」
ガーネットとペルーサと2人して驚きの声。
ペルーサなんかは珍しくフードの下から顔が現れるほど。
顔はよく見えなかったけど。髪は鮮やかなピンクだった。
「ひょっとしてここじゃあ――根付かない?」
「――辺境の普通?」
「恐らくは、まだ検証中だ。だが、そもそも木を弾く聖域の――」
「領土」
「の特性を考えたら、恐らくこの先も問題ないだろう」
「サンクチュアリ?」
「――領土? どっち」
「ああ”僕”の塔士の職能で出来た『領土』だよ」
「ずるいぞカイト。それを持ちだしたら命名権が全部なくなってしまう」
「宝玉の間があるでしょ」
「あれだって本当はもっとこう――なぁ。畜生カイトの家にも名前を付けるか」
「やめてよ――」
「えーと、ちょっと整理していい?」
僕らの下らないやり取りにガーネットは混乱している。
いや、混乱しているのはこの世界で木が生えない場所があるということだろうか。
「生えないの? 根付かないの? 森はこっちに広がって来ないの?」
「うん」
戸惑う2人に僕ら全員で頷いて返す。
よほど驚いたのか、よろけるように後ろに下がっていく。
「なんだってぇ!」
すごい驚いたらしく、いつもと違ってやる気のある声で叫ぶペルーサ。
ガーネットはもう膝をついて両手を上げて、僕に向かって仰いでいる。
「いやいや、待ってそんなに」
「いや、カイト。”そんな”だぞ」
「そうだそうだ!」
「っすよ」
「そうそ。これが永続で何の代償もねぇならマジでやべぇと自覚しなぁ」
「そ、そうなのかな――」
「そうに決まってるでしょ!」
「でもここの村だけだし」
「村が大丈夫ってことは、この村のすぐ内側ってもう森が来ないってことでしょ?」
「確かに」
「なら公表して。御貴族様から金引っ張るか? 人も集められるだろ」
「もっと人くるの!」
「城が建つかもしれねぇぞ」
続々と沸く未来予想図。
「駄目だ」
そこにぴしゃりと否定したのはノヴァ。
「まず、第一に無制限と限らない。検証が終わっていない」
「まあ確かに。後で駄目でしたってなったら――」
「――吊るされる」
「こわぁー」
「後は――町づくりの予算となるとかなりの大貴族を相手にしなければならない」
「あーまあ、そうだなぁ」
「それが――?」
最悪実家――サガ家がある。
そんなに僕の職業に利用価値があるならば頼っても――と思わなくもない。
「最悪のことを考えろ。カイトレベルの固有職を抱えればどれだけの権勢を振るえると思う?」
「攫われたりとか?」
「それは最悪じゃない。手に入れられるなら大事にはされる。自由はなくともな」
「あー手にはいらねぇ場合ねぇ――お偉いさんならけったくそわりぃこともすっか」
「それって――暗殺とかです?」
「そう。そら、坊主がこれ以上力付けて領土広げようもんなら――貴族の立場なんてふっとぶからなぁ。自分のものにならねぇなら無い方がいいってもんよ」
「そこまでやる――か」
けど、最後に見たあの両親の表情――まるで息子など居なかったかのような、あの無関心な顔を思い起こせばやりかねないと思った。
「やるだろうな。権力者ってのは権力があるから権力者なんだぜぇ? 権力を脅かすってんなら――そらなんでもやらないと。権力者じゃなくなっちまう」
「まあそういうことだ。基本的に外には不用意に領土の話はしないこと」
「――はい」
「まあ不安な顔をするな。しっかり検証をして。聖域を」
「領土」
「地道に広げたならば。その時貴族なんぞでは手が出せない力を得るだろう」
「そうならなかったら?」
「さあな。全力で守る他ない」
どうやら気付けば割と危ない立場になっていたらしい。
僕の考えが甘かっただけなのだろうけど。
「大丈夫だよ! カイト、真紅の夜明けにお任せー!」
「ああ、頼もしいよ」
フレアは頼もしい。
それ以外のみんなも頼れるだろう。
でも例え、誰も味方がいなかろうと、僕の肚は最初から決まっている。
何があっても止まれるわけがない。
向こうを見るんだ。




