4-1
あの飲み会から3日が過ぎた。
1日経っておっちゃんが迎えに来て、村へと出発。
肉は売り切れたようで馬車の荷台にはもう欠片もない。
――だけど来た時より狭くなってくれた。
「ほんとに森の中通るんだ!」
右も左も木々に囲まれた道。細く切り取られた青空。
珍しいのだろう、2人は馬車から身を乗り出すようにして上下左右を見回す。
「あーあっちにゴブリンいるっすね」
「えっどこ! 全然見えない」
「ふふん、森の中が本領って言ったっすよ。ふはは、手に取るように分かるっす! ああ、ここにも! そこにも!」
「――こわ」
「奴らの視界に入らない限り襲って来ないっすよ」
「見えたら」
「最後っすね」
「はっ安心しろって、相棒の足に追いつく魔物はいねぇよ」
その通りで特に何もなく道を進む。
気になることと言えばフレアが静かなくらいだ。
いつもなら「全部真紅の夜明けの錆にしよう」っていいそうなもの。
ただ沈んだり顔をしていたり、疲れた顔をしていたり、具合が悪そうにも見えないから――多分、早く帰りたいだけなんだろう。
「見えた! 見えたよ!」
それを裏付けるように村が見えて一番に声を上げたのはフレアだ。
指を差して、居てもたってもいられないと言う感じで腰を浮かしている。
「あれ? おかしいっすね」
「どうしたポリー?」
「え、いやんー反応が。いつもなら出迎えが」
おっちゃんの上で首を傾げるポリー。
何がおかしいのかはっきり言わないまま、僕にも異変が見えた。
「何か――入口が違う?」
「あー確かに、あんな門なかったよなぁ」
遠くに見えた村の入口には門があった。
そこから木で出来た柵も張り巡らされているのが見える。
馬車で入るのを拒絶するように。
「――これいいの」
「えっあ、ほんと――」
ペルーサとガーネットが柵を指差し、異変を口にする。
けど、それは現れたママさんの声で流された。
「みんな! 帰って来たのね」
「ママ!」
畑仕事をしていたのだろう、手に泥を付けたママさんが現れた。
「フレアちゃん、ポリーちゃん! 元気そうで良かったわ」
「ただいまー」
「っすよ!」
飛びつく2人を抱きしめて、ぐるぐると回る。
いつもの姿に見えたけど――
「カイトちゃん――お帰り」
「あ、うん、ただいま」
一転、僕には真剣な眼差し。
おっちゃんとガーネットとペルーサにも簡単に会釈をするだけ。
「イグさんも、えーとお客さんも。よろしくね。カイトちゃんこっちに来て」
真剣な顔のまま村の真ん中の建物に案内された。
――宝玉の間
ノヴァのたっての願いで付けられた名前。
その中に入ると、ノヴァが居た。
「パパっ!」
「えっノヴァ」
「おい、ノヴァ、どうした?」
ただし、いつもの姿ではない。
だらしなく椅子に体重を預け、項垂れ、疲れ果てた姿だった。
ここで宝玉を守り続けていた。
それで疲れはてた。
6日間の間ほとんど眠らなかった――いや眠れなかった?
「大丈夫ノヴァ?」
「あぁ――」
「一体何があったんだよ。そんなになるなんてよぉ」
「あぁ、真っ白にー燃え尽きた――」
「うん、やり過ぎたのよ――パパ、ほら帰って来たわよ」
そう言われてもフレアですら飛びつくことも出来ない。
そのくらい危険に見えた。
「パパ大丈夫? あ、そうだ! ペルーサお願い!」
「――うん」
「待って!」
回復を掛けようとするペルーサを止めたのはママさんの一声。
「その前にカイトちゃん――一歩前に」
「いやでもそんなことより回復を」
「いいから、いいから。お願い! パパのために!」
まるで遺言でも渡されるのかという言いぐさ。
なのに何か変だ。
なんというかママさんが軽い。
「う、うん、分かったよ」
しかもママさんが「一歩前」と指差したのは部屋の中央だった。
今、そこに宝玉はない。
スマホになっている。
省エネモードというか、スリープモードというか、そんな感じだ。
僕が離れるとこうなってしまう。
勿論、この形態でも領土も塔も機能するのは検証済みだ。
「ひょっとして離れて時間が経つと――駄目だったの?」
「カイトちゃんそれより前へ」
「え、あ、うわ」
促すだけでなく、もはやママさんに背中を押され前に出される。
すると、ずるずると有機的で滑るような音とともに触手が生えた。
伸びた触手は地に突き刺さり、持ち上げるように形を作る。
緑の宝玉が現れそれを支えた。
「おおぉぉぉ」
ノヴァの顔が持ちあがった。
上気したように頬に赤みも差す。
けど完全復活とは行かないようで。
「パパ! まだ駄目なの?」
「も――もうい――」
「うん、そう――カイトちゃん一端下がって!」
「えっ? うん」
「もうちょっと、もうちょっと――そう、ここから出て」
「ええ? 部屋から。でもこれ以上は」
「お願いよ」
声は切実、台詞も深刻。
だけど――まあ大体何がしたいか分かった。
「はいはい」
もう一歩下がって外へ。
すると宝玉に触手が吸い込まれていってスマホに戻る。
「おおぉ――」
また声を上げる――けどスマホに戻り切るとまた項垂れてしまう。
「カイトちゃんもう一回こっち」
「はーい」
「おおぁぁぁ」
近づいて宝玉になるにつれ、ノヴァの顔が持ちあがる。
けどやっぱり宝玉が完成するとまた、項垂れる。
「もう一回? うんカイトちゃんもう一回」
「ああぁ、そーいうこと。んじゃ、俺ぁは相棒見てくらぁ」
「行ってらっしゃい。じゃあ、ちょっと、みんな、開けててくれるかな?」
「――うん」
「えっえっ? 一体何なの? あの人は一体?」
「――考えても無駄」
「でも、これびゅるびゅるって気持ち悪い奴。何なの? 凄いんだけど。これ何?」
「さあ、何だろうね――じゃあ行くよ」
ガーネットはパニックになってるようで、手櫛で髪をくしゃくしゃにしている。
まあ僕も未だにノヴァがこうなってる理由は分からない。
想像通りに防衛が大変だったのかもしれない。
それ以外に何かあったのかもしれない。
けどまあ、今は走った。
空けて貰った道を前後に走る。
部屋の中央、手が届く距離まで近づけば宝玉になって。
建物から出る位置まで離れればスマホに戻る。
「おおぉぉ――おー――おおぉぉ――おー――おおおぉぉっ」
変形するごとに、声を上げるノヴァ。
「パパ頑張ってもう一息」
頑張ってるのは走ってる僕だ。
「おおぉぉ、おおおおぉぉぉ、変形最高ぉぉぉおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉっ!!」
ノヴァもついに立ち上がった。
両手を低い位置で広げて、浮き上がるようにして足を揃えて。
「パパ復活! パパ復活!」
「うむ、やはり変形はいい! 魔族が生み出した最高の芸術だ! そうは思わないかカイトッ!」
「いやまあ魔族じゃないからね」
「見ているだけで力漲る! 日々の活力源といえよう。ああ毎日毎時みていたいっ!そうだ! カイトよ。変形の回数で時間を表すというのはどうだろうか?」
「意味が分からないよ」
「ふはは! 良く帰って来てくれた! お帰り」
「ああ、うん」
「フレア、ポリーもお帰り!」
未だかつてないほど分からないテンションだ。
「ただいまー」
「っす!」
「どうだった? どんな職業だったんだ?」
「予想通り森の導き手だったっすよ!」
「そうかそうかやはりポリーの耳は職能も入ってると思ったよ」
「っす!」
「フレアは?」
「んー」
颯爽と答えたポリーに対して、フレアは少し溜めた。
ノヴァの肩に乗って、角に捕まりながら考えるように俯いて――
「魔剣士!」
答えを聞いたノヴァは一瞬止まった。
ノヴァは騎士だ。
八大職の中の更に頂点と言っていい職業。
だからその子も――
「そうか、剣士系か!」
「うん、何か――えーとそう特別なんだって!」
「凄いじゃないか! 果ては勇者だな! おめでとう2人とも」
2人を肩に乗せて外へ走っていく。
角を掴ませて回して遊んだり、して全力で喜んでいる。
そこに子供が思い通りにならなかった後悔はない。
――いや、違う。
多分最初から何も求めてなかったんだろう。
きっと微塵も騎士がいいなんて考えていなかった。
ただフレアが喜んでいる。
それだけでいいんだ。
帰って来て本当に良かった。




