3-16
僕はギルドの職員のことは良く知らない。
第一声で『固有職』と言ったからか。
冷たくいまいち取り合ってもらえてない。
今日のことで少し変わったけども。
職員が何人いるかも分かってない。
多分5人から8人くらいってだけで、名前も顔も一致する人は居ない。
例外はギルドマスターのジャンヌさんと――セーラさんだ。
でもセーラさんだって例に漏れず、冷たい対応。
他の職員と違って張り付いたような笑顔すら見せない。
特別相手もされない。
まともに取り合ってくれたこともない。
けど、どうして僕は来たのだろうか。
もう、おっちゃんが来たら去るだけだというのに
もう、ここに戻って来る理由もなくなるというのに
『ここでわだかまりを残したくない』
そんな気持ちがどこかにある。
ギルドの奥、職員の人たちの事務作業をする場所。
本が積まれた机、箱が積まれた机、酒が積まれた机まである。
端には武器が無造作に立てかけられて、雑然とした部屋。
「ああ、カイトさん――今日は本当にありがとうございました」
そんな中、唯一清潔で物の少ない机に座っていたのがセーラさん。
僕に気付くなり、立って礼をして――すぐに机に戻ってしまう。
「まだ何か? 今日はギルドの払いですから、存分に堪能してください。ああ今日は貴方もその対象に含まれています」
「ああ、そうなんですか。セーラさんは――その向こうには?」
「ええ、仕事があります」
「でもそれって急ぎではないと」
何を言えばいいんだろうか。
何どう言えば話が続くのか。
冷たい視線でこっちを見もしない人にどうすればいいのか。
憧れなんて言われてもそんなの微塵も感じない。
僕は立ち尽くすことしか出来なかった。
「ギルドマスターに言われたのですね」
「え、あ、はい」
溜息をついて僕の方に向き直って口を開いた。
「私の生まれは辺境でした」
「えっ? そ、そうだったんですか?」
「ええ、生まれた村は小さい村で20人も住んでなかったです。それに森にほど近い場所で、いつも魔物の襲撃に怯えていた――でも明るい村でした」
「まるで、今僕がいる村みたいです」
「そうですか。どこも同じようなものなのでしょうね」
話す彼女の表情は変わらない。
けど、どこか重くるしい。
話す言葉を選んでいるよう。
それが頭の片隅に引っかかる。
何故かそれのせいでセーラさんを気にしてしまっていた――気がする。
「私は生まれた時から身体が弱くて、村に居られませんでした。」
「それでここに?」
「いえ、別の町です。私がここに来たのは貴方と同じ」
「僕と?」
「足掻くため――無駄だと、無理だと思っても私は強くなりたかった。ならなければ――行けなかった。ですが、私の職業は私を強くしなかった。強くなれないと女神様に決められていたのです。だから――」
そういうと真っ直ぐ僕を見た。
何も感情ののっていない冷たい目。
「貴方が嫌いでした。かつての私を見ているようで嫌だった。何も出来はしないと、何もかも諦めたのに。不格好にしがみ付く貴方を見ていると――苛つく」
「ああぁ」
そうだったんだ。
――母さんだ
「だから戻って来た時は――もっと嫌いになりました」
彼女の冷徹な顔、吐き捨てるような仕草は間違いなく――母さんのそれ。
この世界でなく。
かつての記憶の奥底にある――かつての世界の母さんの表情に似てる。
だから覚えてしまった。
だから気になっていたんだ。
「覚悟を決めて、森に行ったのかと思ったら。結局戻って来る。今度は仲間を連れて――しかもその子たちが冒険者になるだなんて――まるで私のよう」
「えっ?」
「私は冒険者になりかった。でも駄目だった。ギルドマスターに言われました。このまま森に行ってしまうくらいなら――職員として生きろと。冒険者を育てて私の思いを託せと」
「じゃあ――村は?」
「滅びました。私が辺境から出されてすぐに大雨が来て――本当にすぐのことです。父も母も弟も村ごと森に――飲み込まれました」
「そう――ですか」
「そうよ。私は何も出来なかった――だから私は貴方を見ていると私が嫌いになる。私は何も出来なかった――なのにっ貴方は違うっ」
「僕だってまだ何も――」
「いいえ、貴方は強くなっている。仲間を迎えて冒険者の側に立って――役に立って――一員といっても誰も疑わないでしょうっ」
声を荒らげたセーラさん。それでも顔には何も出さない。
我慢をしているのだろう。
「だから――余計に私は自分が嫌いになる」
そうして「惨めです」と言って座り込んでしまった。
母さんもそうだったのだろうか。
僕を見ていると辛かったのだろうか。
死ぬことしか出来ない僕を。
そんな風にしか産めなかった自分が嫌だったんだろうか。
もう会うことも、聞くことも出来ない。
記憶もおぼろげで顔だってちゃんと思い出せない――けど。
「そうだったんですね」
「そうです」
「森を――恨んでいる。切り拓きたかった」
「ええ、そうです。でも出来ない」
「やっぱり!」
「もう――行ってください」
「はい、行きますっ! 俄然行く気になりました」
「は? 何を――?」
「外に――です」
きっと僕は嫌味なくらいにニコニコしていただろう。
けど全部分かった。
全部に一気に解決だ。
僕が見たかった広い世界を見られる。
セーラさんが嫉妬出来ないほど憧れさせる。
どんな世界だって僕は強くあると見せつけられる。
そう僕は森の外に行くんだ。




