3-15
「あはは、フェーズ2開始を記念してっ! フレアいっきまーす!」
フレアは満面の笑みで叫ぶ。
よっぽど嬉しかったのだろう、椅子から飛びあがりながらお立ち台に走っていく。
先に立っている人に飛び蹴りをかまして場所を奪った。
「魔族とはいえ嬢ちゃんにふっとばされてんなぁ!」
「おっ! 飛び入りかぁ!」
「やれんのか嬢ちゃん!」
「もっちろん! いっくよー!」
フレアはテーブルの上で逆立ちになる。
角を支柱に安定感のある倒立。
「フライングリバースホーンスピンッ!!」
フレアの割には普通のネーミングを叫ぶと、勢いよく回転を始めた。
「いいぞぉ!」
「その程度かぁ!」
「まだまだーフレアバーストッ!」
今度はそれっぽい技名を叫ぶと”ドン”と音が響いた。
そして両手を突き出したフレアが飛ぶ。
かなり高く、天井に届きそうな位置まで浮いた。
「うぉぉぉぉ」
「すげー技だ!」
確かに凄い。
けど僕は不安だった。
なんなら倒立した時点から不安があった。
だって酒が入っているから、しかもさっき乾杯からイッキ飲みもしている。
そんな状態で倒立したら酒も逆流するに決まっている。
顔だっていつもより赤い。多分酔っている。
そんな状態で回転したら酒も回るに決まっている。
その上天井に届くくらい高く飛びあがるということは――
「えろえろえろー」
天から液体が降り注ぐ。
回転しながらまき散らす様はスプリンクラーのよう。
違いと言えば液体が水じゃなくて酸っぱい匂いがするところ。
とどのつまりがゲロである。
もはや止めることも出来ず『これ怒られるよなぁ』とか『掃除しないとなぁ』とか『代わりの料理と酒どうしよう』とか考えていた。
なんて考えは杞憂だった。
「がーははは! すげー」
「そこで吐く奴ぁ初めてみたぜ」
「よーし、次だ! まけんじゃねぇぞ!」
何故か盛り上がっている。
「凄い! 凄いよフレアちゃん!」
「――よっ隊長」
ガーネットとペルーサも手を叩いて笑っているだけ。
いや、むしろ惨事の中心へ走って寄っていった。
もっとも被害の大きく、確実にゲロが掛かったであろうテーブルでもそれは同じ。
普通に飲み食いしている。
これが冒険者という奴なのだろうか。
見てるだけの僕が気持ち悪くなってしまった。
「いやー凄いねフレアちゃんは。ありゃ大物になるよ。角も立派だしね」
「あ、ジャンヌさん」
「カイト君も2人も飲んでる? 足りないんじゃないの」
赤ら顔のジャンヌさんがやって来た。
樽ごと持って酒を呷っている。
「大活躍だったそうじゃないか?」
「いえ、そんなに」
「謙遜しない。聞いたよ。タームを一掃出来たって。前はゴブリンが精一杯みたいな矢を撃つだけだったのに。成長するもんだね。だから固有職は分からない」
「まだまだです」
「ふっ、なるほど。良かった」
「良かった?」
「君が去った時は森に入りに行ったのかと思ってね」
僕は答えず俯くしかなかった。
だって実際そうするつもりだったし、今はまったくその気はなくなったから。
「そうか――だが諦めなくてよかった。若者が諦めちゃいけない。諦める権利は若者にはないんだ。何だって誰だった先は分からないのに。時間があるものが諦めてちゃいけない」
「固有職でも――?」
「勿論、固有職でもだ。しゃがれだって――うっうんっ」
「飲みすぎですよ」
「ははっ、そうだね。でもしゃがれだって立派な人はいる」
「でも冒険者にはなれないんでしょう?」
「――それはそうだな。固有職は分からない。力を証明出来ない。ギルドとして依頼を任せられないし、パーティも斡旋出来ない。幾ら強くともね。そういう決まりさ」
一気に酔いが覚めたような真剣な顔になって「御免ね」と頭を下げた。
意地悪な質問をしてしまった。
ジャンヌさんの一存で決まりは変えられないなんて知っていたのに。
「いいんですよ。今は世話になっている村があります」
「そうかあの子たちのところね。それは良かった」
「はい、そこなら僕を必要としてくれます」
「いや――それは――ふっそうだな。おめでとう」
「そういえばフレアのあれは大丈夫なんですか? 皆掛かってましたけど」
「ああ、あんなもん日常茶飯事じゃないの。吐いて出してから本番だから」
「はぁ」
「それに酒の魔味が増した気がするってね」
「はぁでもセーラさんが怒りそうで」
「ああ、怒らないよ。静かに『誰が片付けて頂けるのですか』って聞いてくるだけ」
「逆に怖っ――って居ないですね」
ギルド内部を見回しても騒いでいる冒険者ばかり。
セーラさんの顔はどこにも見当たらない。
「ああ、奥にいるよ。書類整理だってさ」
「はぁ、こういうところは嫌いそうですしね」
「ん――いや、いつもは居るんだ」
「意外ですね。あんなに酒を廃棄したのに」
「あーあれはね。また違うんだ。こういう席なら飲むよ。大体端っこの席でちびちびと酒をやる。仏頂面のままだけど。セーラなりに楽しんでると思うよ」
「じゃあ――ああ、急ぎの仕事ですか? 今日のことで」
「違うんだ。もう都に使いは出した。何かしなきゃ行けないとしたら見張りくらい。それも手配しているしね」
「えっじゃあ一体何で?」
ジャンヌさんは頭を掻いてばつが悪そうに渋い顔をした。
そのままそっぽ向きながら答えた。
「カイト君――君が居るからなの」
「僕が」
「君が活躍して、君に救われたから。ああ――勘違いしないでほしいんだけど。君に助けられたのは本当に感謝しているんだよ」
「じゃあ、なんで――そこまで」
「ううんそれも違う。セーラが固有職という理由で君を避けたりしない。そういう子じゃない」
「分からない――分かりません」
「んー結構プライベートな話になるんだよねー」
「プライベート?」
「セーラは――まあ君に嫉妬している。固有職で強いからね」
「えっじゃあセーラさんも」
「ああ、それは違うよ。想像と違う職だ。けどまあ――戦えない。頑張ったけどね。元々身体が弱いんだ。クインテより歩みが遅い。人間であの成長速度では生きている内にゴブリンとやれるようになるか分からない」
確かにちょっと走って息が切れていた。
あれでジャンヌさんが”頑張った”というだけ鍛えた後なのだから相当だ。
「だから君がここで粘っているのが嫌だったみたい。過去の自分を見ているようで。どうせ駄目なのに頑張った過去が思い起こすんだろうね」
「それで――助けられたくない」
「そう固有職という絶望に負けず、誰かを救うほど強くなった。元々限定的ながら君は強かったと思うけどね。あの子にはそういうの見せてないだろ」
「――ええ」
「だから強くなった君に嫉妬している。挙句強くなれなかった自分の惨めさが増す」
「でも何でそこまで強くなりたい――」
答えはジャンヌさんの手で制止された。
「自分で聞いて来なさい」
「でも、僕じゃあ――僕を嫌っているんでしょう」
「違う。嫉妬はね嫌いな相手に出来ない感情だよ。嫉妬するために嫌いではない別の条件が必要――分かるかい?」
「いえ」
「憧れだよ」
そう言うと、ジャンヌさんはギルドの奥までの道を空けるように席をたった。




