3-10
真紅の夜明けのデビュー戦は絶好調だった。
「いっくぞー」
入り口から目に見えるゴブリンに対して突っ込んでいくフレア。
走りながら、すれ違いながら次、次と長剣で真っ二つに斬り裂いていく。
「――勝利を――」
「負けないっす!」
赤い文字が浮かび上がりポリーの槍に宿る。
多分攻撃力増強のバフだろう。
赤く輝く槍を構えて意気揚々とポリーは走り出した。
ただ、このダンジョンは入口から下り坂だ。
槍の先端の重みと、手が塞がって二足での走りと、慣れない下り坂と。
転がるには十分な条件が揃っていた。
「うわわっわーわーぁぁぁっ!」
頑張って足を超速回転させて耐える――も、一瞬だけ。
下に転がっていくポリー。
「フレア! 危ないよ!」
「えっ? わっ!」
「ど、どどどいてー!」
槍を突き出した格好で転がる毛玉を、フレアは見送る。
前に居たゴブリンは無残にも回転に巻き込まれて、千切れるように霧と消えた。
「ひえゴブリンとはいえ」
「――グロ」
「ははっ凄いよポリー! そんな必殺技持ってたなんて! 何て名前、何て名前?」
「忍法・槍ぶすぶす――ってとこっすね」
「ぶすぶす! かわいい」
「ざりゅどしゅぐちゃ――って感じだったけどね。2人とも大丈夫?」
「うん」
「な、何とか」
「もっと一杯きてほしいなー」
「辺りには気配ないっすよ。まあ森の中の10分の1も聞こえないっすけど」
「木がないもんねぇ」
「そうなの?」
「っす。こういう場所じゃあ森の導き手の力は制限されるって聞いたっす。もっと、自然の中じゃないと駄目って」
「力が――制限?! あ、じゃあフレアも制限されてる」
「そんなとこで張り合わなくても」
「だってぇよく見えないんだもん。ここ」
ダンジョン内部は綺麗に整っている。
壁も床も石で補強されていて、自然って感じじゃない。
更に明かりもあって、洞穴というより迷宮って呼ぶのも分かる。
今いる場所も明るくて、松明を灯す必要はまだない。
だから、見えにくいなんてことはない――んだけど、フレアは目を細めてこする。
――嘘は言っていない。ように見える。
「――早い」
「やっと追いついた。カイトさんも早いですね。背中の荷物も多いのに」
「何度も来てますから」
ガーネットたちも追いつく。この下りを1分くらい小走りしたのに息が整っているのは流石に冒険者だ。見た目はどこかいいとこの子にしか見えないに体力がある。
「はぁはぁっ、ポリーさん大――丈夫――でしっ――た――かっ」
引き換え万全の格好をしてきたセーラさんは息も絶え絶え。
もう顎が上がって、口から息をして――ちょっと、いや大分情けない顔だった。
「それで先程、何体のゴブリンを倒したのでしょうか?」
暫く休憩して息が整うのを待って。
歩き始めるなり、きりっとした顔でセーラさんは聞いてくる。
「――っ」
「カイトさん何か?」
「いえ、6、7体は確認しましたけど――ふっ」
「ふっ?」
「フレアっ! ゴブリン何体倒した?」
さっきの情けない顔を思い出して”吹き出しそうになった”なんて言えなくて、先頭を歩くフレアに大きな声で呼びかけた。
「――カイトは今まで食べたパンの枚数をおぼえてるの?」
「お、大げさな」
「えーそっかな? 普通だよ。魔族的には」
「でしょうね。さっきの戦闘での話だよ」
「うーん、1、2――えーと、まとめて3と最後が2――だったかな」
「――最後の片方はポリーちゃん」
「それにまとめてたのは2体ね」
「あ、そっかぁ。よく見えなかったからなぁ。じゃあ足して、足して――えーと」
「足したら6になるわね」
「そっか! 6だってぇ!」
どうやら2人とは仲良くやっているようで、一安心。
「少し緩いですね」
「ま、まあ不安でおどおどしているよりは――」
「いえ、採点に空気感はありませんので」
「ほっ」
ダンジョンは入口が広く長い下りの直線になっている。
下まで大体5mほど下り切ると、高低差はなく平坦。
その変わりに曲がり角、別れ道が出て来て一気に迷宮らしさが出る。
まあ、あくまでここは”初心者用”で、大抵どれを選んでも辿り着く場所は一緒。
変な脇道があってもすぐ行き止まりで迷うことはない。
少なくとも僕の経験上ではない。
だからポリーたちに先頭を任せて後ろからついて行った。
何せ僕が案内してしまうと採点に響くかもしれない。
「しかし、6ですか。多いと聞いていましたが杞憂でした」
「それは――どうでしょう」
「どういう意味です? 私のデータに誤りがあるとでも?」
「あ、いえ、そうではなくて――」
迫力に負けてしまって、何も言えないでいると。
ポリーの緊張した声が上がった。
「来る。右手側っす! あっちの角から」
「いっく――いったぁ」
勢い余って壁にぶつかるフレア。
「フレア大丈夫?! 下がって私に任せて」
「うん、おねがーい」
「ファイアーボール!」
ガーネットの炎の魔法でゴブリンが炎に包まれ――消え去る。
「あ、またそっち。今度は――!」
「よーし、いっく――!」
2人同時に敵が来る通路に突っ込もうとする。
小さい2人だけ武器を構えていては、幾ら何でも狭かった。
武器が当たって、勢い余って回転。フレアの腰とポリーの頭が思い切り当たる。
「ったー」
「いっす!」
次の戦いでも、その次でも、少しづつアクシデントはありつつ。戦闘自体は余裕を持って勝利していった。
「いえーい!」
「――ういん」
「そろそろ休憩にしない? お腹すいちゃった」
「おひる! おひる!」
「そっすね! いいっすよね?」
「ええ、構いませんよ。休んで行けないという決まりはありません。あくまでここでどう過ごすか。どう戦うかを見るための試験。むしろ適度に休んで欲しいです」
「――本音漏れてる」
「いえ、けして私が疲れているから座りたいなんてことは、けしてありませんっ」
「まま、休もー! カイト。お昼!」
「カイト?」
「ああ、うん。お昼だね」
背負子を降ろして座って――少し考えてしまった。
好調であるということ、2人の冒険者への想いについて考えていた。
「カイトさん?」
「ん? ああ! お昼だっけ。ごめんごめん。朝買った奴はと。あ、昨日のところは夜しかやってないから――パンだけだけど」
栄養バランスなんてない。ただ腹に入れて体を動かすエネルギーになればいい。
ある意味冒険者らしい雑な食事――僕は結構好きだ。
「カイト、今渡したパンの本数を覚えている?」
「ん、ああ、御免。2つ渡しちゃったか」
「私は必要ありませんので。自分の分くらいは自分で持ってきております。お疲れの方が食すとよろしいかと」
「お疲れですか? やっぱり荷物が重いですよね。念のために術酒を多く持ってきたから――」
「ああ、いえ、そんなことはないです。全然元気ですよ。ただちょっと」
「ちょっと?」
けど言うべきと考えた。
「ここいらで戻った方がいいと口出しして良い物か悩んでいて」
「試験を放棄すると?」
「やだよー!」
「そっすよここまで来て」
「まあまあ2人とも」
「――理由」
「うん、ゴブリンが多すぎる」
「言われてみれば多いかも」
「――確かに」
入ったことある2人だけは理解してくれた。
けども後は駄目。
特にセーラさんは何やら本を取り出して目を吊り上がらせた。
「多くはないですね」
「でも僕の経験上では――」
「いえ、ここまでの撃破した敵は時間当たり8程度。掃討されていないことを考慮に入れればけして多くはないです。平均から見ても少し多いくらいです」
「それは違うんです」
「違う? 私のデータに誤りが? 数多の冒険者から数字を取った私のデータよりも貴方の経験が上回ると」
「いえ、体感でもデータは合ってます」
「ならば何をっ」
「セーラさんのデータはあくまで平均ですよね」
「ええ」
「数字を均している。入口付近も奥付近もいっしょくたにしている。入ったことある2人は分かるよね」
「あーそういうこと」
「――うん」
「ここは奥に行くほど敵が増えるんです」
「えっ――じゃあ」
「そうこんな浅い場所で”平均から少し多い”なんて、異常かと」
セーラさんの表情が曇る。
悔しさ的な色も見えた――気がした。
それは彼女の当たりが僕にだけ強いような気がしているからか。
「カイトー見えない」
自意識過剰な考えを中断したのはフレアの泣きそうな声。
「どうした――えっ?! なんだ――これ」
「こんなに見えるくらいなんて――」
視界が赤くなっていた。
気付けば濃い霧が掛かったように――
フレアが再三言っていた『見えづらい』という言葉は魔力が濃いからだった。
そして魔力が見えるほど濃いということは。
ここが陽の当たらない場所ということは。
「不味い。再配置です! 逃げて」
――魔物が生まれるということだ。




