3-9
この町が何故ニュービーと呼ばれるようになったか。
それはダンジョンがあるからだ。
町の北側には平坦なこの国の森の内側では珍しく、崖がある。
3m程度の低い崖。地面が割れて、上下にずれたような形の崖だ。
そこにある鉄扉がダンジョンへの扉。
元は自然に空いていた穴に魔物が沸くようになった。
最初はゴブリンの巣と呼ばれて討伐を試みたらしいけど。
単純で浅いダンジョンの形状。ゴブリンしか沸かないこと。その密度と数。
あまり脅威でないと判断されて一掃されることはなく。
駆け出しの冒険者が腕試しに入る場所となった。
その駆け出しを受け入れるように町が変わり、駆け出しを訓練するためにギルドも出来たらしい。
今でこそ冒険者ギルドの頂点は都に移ったけど。
一時は冒険者ギルドの中心がここだったらしい。
だからお姉さんは偉いんだぞとジャンヌさんは言っていた。
「むむー不死鳥――いや赤の――違うなー」
「フレア急がないと先言ってるって言ってたよ――おーい? 朝からずっとぶつぶつ言っているけど。体調悪いの?ダンジョンは結構長く潜ることになるけど大丈夫?」
「あーカイト。大丈夫っすよ。いや、ほんと心配することないっす」
頭の上からポリーのどこか呆れが混じった声。
当のフレアはやっぱりぶつぶつ言うだけ、だけどポリーの調子的には問題ない。
まあ大体何を考えてるかは予想つくけど。
「おはようございます」
「――おは」
ギルドで聞いていた通り鉄扉の前には既にパーティメンバーが待っていた。
朝からしゃっきりと背筋の伸びたガーネット。対照的にだらけた姿勢で今にも船を漕ぎそうなペルーサ――と。
「おはようございます。遅かったですね」
「おはっす!」
「お2人はまだ寝てるのですか?」
もう1人は思ってもなかった人。
朝から仕事モードのセーラさん。服装は地味な色のままだけど、スカートではなくキュロットだ。
「あ、おはようございます」
「何か?」
「いえ、そのセーラさんがいると思わなくて。それに動きやすい格好ってことは」
「はい、同行致します。誰かが監督する決まりです」
「それはジャンヌさんなのかなって」
「そうですよセーラさん。いざって時に戦闘出来ないでしょう? 危ないです。監督なら私たちに任せて貰っても――」
「駄目です。ギルドの職員が付きそうという決まりですので。確かに私の戦闘能力に疑問はあるのは分かります。使えないギルドマスターでも、この時ばかりは安心感があるのも認めます。ですがあの方は――」
「何かあったんですか?」
「酒が切れてキレました。恐らく隣の町まで買いに行ったか」
「はぁ、そ、そうですか」
ちょっと心配して損した。
「でも他の職員でも、ほら、元戦闘職の方が」
「居ましたか?」
「私たちの時の戦闘試験の相手の方」
「ああ、歳を考えてください。今日は一日仕事です。ちょっと相手するのとは違って途中で腰が逝ってしまいます。私より足を引っ張る可能性は高いです」
老いた職員、僕が知る限り1人だけ。
確かにダンジョンに同行なんて出来そうにない。
むしろ戦闘の相手をしたという方が驚きなくらいよぼよぼだったはず。
「そ、そうですか」
「――仕方ない」
「はい、よろしくお願いします。パーティは4名。カイトさんは荷物持ちでよろしいですね? 荷物を見せて貰ってよろしいですか?」
「はい、ポリーちょっと降りて」
「ほいっす」
ポリーが降りてから背負子を降ろした。
ダンジョンの荷物持ち。ここに居た時のメインの収入源だ。
相手がゴブリンで、宝物なんかない場所で荷物持ちが必要な理由は食糧。
ここに限らずこの世界では朝晩の2食しか食べないけど――ダンジョンは別。
晩飯時には戻ることが大半でも、必ず食糧を持って行く。
それだけ戦う頻度が高いということだろう。
もしくは外で森に入った時の予行演習か。
僕の荷物もそうだ。
朝買ったパンと水の居れた皮の袋。
さっき寄ってギルドで借りて来た武器を背負子に括りつけ。
そして重さの大半を占める――丸太。
「丸太――?」
「ああ、はい。それはいざって時のための木材です」
「火を起こすにしても使い難そうですが」
「規定違反ではないですよね? ここに入る時はいつも持っていたので」
「はい、決まりでは本来の職業にそぐわない武器の使用の禁止。それとダンジョンの崩落を招く恐れのある武器の禁止だけです。丸太は問題ありません」
ちょっと不安になったけど大丈夫らしい。
何せセーラさんの言い方はいちいちきつくて”問題ない”ように聞こえない。
「では本日の試験内容ですが。把握しておりますでしょうか?」
「知らないっす。カイトもダンジョンに潜るだけって」
「はぁ――そうですか」
「すみません」
何か責められているような気すらする。
「いえ、基本的にはその通りです。ここの初心者用ダンジョン通称”ゴブリンの巣”で奥まで行って戻ってくるまでの試験。ご存知の通り中はゴブリンしか出ませんし平均討伐頭数も40と2、3の間となっております。時間当たりに5頭程度ですから――およそ潜るだけと行って差支えないでしょう」
やっぱり責めてるような厳しい言葉と目線が来る。
「ただし、多い時は3倍は出ますのでご注意ください。戦闘不能に至らずとも、怪我で帰らざるを得なくなったケースもあります。その上、現状は多い時です」
「多いんですか?」
「はい、年々冒険者を志望する方が減っております。また何故か最近は外縁付近での魔物出没が多く、依頼も増えております。駆け出しが駆り出されることすらありますので、ダンジョンの中で訓練を兼ねた巡回をしていただける冒険者が足りません」
「なら私たちがやったのに――」
「――うん」
「入ろうとしてもギルドマスターが止めたでしょう」
「でもっ」
ガーネットはやっぱり2人に拘っているのだろうか。
ただ単に脅されて組むのが嫌なだけかもしれないけど。
「ガーネットさんは昨日も反対なされていましたね」
「そうですけど。”も”って」
「嫌ならば別の者を手配します」
「いえ嫌じゃあないんです」
「そうですか。前向きでないならパーティを組んでも足を引っ張るだけですよ?」
今度ははっきり責めている。
ガーネットの端正な眉の両端は下がっていく。
「――組む以上手は抜かない」
「そうよっ。今回は組むって決めたの。ギルマスに言われたからじゃない」
「”今回は”? それは何故でしょう」
「今関係ある?」
「あります。捨て鉢の方に付き合わせるのはお2人の試験に障ります」
「あーもー! 試験のためだからよ。試験ためだけのパーティ。一回きりのパーティって分かってたら――捨てられないでしょ!」
ガーネットの叫び、ペルーサも杖を持つ手を強く握る。
嫌がってたんじゃなくて怖がってた――ってことだったんだろう。
「――分かりました。それならお2人は結構です」
「そーですか!」
「はいそうです。ですが、そちらのお2人ははいかがでしょうか?」
「へ? うちらっすか?」
「はい、問題ありませんか?」
「ないっすよ! 昨日で実力は分かってるっす! むしろお願いしまっす!」
ポリーは重くなった空気に負けないように声を上げて挨拶。
4つ足ダッシュで近づくと2人に手を差し出した。
「よろしくっす」
「うん、よろしくね」
「――よろしゅー」
元気のいいポリーのお陰で2人の声にも張りが戻った。
んだけど――フレアは相変わらずに腕組みをして僕の横で微動だにしない。
「うーん、やっぱ、違う――よなー」
「何が違うのですか?」
「初めてだし――納得したいなー」
「それはこの2人では納得できないということでしょうか」
「不味い――フレア! おーい。いえ違うんっすよ。おーい聞いてるっすか?」
「あーあー、朝からずっとこうで。別に2人のことは言ってないはずです」
「はず?」
僕とポリーで肩を叩いたり耳元で呟いてみても駄目。
極限の集中――所謂ゾーンって奴に入ってるのかもしれない。
「私たちじゃ――嫌かな?」
「――ショック」
「はっきりなさって頂きたい! フレアさんは反対ということでしょうか?」
「うん!」
その言葉にえっと思う間もなく、フレアは高々と宣言した。
ちょっと重かった空気をどこまでも天高く吹き飛ばすようだった。
「パーティ名は”真紅の夜明け”だぁぁぁ!」
朝から何を考えているかと思えばパーティ名。
何となくわかっていたけど。
流石のセーラさんも苦笑いを浮かべることしか出来てなかった。




