3-8
夕方、ニュービーの町の大通りは相も変わらず賑わっていた。
この町にいる人たちは冒険者、鍛冶屋、錬金術師など売り物を作る人。それと売る側の人と畑仕事の人たち。
朝の活動開始はばらつきがあるけど、夜の終わりは大体同じ。
なので夕方は一番賑わう。
「お腹減ったー」
「もう夕方っすからね」
「じゃあ食事にしよっか。ちょうど店も並んでるし」
この町の住人の3分の1くらいは冒険者だ。その上ほとんどが駆け出しで、野宿でないと駄目なくらいお金がない。
食事だってお金は掛けられない。
だから手軽で安く、早く食べられる屋台が多い――ってジャンヌさんが言ってた。
大通りには所狭しと屋台が並ぶ。更に屋台に人が集まるものだから《《大》》通りとは言い難い。歩けば肩が当たるくらい――路地に迷ったくらいの狭さだ。
「わわっ、カイト早いよっ!」
「どこっすか?」
「こっちこっち。そっか人混みには慣れてないんだね」
「うん、人多い」
「じゃあはぐれないように。ポリーは頭の上に。フレアは――はい、手」
ポリーを頭に乗せてフレアの手を握って行くことにした。
前も思ったけど、2人とも体温が高い。
特にフレアの手は小さいのに、とても暖かい。
魔族的なあれだろうか。
「どこいくんすか?」
「美味しい店だよ」
汗ばみながら足を早くして、人混みを斬りながら進む。
ギルドと教会の前を抜け、壁の煉瓦の色褪せた古い建物の脇を通って道を曲がる。
背の低い民家を2つ過ぎれば、一気に目の前が広がって――女神が出迎えた。
「あー涼し」
「おー広いっ」
「女神様の像っすよ!」
「おっきい!」
「うん、そっか村にはないもんね」
円形に開けた場所は町の人たちの憩いの場。
石で出来た女神の像を中心とした公園だ。
どうやって彫ったのか分からないくらい精巧で。特に足先から絡んだ蔦と、それに締め付けられた衣服の質感が凄い。風が吹けばひらひらと動きそうだ。
「すごーい。ね、ここにお店があるの?」
僕が行った町の中では一番――多分都の物より凄い像だけど。
フレアは食い気が先に来た。
「うん、向こうだよ。これだけ人が居ないなら、大丈夫だと思うけど――」
「人気なんすね」
「美味しいからね」
「楽しみー!」
女神像を中心に円形に並ぶ屋台――からは外れた場所に目当ての屋台があった。
比較的新しい屋台で、他の屋台に比べて木も屋根の赤い布も鮮やか。
目も引く上に、香ばしく甘辛い匂いで鼻も引き付けられる。
だからいつもこの屋台の前には人が多い。
「お、空いてる。やったね」
「あれで?」
「並んでるように見えるっすけど」
「うん、いつもより空いているよ。あれでも」
屋台の前にはお金を持って手を伸ばす、人たちで屋台の店主も商品すら見えない。
多分10人以上はいるだろう。
この早い時間なら僕が知っている中では一番少ない。
「じゃ買って来るから待ってて」
「うん待ってる」
「っす!」
今日一番足取りが軽い。
ここの屋台の匂いに近づく度に元気が出るみたいだ。
「こっち1つ!」
「兄ちゃんこっち先にして!」
「おい、押すなよ!」
怒号と罵声が飛ばしあい、並ぶなんてことはしない人たち。回りを押しのける駆け出し冒険者の間に身体を滑り込ませて屋台の前に手とお金を出さないと買う権利すら貰えない場所だ。
でも僕だって怯まない。
屋台の前の戦場を潜り抜けていく覚悟は決まっているんだ。
「お兄さん3つ」
「あいよ!」
手だけ出して声を上げることに成功――一安心だ。
屋台の人は特殊な技能を持っているようで、注文を間違えることはないし、注文順も絶対合ってる。一度”あいよ”と返事を貰ったら本来は押し合う必要はない。
けどそうする気持ちは分かる。
僕だってこの場に留まった。
それは目の前にある鉄板から漂う匂いと、音に引き付けられてしまうからだ。
ぱちぱちと脂の爆ぜる肉の音は耳心地がいい。
強く主張してくる甘辛い匂いが鼻をしがみ付かせる。
「はいよ。3つ。いつもありがとね!」
美味しそうな音と匂いと、窮屈な姿勢で失いかけていた気が――屋台のお兄さんの威勢のいい声で引き戻される。
手渡されたのは3つの細長いパン。
斬り込みが入れられ間に具を挟んでいる姿はホットドッグのよう。
だけど中身は鶏肉と野菜。
そこに掛けられた茶色いソースは甘辛い奴。
みりんと醤油のような、でも決定的に違う何かのソースの掛かったホットドッグ。
前で一度、食べたべたことがあるだけだから自信はないけど。
多分、照り焼きハンバーガーのような食べ物だ。
「3つだと、持ちづらいなっ」
両手で2つを抱え、間に1つ載せるスタイルで持っていく。
絶対に落とせない緊張感を持ってバランスを崩さず運んだ。
「お待た――取って、上の取って!」
「ほいっす」
「うわー良い匂い」
「じゃあ、冷めない内に食べちゃおう」
「駄目だよ。お祈りお祈り!」
「そっすよ。折角こんなおっきな像があるんすから」
「あーうん、簡単にね」
我慢できずに目の前の像に礼をして――いやほとんどするフリだ。
身体を倒してパンにかぶり付いた。
「あー行けないんだ!」
「はぁ美味しい」
「駄目っすよ。行儀悪いっすもっとちゃんとお祈りを。ほら! 回りの人たちだってしっかりお祈りしてるじゃないっすか」
「回りは回り、ウチはウチだよ」
「行儀が悪い人が言う台詞じゃないっす」
「分かった分かった。こんな美味しい物を頂けてありがとうございます」
食べながら礼をする僕に2人は呆れ顔だった。
「もーしょうがないなぁ」
「ま、でも美味しそうっす!」
「食べて食べて。冷めない内に」
「うまーい!」
「美味しいー!」
若い冒険者がお腹一杯になるように、大き目のパンと一杯の肉野菜だったけど。
ポリーも時間を掛けたとはいえ全部平らげた。
「お、お腹一杯っす」
「見るからに苦しそう」
「大丈夫? 残してくれて良かったのに」
「絶対に上げたくなかったっす」
お陰で辺りは真っ暗だ。
照り焼き屋台はもう看板で、他の屋台もちらほら閉めている。
「そろそろ寝床を確保しないとね」
「ここじゃ駄目なの?」
「広いし、女神様もいるっすよ」
「だから駄目なの。ここは町の人の憩いの場だからね。余所者が寝泊りしてたら外に放り出されるよ。あっちにいこっか」
活気から遠ざかって壁に向かって歩く。
駆け出しのために用意された壁の内側。金が無くても寝泊り出来るようにか。金の無い余所者を一か所に集めるためにか――広く取られた町と壁の間。
壁で風を防げるとはいえ、やはり外。寝てれば寒いので焚火をしている人が多い。
だからこっちのが町中より明るい。
「あーやっぱりこっちも空いてるな」
「空いてるの?」
「これでっすか」
「うん、一番多かった時とかは倍くらいいたかな? 喧嘩ばっかりだったよ」
「ほえー」
「じゃあ、僕たちも火を起こそうか。薪を貰ってくる」
薪を貰ってくる。と言っても壁際に置いてある木を持って来るだけ。勝手に持って行っていいことになっている。
最初はびっくりしたけど――今は分かる。
根付かないように管理するのも手間だし、誰でもいいから早く処分してくれた方がいいんだろう。
「火、貸して貰っていいですか?」
「おう、持ってって」
近くの冒険者たちから火を借りる。細い枝を何本か束ねて燃やす。
それを火種に本命の太い木に火を付ける。
これも――ジャンヌさんに教えて貰った。
「あっつっ」
今のポリーは暑がった。膨らみきった風船のような腹のせいだろう。
転がりながら、焚火から離れて行く。
フレアもポリーと一緒に楽しそうに転がって仰向けになる。
「うわーここの空、綺麗だねー」
「そうなの? 村の方が――」
「ううん、透き通って見えるよ。手が届きそー」
魔族的な何かだろうか。少なくとも僕には何も変わらない。それどころか明かりが強くて空が白んで見えるくらいだ。
不思議な2人だ。
初めて会った時から、固有職を気にした素振りも見せない。
あんな辺境でも明るくて。
そして思ったより強い。
今日の戦闘振りならゴブリンに勝てそう。
まあ、あの村なら訓練くらいはしないと危ないんだろうけど。
「そういえば、何で冒険者になろうと思ったの? 2人なら多少のゴブリンならもう倒せるよね」
「危ないから止められてるっすよ」
「なるほど。冒険者になって認めさせたいとか」
「それもある――けど。武器がないんだ」
「あーそういう事情が」
「で、イグは冒険者になったら貰えるって言ってたっす」
「ほじょきん――だっけ?」
「そう、それっす」
なるほどと納得できた。
急いでたおっちゃんは言う暇なくて。
冒険者になったらなんて話はジャンヌさんは教えてくれなかったから察することも出来なかった。
「でも、お金預かってるけど。これなら武器を買えないこともないと思うよ」
「うーん、駄目」
「駄目っす」
「まあ、確かに安物になると思うけど」
「そーなの?」
「うん、驚くならそういう事情じゃないんだ」
「お土産を買おうと思ってたの」
「そっす。ノヴァに」
「ノヴァに? ママさんじゃなくて?」
「うん、買いたい物があるんだ――足りないのかな?」
いつになく真剣な顔――2人して少し心配そうな。
買いたい物、しかもノヴァだけに。
それが何か分からなかったけど、2人にとって大切なのは分かった。




