3-7
訓練場は大惨事となった。
回りの家屋にこそ燃え広がらなかったけど。それはジャンヌさんが燃えたカカシや棚を壊して延焼を防いだから。
まあ、据え置いている物は木製じゃなかったというのもあるんだろうけど。
とまれ暫く訓練には使えないだろう。カカシも的も置いてた武器も大体は使い物にならなくなっている。
だから皆して緊張してギルドに戻った。
ジャンヌさんが他の職員に挨拶するのをじっと待っていた。
フレアですら黙って立ち、尻尾の焦げたポリーも背筋を伸ばして待つ。
「いやー訓練場暫く駄目になっちゃった」
「――一体何をしたんです?」
「火がね。試験中に火の魔法で色々燃えてね」
「回りの建物には?」
「そっちはまあ止めたけど――ぶっ壊して。あ、燃え広がらないようにだからね」
「そうですか。賢明な判断かと」
『誰が後始末するのか』
『新しく道具置くのをどうする』
とか、烈火の如く怒涛の勢いで雷が落ちるかと思っていたけど。
「意外と、怒ってませんね」
「ギルマスの日頃の行いって奴だね」
「それはないかと――」
「ん?」
綺麗に片付いたジャンヌさんの席。セーラさんは水を運んで並べてくれる。
相変わらず愛想はないけど――やっぱり怒っていない。
「怒りませんよ。試験中の事故でしょう。そもそもあそこは訓練場、被害が出るのは想定内のはずです。訓練で手を抜いて良い決まりはありませんから」
「なるほど」
「そうだよね。そりゃそうだよね。じゃあ乾杯と――」
それは駄目らしく厳しい目で睨みつけて、受付カウンターに戻っていった。
「あのー駄目だったっすか?」
「あー試験? 忘れてたね」
「うー」
そういえば試験どころじゃ無くて忘れていた合否。
何だかフレアが静かだったのは落ちたと思っているからだったのだろう。
沈んだ顔がテーブルにぶつかるほど、思い切り肩を落とす。
「だ、大丈夫? 何でがっかりしてるのさ。合格だよ合格」
「えっ!」
「やった!」
「いいっすか? その負けたっすけど」
「勝てなんて言った? 一応格上だよ。割と自信過剰なんだねぇ君たち」
ジャンヌさんは盃を一気に傾け飲み干す。
多分酒だと勘違いしたんだろう。がっかりした顔で首を捻った。
そしてテーブル下に頭を入れて、戻って来るとまたがっかりした顔。
片付いていたのは分かりそうなもんだけど往生際が悪い。
「でも」
「でも? 怪我させないように槍を引いたことを言いたいの? 確かにあれがなきゃ結果は変わったかもしれない。でも結果は出たんだよ。戦いに”でも”はない。言う前に死んでる」
そう言いながら眼帯をぺらぺらと捲って見せる。
「ま、でも? いい結果だったよ。前衛対後衛。距離は後衛有利。選んだ作戦は速攻で当たり前のことを当たり前にやった。女神様に与えられた職業を活かした作戦だ。だから負けようが結果は合格なわけ。そんな駆け出しにそこまで求めないから――と言っても満足できないって顔だね。フレアちゃん勝ちたかった」
「うん、生涯無敗って決めてたから」
「あ、うんそう――まあ目標は大きい方がいいか。それだけ大きな角だし。このまま努力を続ければ、生涯二敗くらいで収まるかもね。少なくともこの2人にはもう」
「ちょっと待ってくださいギルマス。私たちだって努力してますっ!」
ガーネットはテーブルを叩きながら立ち上がる。
見た目のいいとこのお嬢様な感じと違って熱い。
「このままでぇ? なら失敗かぁ。考えを改めさせるための試験だったんだけど」
「えっ?」
「どういう意味ですか?」
「んー、カイト君。それを言う前に君たちは3人はどういう関係なのかな?」
「あー知ってるぽかったっすもんね」
「そうなの? カイトの友達?」
「友達じゃあないよ。村に行くときおっちゃんの馬車で一緒だったんだ」
「そうです」
「――うん」
2人も同意する――けど、少しばつが悪そうに見える。
あの後の僕が固有職と言った後のように、冷えた空気が――
「ごめんなさい」
と思っていたけど。ガーネットは突然頭を下げた。
続いてペルーサもぺこりと下げて「――ごめん」と呟く。
「あの、助けて貰ったのに」
「――死んでた」
「へぇカイト君がねぇ。なら命の恩人ならいっか。2人は捨てられたことで意固地になっててさぁ。後衛2人でやってくって聞かないんだよ。でも分かったでしょ?」
「勝ちましたっ」
「槍を引いてもらってなかったら?」
「うっ――でも頑張れば――」
「”でも”なんて戦闘に起きない。”頑張れば”なんて結果出た後に言っても――」
そう言ってジャンヌさんはぺらぺらと自分の眼帯を捲る。
「うぅ――でも――」
「目で済めばいい。死ぬと言っている」
ガーネットはジャンヌさんの諭すような視線を受けて、逸らさない。
察するに2人とは何かあって別れた。
それで後衛2人で何とかしようと藻掻いてるというところだろうか。
それにしても空気が重い――けど、そんな時に頼りになる子が隣に居た。
「なんで捨てられたの?」
「あ、フレア――」
「ん、なーに?」
「んー普通は聞かないっすね」
「なんで?」
「まあ確かに気にはなる。僕と別れて大して時間経ってないし」
「ええ、あの後依頼を終えてすぐよ。”お前たちとじゃ上は目指せない”て言って、別のパーティに入ったわ」
「――むかつく」
「そうむかついたの。だから私たち2人で見返してやろうって」
「無理無理。このご時勢、若い子を死なせたくはないのよ。お姉さんの気持ちを理解させるために、君たちの試験を使ったってわけ。悪かったね」
「いーよ!」
「っすよ。ちょっと尻尾焦げちゃったっすけど!」
「――治す?」
「まあ唾つけときゃ直るっす」
「――遠慮しない」
ペルーサは首を横に振って、ポリーの尻尾を掴んで膝に乗せた。
頭を軽く下げると両手を合わせる。
「おおおーっ」
フレアが声を上げると、ペルーサの手が離れて手の間に2本の曲がった緑色の線が浮かび上がる。
「――活力を」
小さく唱える。
緑の線はポリーの尻尾に吸い込まれて、輝きを強くして――消えた。
「――これで良し」
「な、治ったっす――あれ?」
「――少し時間が掛かる」
「おおおっ、ほんとっす! 毛並みが! 毛並みがー!」
確かに黒くなっていた部分が少し変わったように見える。
見る見るうちにとは行かなくても、ゆっくりと戻っていく。
一度に回復するタイプじゃないみたいだ。
「優秀だろう。この子たち。無理にバフ掛けて前衛なんてやらなきゃ――ね」
「ええ、本当に回復――使えるなんて」
「――ぶい」
「ガーネットも火を使うからね。前衛なしでくすぶらせたくはない。何でこんな子を捨てるかねぇ、見る目ないねぇ――というわけで」
「というわけで? 何がですか。別に私は何も納得してません」
「ああ、いいのいいの。意見を聞きたかったわけじゃないからね。顔見知りの理由がもっと深刻だったらやめたけど。助けて貰った負い目でしょ? あとはまーせいぜい固有職にってところが引っかかったくらい?」
「うっ」
「図星か。なら問題ないね。カイト君も」
「まあ僕は――そもそもフレアとポリーの試験ですから」
「じゃあ問題ないね。うん、じゃあ最後の試験はパーティを組んで貰う」
「パーティ――それって」
「――私たちも?」
「勿論、そういう流れだったでしょ」
「でも私っ」
「あ、拒否権は認めません。お姉さん権限で全力で阻止します。言うことを聞かない奴がいたらぶん殴ります」
フレアだけが「魔法っ! 魔法っ!」と手を回しながら謎にダンスを踊る中。
本気のジャンヌさんの顔の前には誰も何も言えずに頷くしかなかった。




