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3-5


 セーラさんは僕より少し年上くらいのギルド職員。

 あまり知らない人だ。


 何故か――いや、大抵の人と同じように僕は避けられてた。

 会話もしたことがないし、遠間で見ている感じは少しきついかもってだけだった。


「どういうことですかっ! 何も書類出さずに試験なんてして! 自分から試験官をやるだなんて言うから任せてみたら――何も――何一つやってないじゃないですか!書類仕事だって試験の内ですよ!」

「あ、うん、忘れてて」

「酒ばっかり飲むから忘れるんですよ。大体勤務中に飲むなんて。下のものに示しが付かないと思わないんですか?!」

「お、おう――ごめん」

「思わないのかと聞いています!」

「思い――ます」


 ずかずか近づくなり、ジャンヌさんの顔が引きつっていく。

 一応上司のギルマスに遠慮なく、上から詰める。


――思ったより大分きつい人だった。


 彼女に連れられて小さくなったジャンヌさんと一緒にギルドに戻る。


「では――こちらにっ!」


 戻るなり、つかつかと端のジャンヌさんのテーブルの前に行く。

 両手を思い切り薙ぎ払い、酒瓶すべてを落としていく。


「あーあーあ、あ、酒ぇ」

「――ふぅすっきりした。じゃこれ片付けておいて下さい」

「――ええ」

「片付けておいて下さい」

「はいっ」


 ジャンヌさんは寒空の下、餌を求めて震えながら歩く捨て犬のように床を這う。瓶の欠片を集めては、残った酒を舐めていた。


 そんな情けさを極めた姿には一瞥もくれず、セーラさんは席につくと胸元から瓶を2本取り出し並べる。


「ではお2人にはこちらを」

「ん、なーに??」

「緑色だしき――」

「傷薬です。身体をお癒し下さい。まだ試験はありますので」

「ありがたいっす!」

「フレアは大丈夫だよ」

「決まりですので。お飲みください」

「はーい」


 2人は瓶を空けて半透明の緑色の液体を、一気に流しこむ。

 けど、ポリーには量が多すぎたようだ。


「ぐえっへっ――っぷっ。多いっすね」

「こちらで拭いて下さって構いませんので。全部飲んでください」

「全部――っすか?」

「決まりですので――」


 と言って、ポリーが半泣きで全部飲み切るまでじっと見つめていた。

 そして終わると同時に書類を取り出し、机に並べる。


 勉強より剣の稽古だった僕は、未だ読み書きが少し怪しい。

 特にこの世界の文字はふにゃふにゃで分かりにくい。

 でも、2人に配られた書類はすぐに読めた。

 なんというか、単語ごとに隙間を空けてて読みやすいし、使ってる言葉自体簡単なものを選んでいる気がする。


「効くまでこちらをお読みください」

「んー読めない」

「ポリーもっす」

「カイト読める?」

「ああ――」


 ”読もうか”と続けようとしたけど。

 最後まで言えなかったセーラさんが被せるように口を開いた。


「では私が口頭で説明したします。まずこちらの書類は冒険者とは何かの――」


 僕に一瞥もくれず説明に入る。

 さっきもそうだったけど何か僕に入らせないようにしてる気がした。


「きついよねーあいつ」


 テーブルの下から声。老犬のように這いつくばって転がるギルドマスターの声だ。

 多分、ジャンヌさんは僕がへこんでいると思ったのかもしれない。

 少し優しい声だった。


「え、ええ」


 彼女の態度はきつくて冷たい。

 けど、何だかへこむというかマイナスの気分にならない。

 慣れた――というわけじゃないと思う。


 何か違和感があるんだ。

 この温度のない壁がある感じはどこか覚えがあるような気がする。


「へー森の木を伐るためなんだー」

「初耳っす」

「はい、ですからもっとも実入りの良い依頼は伐採となります」

「じゃあ取り合いだ!」

「いえ、行き成りは受けられません。まず、冒険者と認められるまでに3つの段階があります」

「あ、さっきのだ!」

「じゃああと2つっすね!」

「――順番は前後してます」

「えー、いいじゃん。結構やると思うよこの子たち」

「口を開く前にやることをやってからにしてください」

「――へい」

「返事は”はい”!」

「はいはい」

「”はい”は一回」

「はーい」

「伸ばすな! 酒禁止しますよ? 二度と入荷しませんよ?」

「はいっ! 片付けさせていただきますマスター!」

「マスターは貴方っ」


 きっと人はこれを見て親子のようなやり取りと言うんだろうか。

 まあ、見た目と役割が逆だけど。


「はぁ――失礼しました。決まりでは書類からなのですが。1勝と認めます。あれでこのギルドでは圧倒的強者ですし」

「痛い思いしたっすからねぇっ」

「やったねポリー!」

「っす!」

「ですのでお二人はあと2つ勝っていただきます」

「そしたら冒険者になれるんだよね?」

「そうですね。晴れてオープン依頼を受けられるようになります」

「オープン?」

「誰でも受けられる簡単な依頼のことです。隣町の使いやら、掃除や薬草の採取等の戦闘を伴わない可能性が極めて高い依頼です」

「えーつまんない」

「最初は仕方ありません。決まりですので」

「”最初は”なら、頑張れば戦う依頼も受けられるんすよね?」

「はい、いい着眼点ですね。ある程度オープン依頼をこなせば昇進できます」

「おお」

「無事昇進したらクラスが上がります」

「クラス?」

「ロウバークラス、労働という意味ですね。冒険者の方はLクラスと呼びます」

「えるくらす」

「はい、ここまでは依頼ですがここからは任務と呼びます」

「なんで?」

「失敗には責任が付き纏うと思っていただければ。Lクラス任務は伐採任務となり、ほとんどの冒険者はその護衛となりますので。戦闘力が保証されなければならないのです。失敗すれば貴重な伐採士ランバージャックを失いますし、命令に忠実さも求められます」

「下働きみたいだから、それを揶揄してロウバーなんて言ってたもんさ」

「おわっ――たようですね。その通りです。いい意味ではなかったようですが。金銭の実入りが良いので。今では上位のランクとなっております」


 なら伐採依頼ばかりなのは――受ける人が居ないのか。それ以上に多いのか。

 なんてもう聞こうとは思えなかった。


「どうしたカイト君? お姉さんを見つめて――そうかついに魅力に気付いちゃったかな? ふふっ照れるな」

「いえ」


 まあこの人に聞いても大した答えがなさそう。


「じゃあ今はLクラスが一番強いってことなの?」

「いえ、更に上もあります」

「そーなんだ! どんなの? パーティ名がつくとか? あ、2つ名だ! 2つ名が貰えるんだ! 赤き漆黒のフレアでおねがいー」

「あか――しっ――えっどっち?」


 フレアの謎ネーミングはセーラさんすら戸惑わせるらしい。


「まあ、いいでしょう。上に行くとグレードという物が付きます」

「ぐれーどっすか?」

「はい、Lランクの中でも卓抜の戦闘力があると認められればGⅢ――森の中に入るような死と隣合わせの依頼を受けられます。更にそれ以上がGⅡですが――現状では片手で数えるくらいしかおりません」

「その上は?」

「GⅠと言うランクがありますが――勇者一行レベルでなければ与えられません」

「なるよ! フレアそれになる!」

「本気なの? 私より強くなるってことだけど」

「最強になりまーす!」

「しかし、Lクラスもそうですが、責任は重くなります。任務に拒否権もないです。それだけは理解してください」

「わかりましたー!」

「っす!」

「そしてどのような冒険者になるか。一度考えて頂きますよう。では前後しましたがこちらに署名をお願いします」

「名前は書けるの?」

「うん!」

「舐めないで欲しいっす!」


 と、いいつつポリーはペンを持って固まる。

 身体から考えるとかなりの大きさのペンを両手で持って。

 固まった。


「重い?」

「あ、いや――その――忘れたっす」

「掌紋でも結構ですよ――お二人とも」

「そうしまーす!」


 結局二人とも字が書けなかった。


「では私はこれにて、後はお願いします」

「おっけー! よーし、待ちかねたよ! 来なっ2人とも」

「はーい、待ちましたよ」

「――ようやく」


 ジャンヌさんに招かれてテーブルにやってきたのは2人の女の子。

 さっき訓練場に居たフードの子。それともう1人も女の子。

 ともにローブを来て、杖を持った魔法系の職。


 そしてともに見覚えのある子だ。


「あっ!」

「あっ」

「ああっ!」


 僕と同じタイミングで指差して声を上げる。

 やはり最果ての村に向かう時のパーティの女の子たちだった。



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