3-4
ジャンヌさんは元々騎士団に居た人だ。
僕の両親も推す、この世界の権力への登竜門の――戦闘集団。
ならその戦闘力もこの世界随一のはず。
「来ないのか?」
伸ばした右手の片方だけはだけた肩までの筋肉を見ても分かる。
大きくて鍛え抜かれた身体。
目こそ片方使えなくても”元”がついても、酒浸りでも、無手であっても――
駆け出しにもなっていない2人がどうにか出来る相手じゃない。
「怖気づいたかな? 大丈夫、優しくしてあげよう」
言葉とは裏腹に、眉を寄せて視線は厳しく――しただけ。
ただそれだけで握った手から汗が出て、背筋は冷たくなった。
「っ!」
対峙している2人はただ目線がきつくなっただけで大きく飛び退いく。
端で見ている僕ですら逃げ出したいのだから。
2人にはとてつもないプレッシャーが掛かっているだろう。
殺意って奴かもしれない。
「あー言い忘れてたが、勝つ必要はないぞ。無理だしな。君たちの戦いを見たい」
それでも2人はじりじりとゆっくりと摺り足で動くだけ。
剣と槍を揺らしながら、機を、隙を伺っているのかもしれないが。
ジャンヌさんの言う通りそれは無理だろう。
隙が分かるような実力差でもないはずだ。
「来ないなら終わりにしようか?」
「ま、まだっ、まだ終わりはやだ!」
「そうっす、やるっす」
「へぇでは黙って遠間に居て口を出すだけが。君たちの戦い方かな?」
「ち、違っ――ポリー行くよ!」
「っす!」
フレアは声を上げると身体を低くして走る。
――早い
馬車に余裕で追いつく脚力だ。
しかも本気じゃなかったのか、その時より早く見えた。
それでも上手く行くように思えなかった。
それはフレアに余裕が見えなかったから。魔剣どうこう言うことも出来てない。
腰も落とさず立っているだけのジャンヌさんをどうこう出来るように見えない。
「やぁぁぁっー!」
地を舐めながら走った剣を、全身を使って斬り上げる。
けど、ジャンヌさんは「ふむ」と顎をさすりながら、足を一歩引いただけで躱す。
「しっ!」
少し遅れてポリーの槍。
腹に向かって真っ直ぐ、刺さったら怪我では済まなそうな速度で突く――
それも、顎から手を外すことなく空いた右手で軽く払いのける。
「まだまだぁ!」
反転したフレア。
勢い余って転がったポリーも体勢を整えて再度向かって行く。
一度攻撃をしたからか、吹っ切れたからか――勢いが出た。
2人が入れ違いに、時には同時に武器を奮う。
思ったより遥かに2人は強い。
きっと血の滲むような努力をしたんだろう。
けどまったく当たる気配はない。
ジャンヌさんは一歩も動かずことも出来ていない。
「うー強いなー」
「そりゃ強いよ。強いからギルドマスターなんだよ」
「んーポリー」
「何っすか? ふんふん――なるほど」
ポリーの耳元に何やら話しかける。
「いいよいいよ。作戦結構。勝てない相手には頭も使おうね」
「大人しく相談させたこと後悔するっすよ」
「いくよー!」
再びフレアが走り出す。
先刻と同じように2人で斬って、突いて、纏わりつくように攻撃を繰り返す。
何も変わらない――そう思っていたら。
ポリーがフレアの後ろについた。
手を伸ばして服を掴む、尻尾を畳んで身体ごと縮める。
「隠れたっ?」
フレアの背に隠れた。
そのままフレアは攻撃を、刀身の横を払いのけられ前につんのめる。
こけるように状態を寝かせる――背中を横に、ポリーの足場となった。
更にポリーは槍を片手で持っている。
ジャンヌさんの眼帯をしている方、右手側から大きく奮うように。
力が入らないだろう。殺傷力はないだろう。傷すら突かないかもしれない。
ただ当てるためだけの一撃。
「いけっ!」
自然と声が出た。
「貰ったーっす――ぶっ」
空中でポリーが止まった――ように見えた。
ポリーの顔にジャンヌさんの手がチョップの形で埋まって――次の瞬間、僕の横を通り過ぎたポリー。背後のカカシの兜を吹き飛ばして止まった。
「べっ――っつーいったーいっす」
「えっっ?」
「うわっ――うぐぐぐ」
フレアも滑るように僕の足元に転がって、お腹を抑えて痛がる。
「なっ――2人とも大丈夫?!」
「むー足癖悪いー」
「――っす」
「攻撃を――受けたの?」
「当たり前だ。冒険者となって何をすると思ってるんだ? 戦いだ。命を金に替えて生きて行く仕事だ。目の前の敵が手を出してこないはずがない」
「そうだよカイト。大丈夫」
「まだまだっす」
「それにこのくらいで戦闘不能になったりしない。戦闘職だからな。カイト君、君は自分を基準に物を考えてはいけないよ。さて、2人とも――まだやるかい?」
怖い――怒らせたら怖い人。なんて思っていたけど。
想像よりも遥かに、強く、遥かに怖い。
死を目前にどころか死んだことがあるっていうのに足が竦む。
「勿論っすよ!」
「うん、行くよー!」
でも2人は怯まない。
僕とは違って、足取り確かに勇敢に立ち向かう。
「やっちまえー!」
「殺せぇぇ!」
回りの冒険者も、何か私怨があるのかジャンヌさんを降ろす応援の仕方だ。
その声に押されたのか。
避けられ、払いのけられ、それでも諦めずに向かって行った――けど。
「ふむ、まあ、こんなもんか」
ジャンヌさんを一歩も動かすことも出来ずに、足を止めた。
2人は互いに支えるように身体を寄せて、肩で息をするほど疲れが見える。
「はぁ――はぁっ! つっよーい」
「そりゃ強いに決まってる。だからギルドマスターなんだよ。ま、でも君たちも十分強いよ。駆け出しとしてはね」
「そーだよ。だってパパに相手してもらってるんだから!」
「でもノヴァより強いかもしれないっすよ。この人」
「ノヴァ? パパはノヴァっての?」
「うん」
「へぇ、ん――うっ、あー」
その名を聞くとジャンヌさんは顔を歪めて、喉を抑えた。
「大丈夫ですか? 何か当たったとか?」
「ああ、これはそーゆのじゃないから。いいパパだね」
「うん! でも素手相手に何も出来なかったなんてなー」
「それはそうだよ。何か出来るつもりだったら、ギルドマスターを甘く見過ぎだね。もしくは自分を高く見過ぎ。思い上がりと勘違いは若者の特権だけど。戦闘では現金だから捨てておきなさい――死ぬよ」
と言って何故か僕を見た。
「いや合格だよ。2人とも」
「え?!」
「何故驚く。さっきも言ったけど何か出来るつもりだった? 相手を考えてね。今回は戦いに対する気概を見たかっただけ」
「きがい」
「やる気とかかな」
「そうだね。躊躇しては死ぬ。破れかぶれでも死ぬ。戦いに際して適切な精神状態を持てるか、キープできるか見ただけ。後は恐怖かな」
「恐怖――」
だからいつもより怖く見えたのだろうか。
今はその気配もない、いつものおちゃらけた酒のみの顔だし。
「そーよ。恐怖は判断を鈍らせるどころか、判断をしなくなるからね。退くも攻めるも判断をしての結果。適切じゃなくても、頭で考えなくても、本能からだとしても、判断さえすれば――まず命を守る選択を取るから。いいこと最初は生きること」
やっぱり僕を見る。
言いたい相手は僕なのだろうか。と思うほどに僕を見る。
「だから最後まで判断を止めずに戦った君たちは合格っ!」
「やったー」
「っす!」
「じゃあ実戦的なアドバイスだけど。連携をとろうとしたのは良かった」
「適材適所を考えた方がいいね。君たちはまだ女神様が何故その職業を与えたもうたかその恩恵を考え抜いていない。魔剣士じゃなくて剣士として考えても突っ込むだけが仕事じゃない。盾を持てば死角をもっと作れたでしょう」
「うっ盾――かぁ」
「格好を気にしない。それとポリーちゃんは槍に慣れてる?」
「そっす! ちっさいし、長い武器がいいと思ったっす」
「なら飛び道具という手もあったでしょう。あそこに――スリンガーあるよね。何故選ばなかったのか。そもそも武器は一つじゃなくてもいいでしょ。もっと自分の性能を考えて色々選択肢を持つこと」
「うっす」
「何だか出来る人みたいですね」
「ギルドマスターギルドマスター。出来る人の役職なんだけど」
「なら出来ることはちゃんとやってください」
「あっセーラ」
さっきのギルド職員の人――目を釣りあげ、どこか怒った顔で仁王立ちしていた。




