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ジャンヌさんは元騎士団所属らしく鍛え抜かれた身体をしている。
アシンメトリーの服の、はだけた右肩はノヴァくらいの大きさだ。
「やっぱり戻ってきたんだね!」
そんな彼女の腕だから、けして背が高い方じゃない僕は軽々持ち上げられる。
冒険者やら、他の職員やらの視線が痛い。
「もー最果てに行くだなんて、心配で酒が増えちゃってしょうがなかったよ」
「いつものことじゃないですか」
「そう君が戻ってきたからね。それでニュービーで暮らすのかい? いいんだよ壁で寝起きしなくても。君さえ良ければ上に部屋を――」
「いえ、そんなことより降ろして」
「そんなことより? 未来ある若者の行く末より大事なことがあるというかい」
といつつも降ろしてはくれた。
僕だけが特別ってわけじゃなく、ジャンヌさんは割と誰にでもこうだ。
なんというか距離感が近い。
まあ良い人ではある。
騎士団だったこともあり、駆け出しの戦闘での悩みなんかも良く聞いていた。
じゃあ何が苦手なのかと言えば。
「今日は冒険者に――」
「ああ、いいじゃないか。君はそういうこと考えなくても。荷物持ちでも十分稼げるだろう? 何? 足りない? じゃあギルドからの補助金の増額も検討するか」
「だから冒険――」
「はは、いいんだいいんだ。無理しなくていい」
まあ、この調子で冒険者の話はさせない。
最初に固有職と打ち明けた時に”それは無理なんだ”と言われて行こうずっとだ。
「なんであっても君は君だからな。荷物持ちだって誇りある仕事だ」
「そうじゃなくて」
「まあまあいいじゃないか。飲もう飲もう! カイト君さよなら飲み会が帰って来た飲み会になったな」
「ずっと――飲んでたんですか」
と、言うと回りの冒険者や職員が一斉にこっちを向いて頷いた。
うんざりした顔――まあいつものことだけどずっと飲んでいたらしい。
ジャンヌさんはギルドマスターだけど、いつも酒場にいる。
端っこの丸テーブルを自分専用の酒瓶置きにして、いつも飲んでいる。
固有職と打ち明け、誰にも相手されなかった僕の話を聞いてくれた時から。
「あの」
「まあまあ、飲め飲め」
「いや」
「ほらほら、全然減ってないぞ」
彼女は僕を冒険者から切り離そうとする。
今日は一段と酷く、話題にも出させない徹底ぶりだ。
固有職というものに対しては他の人と変わらない。
僕個人は受け入れてくれているだけ、更にあたりが厳しく感じる。
それだけに”お前には何も出来ない”と強く突きつけられている気がする。
「あーいけないんだー」
仕方なく付き合っていると入口から高い声。
フレアと――角の上に座ったポリーがいた。
「あ、終わったんだ。早かったね」
「お酒飲んでるっす!」
「僕のはお酒じゃ――」
「きゃーーーっ! スキュラサの子っぉぉっ!」
スキュラサ――多分ポリーの種族名か何かを叫びながら、ジャンヌさんは飛んだ。
僕の隣から風を巻き起こして、酒瓶を倒しながら。座ったままの姿勢からテーブルを飛び越す脚力は流石、元騎士団。
「なっなっなにするっすか!」
「勝手に触ったらいけなんだよ!」
「ごめんねーってえーうっそ! 魔族の子も可愛い! 角すごっ! 可愛いいっ!」
隻眼で、筋肉質で、酒臭い、自分の倍くらいある女性に迫られる。
フレアでも縮こまるかと思ったけど、堂々と胸を張って対峙。
「でしょ! パパとママの子だから凄いの!」
「えー自分が褒められて、パパとママって――えー! 何持って帰って欲しいの? 持って帰っていいってアピールよね」
「ううん、帰るのは村です」
「うっそ、えっら。じゃあ一緒に帰ってご両親に挨拶しないとね」
「なんの挨拶ですか」
「カイトぉぉぉ!」
フレアと違ってポリーは普通に怖かったらしく、僕の頭に飛び乗る。
「きゃー! うっそ、飛んだ」
「そこに嘘はないと思いますが」
「ねね、君。カイト君よりお姉さんの頭の方が、見晴らしいいと思わない?」
ポリーは逃げるように頭から降りて、背中に隠れてしまう。
それでもジャンヌさんは諦めずに僕の背中に回って追いまわす。
「ひぃぃっす!」
「ジャンヌさん」
「ほらほらほら」
さっきより顔を赤くして追いまわす姿は、僕でも怖い。フレアも引いてる。
僕もなんとか逃げようとするけど、元騎士団の身体能力にかなうわけもなく。
「――いい加減にしなさいっ」
「!!」
見たことのない女性がジャンヌさんの頭にげんこつをくらわそうとする。
紺主体の地味な服装――ギルド職員の格好をした若い僕と同じくらいの歳の女性。遠慮なく力一杯振り下ろした拳――は空を切った。
「危なっ――セーラか。何度も言ってるが後ろから攻撃をしちゃ駄目。もうちょっとで殺すところだぞ?」
「すごーい、はやーいっ!」
「ははは、こう見えても奇襲を受けたことはなくてね。幾ら気配を消してもお姉さんの前では無駄さ」
気付けばジャンヌさんはセーラと呼ばれた女性の後ろに回っていた。
手を後ろで捻りながら、右の手刀を首に付きつけながらだ。
「それだけ気配が分かるなら、回りに《《気》》を《《配》》ってくださいギルマス」
「うっ、そう――だな」
「それでお二人はどのような要件ですか」
「はい冒険者になりにきました!」
「あ、そうだ。どうったの?」
2人はVサインを作ってにっこり笑う。
「勿論! よていどーり!」
「っす」
「おめでとう」
「あれ? 3人はどういう集まりなの?」
「ああ、今住んでる村の子たちです」
「子ぉ?」
「大人っすよ」
「んああ、そうだね」
「えーあー、えっ? カイト君住むとこ決まったの?」
「そんなコミュ力あったんですね」
「うっ、まあ、村の人たちが良い人だったので」
「へぇ、良かったねぇ。定住するところが見つかるなんて。じゃあカイト君の大事な人たちってわけだ。じゃあ――」
大きな手で僕の頭をわしわしと一通り撫で回す。
そして手を止めると、笑みが消えた。
先程とは違った真剣な顔――ギルドマスターとしての表情になって口を開いた。
「ギルドマスター直々に試験をしよう」




