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3-1


 朝が終わり、空が青くなる頃に森を抜けた。


「うわーひろーい!」


 フレアの大きな声はどこにも響くことなく吸い込まれた。


 どこまでも広がる地平、雲一つない空を馬車は進む。

 陽が上り、傾いても走って、沈んでようやく「今日はここらでいいか」と休み。


 大した荷物は積んでないのでテントなんかはない。

 火を起こし、焚火の回りで肉を焼く。

 野菜もパンもない。栄養バランスなんてなにもないこの上なく美味しい食事。

 そして、そのまま雑魚寝だ。

 勿論枕もなんかなくて、硬い地面に直に寝る。

 来た時とは違ってそれもどこか心地よいけど――寝やすいかと言われたらもちろん「実に寝にくい」と応えるしかない。


「すぅー」


 でもフレアはすぐに寝ていた。

 森を出てからというもの見るものすべてが新鮮なんだろう。ずっと騒いでいたのに横になった途端電源が落ちたみたいに寝息を立てた。


「いいなぁ、フレア」


 フレアがすぐ眠れたのは疲れていたからもあるだろうけど。もう一つ理由がある。


 それは角だ。


 綺麗な角度で枕の代わりに首の負担にならないように頭を支えている。

 しかも寝返り対応。

 どう回転しても、角ばった位置で固定されるというおまけつき。

 初めて角を羨ましいと思った。


 翌日、日の出とともに出発。

 勿論ぐっすりのフレアは元気一杯だった。


「うわーあそこ? あそこ!?」


 陽が高くなる頃、地平の彼方だった壁に囲まれた町についた。


「着いた着いた。苦労さん相棒。あとちょっとだぜ」

「やっぱりあそこだぁ! おっきいなー」

「うん、ニュービーって町だよ」

「へぇ、変な名前っすね」

「都から近いでしょ――それに向いた施設があって、駆け出し冒険者が集まるんだ。それでそのまま通称が町名になった――らしいよ」


 国の中央近く、都の北西に位置する町。

 グラールの体高と同じくらいの高さの煉瓦の壁に囲われ、門には鎧兜の衛兵。


「おう、毎日。ご苦労さん」


 でもおっちゃんは馬車を止めず、帽子をとって手を振って通り過ぎる。


「通っちゃったっすね?」

「駄目なの?」

「都とか大きいとこは馬車だと荷を見せたり、身許を証明しないと通れないっすよ」

「ん、ああ、そうだな。でもここはいつもこうだ。なあ坊主?」

「うん、壁もちょっと頑張れば登れるくらいだし、衛兵も防衛のために立ってない。ここで駆け出しの冒険者が安全に過ごせるってアピールするための物――らしいよ」

「そうなの?」

「中に入ればすぐに分かるよ――ほら」


 中の壁際には、入口から遠くには座り込んだ人やら、寝ている人やら。数人づつの若者のグループが集まっている。

 何れも外套を下敷きに、何れも武器を壁に掛けたり、抱いて寝たり。


「ああやって駆け出し冒険者が野宿するんだ。一人前になって稼げるようになるまで壁に守ってもらう――らしいよ」

「へーカイト、ものしりー」

「まあ坊主はここで乗って来たしな。長かったのか?」

「うん、家出てからは――半年近くは居たかな」

「じゃあ案内いらねぇか。わりぃが降りてくれ。さっさと都に向かいてぇ。できりゃ今夜にもつきてぇからな」

「はーい」

「お土産よろしくっす!」

「おう、じゃあ坊主。早けりゃ三日で――まあ現実的には四日か。ともかくだ。後は頼んでいいか?」

「うん、任せてよ」

「頼もしいじゃねぇの。よし! 行くぜ相棒」


 去っていくおっちゃんを見送って、僕は町と向き合う。


 村と違って建物がひしめく。看板も出ていたり店もある。

 僕の二度の生で三番目に長く居た場所。


 壁際の少年少女、町の中央を貫通する大通り、景気よく売り子をする行商人。人が並んでいて繁盛しているのは安くて持ち運べる食事を売っている出店だ。


 どれも見覚えがあって、どこも見知っている。

 だけど、不思議とどこも懐かしく感じない。

 ”戻って来た”という感覚は欠片もなかった。


「まずは成人の儀式っすね」

「だねー!」

「早速?」

「だって早く冒険者になりいたいんだもん」

「冒険者って――なれるかどうか、分からないよ」

「そこは大丈夫っす!」

「だよ!」

「そうなの?」

「魔族は戦闘系に出ることが多いんだ」

「そうなんだ。ポリーは?」

「うちはもうほとんど分かってるすよ」

「えっ?」

「斥候系っすね」


 耳に両手を当ててぴこぴこさせて見せる。

 そういえば最初音で敵襲を知らせていたっけ。


「あれって、えっ?!儀式前でも技能は使える? 職業はあるの?」

「そっすよ。儀式ってようは鑑定っすからね。来れてなかっただけっす」


 ”来れてない”それは受けてなくても職業はあるってこと。

 『騎士を授かる』なんて言っていた人たちの顔が頭を通り過ぎていった。


「そうなんだ――分かったよ。じゃあまずは教会にいこっか。こっちだ」


 歩き出す。といってもすぐそこで、目には見えてる。

 町の大通りを歩く。武器店や食べ物の誘惑されるフレアをその都度引っ張って歩くこと5分。町の真ん中の2つの大きな建物の前に着いた。


「ここが教会だよ」


 向かって左手から意識的に目を逸らして僕は右手で石作りの建物をさした。

 入口の上に蔦に絡みとられた女神のレリーフのある教会へと身体ごと向けた。


「へぇ立派っすねぇ。石作りだなんて――」

「こっちもおっきな建物だよ」

「あ、あの紋章――ギルドっすね!」


 蔦の絡んだ槍の紋の入った看板――冒険者ギルドのマークをポリーは知っていた。


「ああ、ギルドだよ。儀式終わりにすぐ冒険者登録できるようにしてる――らしい」

「あそこがギルドなんだー。じゃあじゃあ! カイトは中で待ってて! 終わったらすぐ冒険者になるから!」

「えっ――いや、僕はここで」

「いいっすよ。どうせ冒険者になるんすから。あれっすよね? 酒場あるんすよね?中で待つっすよ。飲んでていいっすよぉ?」

「飲まない――ってて」


 拒否ろうとしても、フレアの力に押されてギルドの扉の前まで持っていかれる。


「それじゃいってくるねー!」

「あ、うん、いってらっしゃい――って、今更入らないわけにもなぁ」


 ギルドの入口は西部劇の酒場の入口のように、上も下もない。胴体辺りにだけあるタイプで、中からは僕が立っていることは筒抜けだ。


「失礼しま――」

「うわぁぁっ!」


 仕方なく入るなり大きな声に出迎えられた。


「カイト! 君、戻ってきたんだね!」


 酒場の端の丸テーブルで大きく手を振った白髪の赤ら顔――テーブルに並んだ酒瓶を倒しながら勢いよく僕の前に飛んで来た女性。

 左目の眼帯も高いアクセサリーになるほどの整った上品な顔だちの美女。


 誰しも僕の質問に答えないこの場所で、唯一色々教えてくれた人。

 ここのギルドマスター・ジャンヌ。


――苦手なんだよなぁ。


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