2-8
朝焼けに向かう馬車に僕は乗っていた。
森の中の来た道を戻る。
荷台の上には誰もいない。
がらがらと音を立てる車輪とぎしぎときしむ車軸。
そこに混じるとたとたという足音。
振り向けばそこに手を懸命にふって足を回した、大きな角の赤黒い肌の少女。
「カイトぉぉぉぉっ!」
いつものように大きな声で叫ぶ。
いつもの顔一杯の笑顔は――ない。
眉を垂らし、顎に力の入った――悲壮を象った表情で荷台を掴もうと手を伸ばす。
「ふれあー」
「やだよ。いっちゃぁぁ」
悲痛な叫びにも馬車の車輪は淡々とリズムを刻んだ。
おっちゃんも振り向くことなく、じっと耐えるように背を震わせるだけ。
――ゴブリンを倒した後
外に出るとノヴァの家の屋根には予定通り塔が立っていた。
頭の中で思い描いだ通り、畑側を見守るように立ち。
耕した畑には矢の刺さった5体のゴブリンたち。
既に霧散しかけて赤く染まっていたゴブリンだけがいた。
「やっぱり、ほら、大丈夫だったしょ」
「はえーすげぇなぁ。しっかし見えてなくても当てるし、当てねぇの?」
「百発百中って感じっす!」
「うん! 最初ママが相手してたんだけど。脇とか首の隙間からスパッスパッって矢が飛んでって」
「ばったばったと倒れてったっす!」
褒められてこそばゆいというのはこういう事なんだろう。
誇らしくなって僕は射手塔に目を向けた。
「あれ?」
そこには見慣れた羽帽子を被った塔の精霊。
けど見たことないほどに目に力があった――口も真一文字に結んでやる気がある。
「どうしたの?」
「ああ、うん。やる気があるなと思って」
「あら、良いことじゃない。成長のお陰ね!」
「うーん、そうなのかな?」
「んな心配なことかぁ?」
「分からない。普段なら敵が居なくなったらやる気を失った感じで座りこむんだよ。それで暫くして塔が消えるんだけど――」
「いいことじゃねぇの?」
「それじゃあ魔力は大丈夫っすかね? 消費しつづけて今朝みたいに――」
魔力――それを感じたのは実のところ今朝が初めてだ。
家では武器術はじめ、体力筋力を付ける稽古ばかりだった。これまでも塔を建てて疲れたこともない。
「多分、大丈夫じゃないかな? あんな力が抜けた感覚はない――と思う。それに塔を建ててて、今まで疲れたことなかったし」
「へぇ、じゃあこのまま村の守護神になってくれるかもしれねぇなぁ」
「凄いっす! 畑も安心っすね!」
おっちゃんとポリーがそういうと。
ママさんとフレアが心配そうに声を上げた。
「どうしたの?」
「パパ?」
そういえばノヴァは沈黙したままだ。
いつになく真剣な顔で腕組みをして顎に手をやって――真っ赤な瞳が真っ直ぐ僕に向けていた。
そのままぽつりと。
「確かに凄まじいな」
「へへ」
「これなら誰もここを守らなくてもいいかもしれん」
「いやいやそこまでは――」
「だからカイト――村を出ろ」
というわけで朝まで待ってすわ追放――というわけではなく。
「あー楽しかった」
荷台にフレアが飛び乗って伸くるなり僕の隣で伸びをした。
さっきまでとうって変わって、いつものようにのほほんとした笑顔だ。
「堪能したっすねぇ」
「あ、もういいんだ。えーと『勇者クロスの許嫁ごっこ』だっけ?」
「ううん『勇者クロスが魔王との最終決戦前に許嫁との最後の夜を過ごした後。早朝黙って旅立とうとするけど、先回りしていて別れを告げる』ごっこ。だよ」
「あ、うん、そうだね」
「くっくく、いやー迫真だったぜ。フレア。何か賞とかとれんじゃねぇか、これ」
「でしょ! ずっと練習してたんだ」
「れ、ん、しゅ、う――これの?」
「だって、本当のお別れの時は出来ないから」
というと一瞬ちょっと寂しそうな顔をした。
今まで村から去った人たちを思い出したのだろうか。
いや別れが嫌なんだったらこんな遊びしようと思わない気もするけど。
魔族わかんない。
「しっかし坊主は駄目だな。『ふれあー』って棒にもほどがあらなぁ。笑いを堪えるのが大変だったぜ」
「そっすねぇ。もっとこう、身振り手振りいるっすよ。ほら、こんな風にっすよ」
おっちゃんの頭の上から飛び降りて、荷台の後部にとりつくポリー。
身を半分近く乗り出して、片手を伸ばして声を張る。
「フレアァァァァァァァァッ!!」
実に迫真、鬼気迫るとはこのことだろうけど――
「――これそんなに求められるんだ」
ひょっとしたら僕がおかしいのかな。
前の世界でも世間はこんなものだったりしたんだろうか。
そんなわけで、僕は村を追い出されたわけじゃない。
僕の能力の検証の続き『塔の残る距離と時間』その検証だ。
ノヴァの”細かく調べるべき”という提案に乗った。
昨日の試した限り、村から少し離れた程度なら大丈夫。
時間は待つしかないし、これ以上離れるなら――というわけで旅に出ることに。
ボアの肉を売るという用事もあったおっちゃんと一緒にだ。
お陰で荷台に肉を並べて天日干し。
もしものために丸太を背負ってきたもんだから、来た時の5人乗りの時より狭い。
高いところに上るのが好きなのか、フレアなんて丸太の上に立っている。
その姿と2人も一緒に旅に出る理由にまた首を傾げた。
「――まさか2人が成人の儀式受けるなんてなぁ」
「まだ言うっすか?」
「フレアたち、どーみても大人だもん」
少し頬を膨らませて、すねて見せる2人。
リスのポリーはともかく、フレアは”どう見ても”と思ってしまう。
ノヴァ曰く『立派な角だろ、だから魔族では大人なんだ』とのこと。
ママさんが『角の成長が止まったら大人なのよ』とも補足した。
確かにフレアの角は大きい。
ヘラジカの木の枝のような広がり方をして、冠のように頭の上側を覆うように巻き付いている。
朝焼けを鈍く映す角の色がなんだか野生って感じで綺麗だ。
「もーまーた子供だって持ってるー」
「そんことないよ」
「あるよ。カイトは分かりやすいんだから」
といって僕の鼻を突くフレアの指は丸みがあって小さい。
子供にしか見えない指とその動きは微笑ましい。
フレアもポリーも楽しい子だ。
旅もきっと楽しいだろう。
でも僕は少し憂鬱だった。
何せこれから二人の成人の儀式を受けるために町に行くから。
その町は僕が荷物持ちを続けていた町だから。




