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タワーディフェンス――
それは塔を使って拠点を守るゲーム。
僕が最期まで、何も出来ないと腐りながらも熱中していたゲームだ。
魔物の指導者となり、宝玉を操って塔を生み出す。
魔物の軍勢とともに人間の国に攻撃を仕掛けるという物語だ。
味方が魔物で、敵を倒した時の演出なんかスプラッターでグロい。かなりダークな設定のゲームが――その時の僕にはあってたんだと思う。
「ねぇノヴァ?」
「ん、なんだ?」
『拠点内に宝玉を設置して下さい』
画面内に出ているこのメッセージはゲーム開始して導入が終わったら出るもの。
つまり今まで僕はこの塔士という力の本当のところを使っていなかったんだ。
ゲームに従えば最後は人の国を滅ぼし世界を制覇する。
そう僕の領域もそうなる可能性があるっていうことだ。
「この村で一番守りやすい場所ってどこかな?」
「守り――何からによるな。魔物か魔獣かはたまた――」
「魔物と魔獣で違うの?」
「魔物は人を優先的に襲う。思考してないように、リスクも恐れずにな。魔獣は基本は獣と同じ、人を襲うとは限らない。大抵は食べるため、縄張りを守るために襲う。ただまあ、大抵は大きく人を食糧と見なすケースが多いがな。後は人を効率よく倒すために壁を壊したりもする」
壁の大穴を指差す。
確かに魔物は柵で目線を切られただけて迂回を選んだ。対してボアは壁を突き破り人を襲って来た。
「知性が高いってこと?」
「そうだな。より正確に言えば《《ある》》――だが。魔物は知性がないだろ?」
「確かに。じゃあどちらにしろ人を襲うなら、人から離せば守りやすい――か」
「そうなる」
ただ少し気になることもある。
それはタワーディフェンスというゲームにおけるある鉄則。
『敵は宝玉を最優先攻撃対象にする』
常に最短距離で弱点へ真っ直ぐ進む。
お陰で敵の進行ルートは予測でき、進行ルートに塔を配置して敵を防ぐというTDのゲーム性が成立する。
これがどうなるかだ。
ここでも効果があるのかどうか。
「効かない前提で考えてもしょうがないか――ここはどうかな?」
「ここ? この建物か」
「うん、仮にスマホが魔物や魔獣に狙われたとして。ここは守りやすいかな」
「森側には俺たちが住んでいるし。まあ本来ならな」
ノヴァは顎で壁の穴を差した。
「うん、それもいいと思うんだ」
「穴がか?」
驚いた――というより不思議そうな、どこか呆れてもいるように片眉を跳ねる。
「多分だけど。完全に塞いじゃ駄目だと思うんだ」
タワーディフェンスの鉄則その2。
『宝玉への道を完全に塞いではならない』
というのもある。
塞いでしまえば近くの壁や建物を攻撃しだして、敵の進行ルートがずれる。
制御できなくなってしまう。
それを戦略に組み込むこともあるタイプのTDもあるらしいけど。僕がやっていたのは違う。
だから塞いでしまうのはちょっと怖い。
「ふむ、そういう物ということか。分かった。俺が守るさ。壁より頑丈だからな」
「頼もしいよ。じゃあ――ゲーム開始だ」
『宝玉を設置します』
柔らかい女性的でありながら電気的な声が響く。
スマホからは緑色の光が溢れる。
まるで内側から殻を破るように。
音を立ててヒビが入り
「おおぉぉ、何――何だ?! カイト」
スマホは波打つように震え、ずるりと粘った音が響く。
光が収束して実体を持つと細長い棒。
柔らかく粘液を纏ったような――黒い触手。
ぞわぞわと1本、2本、10数本が生えると一斉に下へ向かう。
板を張った床を音を立てて破り、根付かないためにあるのだろう基礎の煉瓦部分も貫き刺した。
「うおっ、これはなんというか。その――カイト」
「うん、思ったより、気持ちわ――」
「――素晴らしいっ!」
闇の勢力の力の象徴。
目の前のスマホだったものはゲーム内の宝玉の姿に変貌を遂げた。
怪しく緑に光る宝玉。
それを支えるように幾本もの黒いぬめる触手が地から反り立つ。
その姿は”汚いw杯トロフィー”なんてネットのどこかで呼ばれていた。
そんな割り合い醜悪な見た目の宝玉を前にノヴァは鼻息荒い。
僕の背をばんばんと叩きながら喜びの声を上げていた。
「ノヴァ、そろそろ」
「ひょーかっけー」
「おーい」
「いやほんとすげー。いいなぁカイトの。何してもかっけー」
「ノーっヴァっ!」
「羨ましい実に魔族的じゃあないかっ! くぅ俺もこういうのが良かったなぁっ!」
ノヴァの目はどこか遠くを見ているようで。まったく僕の話はきいてくれない。
「ようどうだ――って、ええっ!? なんじゃこりゃ」
「あ、おっちゃん」
馬車を動かし終えて少し汗ばんたおっちゃんが入口に立っていた。
「ああ、見ろよイグこれを。この闇球の新しい――」
「スマホ」
「ああ、形態変化したんだ」
「とらんすふぉーむ? 魔族的言い回しはわかんねぇよ。俺ぁには
「形が変わったんだよ」
「あーそんだけか。で、どうかわったんだ?」
「この宝玉――えっと球をのっけてる台座に3つの石があるでしょ?」
「あぁ、くぅーこの昏い緑の輝き。いちいち疼かせるぜ」
「ああ、うん。これがライフなんだ。これが無くならない限り、土地は持つと思う。
多分、木は生えて来ないはず」
”はず”と言ったけど。何故か僕には自信があった。確信めいた妙なものが。
何故か頭はすっきりとしていた。
「おーどうしたら無くなるんだ?」
「攻撃を受けたら」
「攻撃――ねぇ。どんくらいの?」
「あーと」
ゲームなら敵が宝玉に接したら1減る。
それと同じなら――
「ゴブリンの攻撃でも1個は減るよ」
「結構脆いな」
「でもどんな攻撃でも1個だけだと思う」
「どんな攻撃でも? 例えば俺が左手でぺちっとやるのと、ボアの牙が突き刺さるのとが同じ一回?」
「そのはず」
「ふむ、俄かには信じられんな」
「あってると思うぜ」
「そうなのか」
「ああ、一度使うとな。内から湧き上がってくんだよ。これはこう使う技能だって。まあ、固有職じゃなきゃあ分からんのかな?
「いや――うん、そうか。俺たちは最初から分かってたからな」
以前までなら僕が何を言っても誰も耳を傾けなかったろう。
勿論ノヴァたちは違うけど。
こういう固有職の悩み。それを共有出来るのはなんて頼もしいんだろう。
そんな喜びの余韻は束の間。
頭に響くように、黒いもやが掛かった。
不安になる感覚を与えるもやの正体も、僕の内から湧き上がって来た。
「敵だ――」
「何?! どこだ」
「分かるのか坊主」
「うん、多分、僕の領域に入ったら分かるんだと思う。あっちだ」
「不味いっ!」
指差した先はママさんたちの居る方だ。
当然慌てて外に出ようとするノヴァ。
だけど僕は落ち着いて止めた。
「ねぇノヴァ、この木を貰っていいかな?」
「ああ、いいぞ」
「大丈夫。まだ来ない」
俯瞰したゲーム画面のように、地図のように、頭の中で手に取るように敵の位置も数も分かった。
「分かるんだな坊主」
「うん」
僕は指を差して『ストレージ』を発動。
未だかつてない速度で広がる光の線。ほとんど一瞬で建物内の木材を覆う。
「塔の精霊――建てろ」
そのまま指を逸らす。
敵のいる側。畑の前にある――ノヴァたちの家の屋上を。
「射手塔」
がりがりと音を立てて精霊たち。
いつもより活力漲る表情に見えた精霊たちによって一瞬で一山の木が消える。
音も聞こえない距離で、何も見えない位置で。
不安そうなノヴァと、緊張した顔のおっちゃんとを。
僕は自信ある表情でここに留めておいた。
「もう――」
じっと立っている僕にノヴァが痺れを切らして口を開きかける。
ほぼ同時に、ママさんたちが満面の笑みで駆けこんで来た。




