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2-5


 朝――目蓋の向こうに薄っすらと光を感じる。

 するとどたどたと足音が響て目が覚めた。


「カイト。もうまだ寝てるっすか」


 その声に目を開く――けど、起きれなかった。

まるで手術直前に台に載せられている時みたいに身体が起きない。


「――カイト――カイト? ――カイト」


 麻酔医みたいな角度で上から覗き込む赤い瞳もぼやけて見える。

 顔が近づいて、口が喉の奥まで見えるくらいだけど――声は遠い。

 まるで水の中にいるみたいだ。


「カイト!」


 僕の名前を計5回、呼ばれるのをカウントしていたら。

 麻酔に掛かったみたいに意識はすとんと落ちた。


 けれど麻酔と違ったのは意識を失った後にも意識があった。


――ここは?


 目の前に広がる景色は村の端、鬱蒼と茂る木々。

 どこまでも広がる森を前にして、僕の足は出ない。

 手を硬く握りしめ、口の端は血が出そうなほどに噛んで。


 その森を睨みつけてた。


 人を拒絶するような硬い木の幹を。

 茂った葉っぱの影に脈動する命を。

 先の見通せないほど、深い森を。


 その森の生命の象徴みたいな、木々に絡む蔦を――睨みつけた。


「――あ! カイトちゃん、起きたわ!」


 次に本当に目が覚めた時、目の前には少し薄い赤い目――ママさんだ。


「おう、そら良かった。冷や冷やしたぜ。大丈夫か?」

「喋れる? 喉乾いてない?」


 身体はやっぱり重い。

 けど今度は口も、舌も動かせた。


「だ、大丈夫――」


 自分のじゃないみたいに重い身体を動かして、自分の声じゃないみたいに掠れた声だったけど。声は出せて喋ることが出来た。


「どうだ? レジーナ?」

「うん、全然魔力がないわ。ほとんど枯渇している。やっぱり魔力切れよ」

「そうか、ポリー」

「アレっすね。持って来るっす」


 まだ上手く頭は回らない。

 けど”アレ”と聞いて、昨日のことを思い出して身体が固まった。

 けどまあ、そんなわけもなく。


「飲むっすよ」


 緊張していた僕の目の前にポリーが持ってきたのは、いびつに丸い器。土そのままの色の”味のある”と呼べそうな器だ。

 中には少し濁った赤い液体。少しどろっとした感じで気持ち悪さがあった。


「飲む――の?」

「おうよ。効くぜぇ?」

「はは、辛そうだな――」

「何いってんすか。こんだけ赤いんすよ? そんなわけないっすよ」


 どうやら赤い食べ物は辛い。という常識はこっちには無いらしい。


「はい、身体起こして――これで飲めるかしら?」

「――うん」


 ママさんに支えられて身体を起こし、腹の上に乗ったポリーが器を傾ける。

 少し苦しかったけど、不思議とサラサラと流れるように胃に収まる。

 確かに辛くない。

 昨日の肉に似た味が染みたスープだった。


「どうよ。ボアの脊髄煮込みの味はよ」

「せ、脊髄――?!」

「もっとも魔力を含んでいる部位だからな。パンチのある魔味だろう?」

「術酒にもする部位なのよ。精製してないけど――うん、大分効いてきたわね。身体に魔力が溜まって来たわ。もう大丈夫」

「じゃあ、起きれる? 歩ける?」

「こらこらフレアちゃん。そんないきなり」

「でもでもっ」

「大丈夫。大分いいよ。でもなんで魔力がきれたんだろ。使えることなかったのに」

「見れば分かるよ! いこ!」


 まだ少し怠い身体を、フレアに手を引かれながら動かす。

 僕の家を出てノヴァの家をぐるりと回り、案内されたのは裏手。

 昨日ボアを捌いた場所。

 森の前――だったはずの場所だ。


「えっ――ここ――あれ? 森は?」


 何もなかった。

 木も、草もない。土だけのだだっぴろい広場。

 実家の敷地並み、東京ドーム3分の1くらいの土地が半円状に更地になっていた。


「おい、坊主。ひょっとして自分がやった自覚がないってぇこたぁねぇよなぁ?」

「なんだその言い方はイグ。素直に負けを認めたらいいだろう。なぁ?」

「えっ、何どういうこと?」

「ほら! ないだろ」

「くっそぉ。分かったよ。今度都に行った時に買ってくらぁな」

「やった!」

「賭けてたのよ。もう不謹慎ねぇ。カイトちゃんが倒れたっていうのに」


 子供のように両手を上げてはしゃぐノヴァ。

 僕には何も分からなかった。

 何で喜んでいるのか、自覚とは何か。


「その――僕がやったって? これを」

「うん、そうだよ。ほらこんなにひろーい!」

「ひろいっすぅ!」

「よーし、相棒も走りてぇだろ。行って来な!」


 フレアとポリーとグラールが駆ける。

 それでもまったく狭さを感じない。それくらい広い。村がもう一つは入る。


「本当に僕が? 寝てただけ――あ、レベルアップ」

「そうだ。それしか考えつかんだろう? 俺たちでは一晩ではこれは無理だ。国中の伐採士が集まらなければこうはならん」

「その上、坊主が魔力切れでおきねぇってんだから。決まりだろ?」

「僕が――」


 昨日の木の感触。

まったく歯が立たなかったあの硬い木を――何百本も寝ている間に。


「実感がないか?」

「うん、全然。身体ももう直ったし」

「良かったわ。それでね。カイトちゃんにお願いがあるの」

「お願い?」

「うん、ここをね――畑にしたいの。いいかしら」


 ママさんは両手を前で合わせて拝んでくる。

 そういうところは前の世界と変わらないんだ。

 と思いつつ、一も二もなく頷いて返した。


「勿論、聞くまでもないよ」

「ふふっ、一応ね。土地は開拓した人の物っていう古いルールがあるから」

「古い? 今は使われてないの? 」

「ああ、大抵はもう拓くこともないからな。俺たちも来た時から土地が減ってばかりだった。だからそんなルールを使えたことがない。だから形骸化してしまってな」

「あ――」


 あれだけの身体能力のある魔族でも拓けない土地。

ルールが意味が為さないほど、この世界では異端の状況。

 他の誰かじゃ出来ないこと。

 だからこれをやったのは固有職《僕》の力なんだ。


 ようやく実感が沸いた。


「じゃあ、是非。美味しいパンを作ってよ」

「ええ、任せて。二人ともー! ちょっと空けてくれる?」


 二人を呼び寄せる。


「はーいっと。広かったねぇポリー」

「っす!」

「ごめんなさいね。もう走り回れないわ。でも代わりにこれからも美味しいパンは食べられるわよ」

「あ、じゃあママ!」

「ええ、畑にさせて貰えたの。ちょっと下がっててね」


 ママさんは一人、拓けた敷地の反対側の端に立った。


「一体何を?」

「ふふっ、見てて。凄いんだよ。ほら!」


 フレアの指に導かれるように、視線をママさんに戻す。

 両手の指先までピンと伸ばして、胸の前で構えていた。


 ここからでも分かるほど、目が赤く大きく瞳孔が開かれ――


「はいっ!」


 掛け声と共に手を土に突き立てた。

 片手づつ、両手を回転させながら土に突き立てて背後に掻きだす。


「魔族奥義、百拾式・鍬車」

「おう――ぎ?」

「うむ、久々に良い物見れたな」

「良い物――確かにすごい、早い」


 あっという間に反対側まで走り抜ける。勢いを殺さず反転してまた堀ながら進む。

 とはいえ、敷地は広い。まだ10往復は必要だ。


「グラールに手伝ってもらったりしないの?」

「相棒に? あー、あれはなただ掘ってるだけじゃないんだぜ?」

「違うの?」


 僕のスマホ上の知識だと”耕す”というのは土を柔らかくして根を張りやすくする

ためのもの。

 まあ、今更常識が違うのも驚き慣れたけど。

 どれだけ実家が過保護で外のことを教えてくれなかった思い知った。


「奥義と言ったろ? あれは堀りながら土と土に含まれた魔力ごと捏ねる技だ」

「技――でも道具くらい使ってもいいんじゃないかな。僕と比べ物にならないくらい頑丈なんだろうけど。手が痛そう」


 というと、皆は僕のほうへ一斉に向いた。


「何か不味いこと――言った?」

「いや、そうか。魔族とあまり触れて来なかったんだな」

「ん?」

「魔族は魔法が――魔力を表に出すのが苦手なんだよ」

「苦手?」

「まあそうだ。基本的に農士が使う技能は農具に魔力を纏わせるもの。所謂バフだ。魔族たるレジーナには道具にバフを掛けれない」

「だから手でやる必要があるんだ」

「そうしかも魔法として土を耕すことが出来ない」

「ああ――それで技――」


 農士は八大職だ。

 食糧の供給に係わるのだから当然だろう。

 専門職とはいえそれが主食の穀物なら、普通は引く手数多のはず。

 それが辺境にいるのはちょっと違和感があったけど。

 事情の一端が垣間見えた気がした。


「凄いね」

「ふふっ凄いのはカイトだよ」

「そうだ。開拓して見せたんだからな」

「そうか、そうだね」


 そっけなく返したのだろう。

 フレアは不思議そうな顔で僕を見つめていた。


 けど何度生まれてもこんなに嬉しいことはないと思う。

 僕に何かできた。

 僕の力で誰か喜んでいる。

 それだけで今は胸が一杯だった。





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