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結局、肉を捌くのも上手くならないまま夜になった。
片付けを終えると村の中央の焚火に集まる。
既に香ばしい匂いが腹の虫を刺激。
焚火の回りに並べたベンチにはもう僕以外の全員――グラールまで集まっていた。
「来たな。では始めよう――大地にまします我らが女神よ」
ノヴァは立ち上がって一歩前に出ると右足の踵を鳴らして、左手を地に付ける。
ママさんもフレアもポリーも――おっちゃんも、僕も続いて同じようにする。
食事前の女神への祈りだ。
”蔦”のと付くように地に居るとされている。
そのため足と手で大地に合図を送る、らしい。
数少ない父母から教わったことだ。
正直実家を思い出すし、あまり好きじゃない。
それに神様に良い思い出が前の世界からないから――
「それと今日は村に来たカイトのお陰で糧を頂きます」
「頂きます!」
「カイト、頂きまーす!」
「はは、何か恥ずかしいな」
「何言ってんだ。お前ぇが居なかったら絶対絶命だったぜ」
「またまた大げさだよ」
「ううん、助かったわ。数がああ多いとママだけだとねぇ」
「そうだよ。カイトのお陰で皆笑顔なんだから!」
「そっす。久々っすよ。こんな上等なボア! うまいっすぅぅぅっ!!」
ポリーは目を見開き、血走らせながら、自分の顔より大きい肉にむしゃぶりつく。
リスそのものの見た目で、それはホラー映画みたいでちょっと怖い。
けどまあその気持ちも分かる。
無造作に棒を刺した塊肉、焚火で焼いただけの調理、最高に疲れた身体。
僕も気付けば手に肉を取り、抗うことが出来ずに顔から突っ込んだ。
「美味しい?」
「聞くまでもねぇだろ。なぁ」
「ふん、ほいひい」
「肉は一杯あるからゆっくりでいいわよ」
「そうだぞ。ほら、肉汁。垂れてるぞ」
「あ、ごめん。でもほんとに美味しい。朝も美味しかったけど。これは今までの人生で一番だよ! 圧倒的に!」
「そうっす。この魔味! はふはふはむっ!」
ひたすらがっつくポリーの顔は横に倍近く膨れていた。
頬袋があったらしい。
「ふぉりーほほふぁ――んぐ、頬が凄い膨れてるよ」
「カイトもっすよ」
「えっ、そう?」
「そうだよ」
「ああ」
「凄い勢いだったわ」
「そっか――ははっ」
自然と笑いが零れた。皆で囲む食事とはかくも楽しかったんだ。
かつての人生でも都の実家でも、そこを出た後も――こんなに大勢で食事したことなかった。
自然と大きく声を上げて笑っていた。
「ああ、楽しっ! でも本当に美味しいよこれ」
「だろぉ? 魔味溢るる味って奴よぉかぁ。これで酒があればなぁ」
「魔味?」
「そうよ。魔力の味。かなり魔力を蓄えたボアだったから――うん、魔味が強いわ」
魔力に味がある――やっぱり知らない情報だ。
「辺境で生きる旨味と言えば飯だからな。これだけは格別だ」
「だからこれが売れるってわけよ。村唯一の収入よ」」
”何故?”と聞こうとして、おっちゃんの背の向こうの森が目に入った。
木が魔力の塊――なら森近くなら魔力が濃いということ。
辺境に行けばいくほど食事は美味しくなるんだ。
「おっちゃんはそれを売りに行ってたんだ」
「そらそうよ。ただまぁ、最近は売れるもんも中々なくてなぁ」
「無いの? 肉以外は駄目とか――んー美味しい! 豆もパンも美味しいよ。実家の食事より数段上だと思うけど」
「売れるほどないんだ」
「畑とかあれば。ママさんは穀物農子だし。あ、そっか」
「そう、前はあったんだ」
と肩越しにノヴァは親指を背に向けた。
ボアを解体してた辺りだ。
「そっか森がか」
頷く4人と1匹。
そりゃそうだ。考えれば分かることだった。
押し込まれてなければ人が残っているに決まっている。
でも一つ疑問はあった。
「ノヴァがあれだけ強いのに何故? 木だってもう倒してるし。それに職業――」
「うぉっほん」
おっちゃんがわざとらしく咳払いで遮る。
騎士は世界でもっとも名誉あるといっていい職業。
それが辺境暮らし、何もないわけもない。
でも言わなくてはいけない。
聞かなくては、村の一因ではない気がした。
「いいんだ。カイト、左手を出して」
「左手?」
「そうほら」
左手で握手だ。
優しく、赤子の手を握るように優しくノヴァは手を握る。
それは魔族だからに、力が数段上の魔族だから恐る恐る握っている――わけじゃなかった。
「これが今の俺の全力だ」
「え? これ?」
「ふっ――そうだ。赤子にも勝てん。昔、怪我をしてしまってな。それ以来まったく力が入らなくなった。今じゃスプーンすらまともに扱えない」
言われてみれば、ノヴァは確かに右手しか使っていなかった。
パンも、肉も同時には食べていない。ボアを受け止めた時も確か右手一本だった。
「でもノヴァなら多分片手でも強い――よね?」
「片手――ああ、右手か。使えないんだ」
「えっでも」
「いや、力は入る。左手と違ってな」
「じゃあ」
「だが、敵は倒せない」
「えっ? でも殴るだけでも――」
ノヴァはそれを受けても、自嘲的に鼻で笑った。
「騎士には誓いという技能があってな」
「誓い?」
「その誓いを立てることで、誓いを守ることで、力を得るというものだ」
「うん」
「俺の誓いの一つに『左手でのみ攻撃をする』ってのがあってな」
「あぁ」
「馬鹿な誓いだった。”左腕”とか”武器を持つ”とかにしておけば良かったんだが若かったのさ。よりきつい誓いで強い力を得たかったのかな」
「あの――誓いは」
「破れない。何があろうとな。そういうものなんだ」
僕は何も言えず、溜息を零すことしか出来なかった。
事情があるに決まってるのに。それが悲しい事情である確率は高いのに。
むやみに踏み込んでしまった。
「そんな顔をするな。お陰でこうして家族と一緒に居られる」
「うん」
「そうだぜぇ。今があるのは過去のお陰ってなもんでな。嫌な過去も辛い思い出も、今楽しくあるためにあったのよ」
「ああ、そうだな」
「カイトちゃん。みんな、今楽しいのよ。ほら次のお肉焼けたわ。食べる人ー」
「はーい」
「下さい」
「え、”下さい?”って言ったかしら?」
「あー目を光らせないで。えと欲しい」
「ふふ、よろしい」
「美味しいねぇ」
「うん」
楽しい食事の再会――悪くなった空気を払拭するように一杯食べた。
美味しかった、けどちょっと味気なかった。
その夜、片付けが終わって。
家に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
眠るまでのほんの間、頭を過ぎったのは皆の顔。
村の未来を憂うノヴァとおっちゃんの顔。
ノヴァの身体をいたわるママさんとフレアの。
ポリーとグラールだって気を使っているように見えた。
まだ出会って少しだけど、あんな顔をさせたくはないと思った。
喜んで受け入れてくれた皆の顔を笑ったままにしておきたい。
明日、あのカウントダウンが終われば多分僕は強くなれる。
だからそれが村の未来に役に立つように。
いや役に立つんだ。
と、祈りと誓いを胸に眠りに付いた。




