表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/72

2-3


 結局、肉を捌くのも上手くならないまま夜になった。

 片付けを終えると村の中央の焚火に集まる。

 既に香ばしい匂いが腹の虫を刺激。

 焚火の回りに並べたベンチにはもう僕以外の全員――グラールまで集まっていた。


「来たな。では始めよう――大地にまします我らが女神よ」


 ノヴァは立ち上がって一歩前に出ると右足の踵を鳴らして、左手を地に付ける。

 ママさんもフレアもポリーも――おっちゃんも、僕も続いて同じようにする。


 食事前の女神への祈りだ。

 ”蔦”のと付くように地に居るとされている。

 そのため足と手で大地に合図を送る、らしい。


 数少ない父母から教わったことだ。

 正直実家を思い出すし、あまり好きじゃない。


 それに神様に良い思い出が前の世界からないから――


「それと今日は村に来たカイトのお陰で糧を頂きます」

「頂きます!」

「カイト、頂きまーす!」

「はは、何か恥ずかしいな」

「何言ってんだ。お前ぇが居なかったら絶対絶命だったぜ」

「またまた大げさだよ」

「ううん、助かったわ。数がああ多いとママだけだとねぇ」

「そうだよ。カイトのお陰で皆笑顔なんだから!」

「そっす。久々っすよ。こんな上等なボア! うまいっすぅぅぅっ!!」


 ポリーは目を見開き、血走らせながら、自分の顔より大きい肉にむしゃぶりつく。

 リスそのものの見た目で、それはホラー映画みたいでちょっと怖い。


 けどまあその気持ちも分かる。

 無造作に棒を刺した塊肉、焚火で焼いただけの調理、最高に疲れた身体。

 僕も気付けば手に肉を取り、抗うことが出来ずに顔から突っ込んだ。


「美味しい?」

「聞くまでもねぇだろ。なぁ」

「ふん、ほいひい」

「肉は一杯あるからゆっくりでいいわよ」

「そうだぞ。ほら、肉汁。垂れてるぞ」

「あ、ごめん。でもほんとに美味しい。朝も美味しかったけど。これは今までの人生で一番だよ! 圧倒的に!」

「そうっす。この魔味! はふはふはむっ!」


 ひたすらがっつくポリーの顔は横に倍近く膨れていた。

 頬袋があったらしい。


「ふぉりーほほふぁ――んぐ、頬が凄い膨れてるよ」

「カイトもっすよ」

「えっ、そう?」

「そうだよ」

「ああ」

「凄い勢いだったわ」

「そっか――ははっ」


自然と笑いが零れた。皆で囲む食事とはかくも楽しかったんだ。

 かつての人生でも都の実家でも、そこを出た後も――こんなに大勢で食事したことなかった。

 自然と大きく声を上げて笑っていた。


「ああ、楽しっ! でも本当に美味しいよこれ」

「だろぉ? 魔味溢るる味って奴よぉかぁ。これで酒があればなぁ」

「魔味?」

「そうよ。魔力の味。かなり魔力を蓄えたボアだったから――うん、魔味が強いわ」


 魔力に味がある――やっぱり知らない情報だ。


「辺境で生きる旨味と言えば飯だからな。これだけは格別だ」

「だからこれが売れるってわけよ。村唯一の収入よ」」


 ”何故?”と聞こうとして、おっちゃんの背の向こうの森が目に入った。

 木が魔力の塊――なら森近くなら魔力が濃いということ。

 辺境に行けばいくほど食事は美味しくなるんだ。


「おっちゃんはそれを売りに行ってたんだ」

「そらそうよ。ただまぁ、最近は売れるもんも中々なくてなぁ」

「無いの? 肉以外は駄目とか――んー美味しい! 豆もパンも美味しいよ。実家の食事より数段上だと思うけど」

「売れるほどないんだ」

「畑とかあれば。ママさんは穀物農子だし。あ、そっか」

「そう、前はあったんだ」


 と肩越しにノヴァは親指を背に向けた。

 ボアを解体してた辺りだ。


「そっか森がか」


 頷く4人と1匹。

 そりゃそうだ。考えれば分かることだった。

 押し込まれてなければ人が残っているに決まっている。


 でも一つ疑問はあった。


「ノヴァがあれだけ強いのに何故? 木だってもう倒してるし。それに職業――」

「うぉっほん」


 おっちゃんがわざとらしく咳払いで遮る。

 騎士は世界でもっとも名誉あるといっていい職業。

 それが辺境暮らし、何もないわけもない。

 でも言わなくてはいけない。

 聞かなくては、村の一因ではない気がした。


「いいんだ。カイト、左手を出して」

「左手?」

「そうほら」


 左手で握手だ。

 優しく、赤子の手を握るように優しくノヴァは手を握る。

 それは魔族だからに、力が数段上の魔族だから恐る恐る握っている――わけじゃなかった。


「これが今の俺の全力だ」

「え? これ?」

「ふっ――そうだ。赤子にも勝てん。昔、怪我をしてしまってな。それ以来まったく力が入らなくなった。今じゃスプーンすらまともに扱えない」


 言われてみれば、ノヴァは確かに右手しか使っていなかった。

 パンも、肉も同時には食べていない。ボアを受け止めた時も確か右手一本だった。


「でもノヴァなら多分片手でも強い――よね?」

「片手――ああ、右手か。使えないんだ」

「えっでも」

「いや、力は入る。左手と違ってな」

「じゃあ」

「だが、敵は倒せない」

「えっ? でも殴るだけでも――」


 ノヴァはそれを受けても、自嘲的に鼻で笑った。


「騎士には誓いという技能があってな」

「誓い?」

「その誓いを立てることで、誓いを守ることで、力を得るというものだ」

「うん」

「俺の誓いの一つに『左手でのみ攻撃をする』ってのがあってな」

「あぁ」

「馬鹿な誓いだった。”左腕”とか”武器を持つ”とかにしておけば良かったんだが若かったのさ。よりきつい誓いで強い力を得たかったのかな」

「あの――誓いは」

「破れない。何があろうとな。そういうものなんだ」


 僕は何も言えず、溜息を零すことしか出来なかった。


 事情があるに決まってるのに。それが悲しい事情である確率は高いのに。

 むやみに踏み込んでしまった。


「そんな顔をするな。お陰でこうして家族と一緒に居られる」

「うん」

「そうだぜぇ。今があるのは過去のお陰ってなもんでな。嫌な過去も辛い思い出も、今楽しくあるためにあったのよ」

「ああ、そうだな」

「カイトちゃん。みんな、今楽しいのよ。ほら次のお肉焼けたわ。食べる人ー」

「はーい」

「下さい」

「え、”下さい?”って言ったかしら?」

「あー目を光らせないで。えと欲しい」

「ふふ、よろしい」

「美味しいねぇ」

「うん」


 楽しい食事の再会――悪くなった空気を払拭するように一杯食べた。

 美味しかった、けどちょっと味気なかった。


 その夜、片付けが終わって。

 家に戻るなりベッドに倒れ込んだ。

 眠るまでのほんの間、頭を過ぎったのは皆の顔。


 村の未来を憂うノヴァとおっちゃんの顔。

 ノヴァの身体をいたわるママさんとフレアの。

 ポリーとグラールだって気を使っているように見えた。


 まだ出会って少しだけど、あんな顔をさせたくはないと思った。

 喜んで受け入れてくれた皆の顔を笑ったままにしておきたい。


 明日、あのカウントダウンが終われば多分僕は強くなれる。

 だからそれが村の未来に役に立つように。

 いや役に立つんだ。

 と、祈りと誓いを胸に眠りに付いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ