風の中の歌
ある日、音楽室の古いピアノの前に、少女・ミオはいた。
ふと、手にした石から音が聴こえた気がして、そのメロディを鍵盤の上でなぞってみた。
――懐かしい。知らないはずの歌なのに。
音は柔らかく、でも確かに胸の奥を震わせた。
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ミオがその歌を文化祭で披露すると、不思議な反響が起きた。
聴いた人々は口々に「涙が出た」「忘れていた何かを思い出した」と語った。
その旋律はSNSを通じて拡散され、やがて「月のレクイエム」と呼ばれるようになった。
学者たちが分析を進める中、その音はかつて月から放たれた音波と一致すると報じられる。
そして、月の崩壊時に発せられた“光の結晶”が、地球に届いたという記録が発見された。
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ミオはある夜、夢を見た。
月の丘に立つ、小さな少女。
赤い空。ひとびとが歌っている。
その中央にいた少女が、ミオに手を伸ばす。
「あなたが受け取ってくれて、よかった。私たちは、ここにいたんだって、わかってくれたから」
――彼女は、ユラ。
かつて月の終わりの日、最後の歌を歌った少女だった。
ミオは目を覚まし、胸に残る歌をそっと口ずさんだ。
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♪ わすれないで わすれないで
わたしたちの ひかりを ♪
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それは、ただの旋律ではない。
遥かな時を越え、星を越えて届いた、命の証だった。
そして今日も、ミオはあの旋律を奏でる。
風に乗せて、誰かの心に届くように。