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会話がつなぐもの

通学型の通信制高校に通う高校1年の息子は、雨でなければ、学校近くの公園でお弁当を食べている。

自由に外出できるのがこの高校の魅力のひとつで、気分転換にも良さそうだ。


今日の出来事で、公園での昼食中に、同じ高校の男子生徒が近づいてきて、隣に座ったという。

「何年生?」と聞かれ、「一年生」と答えると、

「僕は何年だと思う?」

「高三」

「正解」

そんな軽いやりとりのあと、「大学のことって考えてるの?」と聞かれたそうだ。息子が志望大学や学部を答えると、先輩は驚いたような表情をしたらしい。

どうやら彼は勉強に疲れて、誰かと話がしたかったのかもしれない。思いがけずしっかり返事が返ってきたことに面食らいつつも、短い会話のあと静かに去っていったという。

息子は「初めて話しかけられて、なんだか面白かった」と素直に話してくれた。


話は変わるけれど、息子が中学生で不登校になり始めた頃、私自身もつらい時期を過ごしていた。

そのとき私がとった行動は、とにかく「人と話すこと」

家族、友人、職場の同僚、市の教育相談……思いつく限りの人に話を聞いてもらった。何かヒントが欲しかったし、何より、自分の心がおかしくならないようにするためだった。


そうして人と話していくうちに気づいたのは、「話すこと」で気持ちが少しずつほぐれていくということ。

そして、「自分だけじゃないんだ」と思える瞬間が何度もあった。

私が落ち着くことで、息子も少しずつ安定していったように思う。


語弊があってはいけないけれど、他人の芝生が必ずしも青いわけではないと知ることは、決してマイナスではなかった。

「きっとこの人は幸せに違いない」と思っていた相手が、実は自分と似たしんどさを抱えていたとわかったとき、なぜだかその人の言葉がすっと心に入ってきた。

誰かの不幸を糧にするという意味ではなく、みんな何かしら抱えているという実感。

「だから自分のほうがマシ」と比較するためでもなくて、

程度の差こそあれ悩みは誰にでもあって、それを知ることで、どこか遠くの誰かとも心がうっすらと繋がっているような感覚になる。


ちょっとスピリチュアルな話に聞こえるかもしれないけれど、私は会話によって救われた。

きっと、息子の高校の先輩も、何かを求めて、無意識に「人」を求めたのかもしれない。

高校三年生の彼は、あれからまた誰かに話しかけたのだろうか。

彼にも、すっと心に入るような出来事が、訪れてほしいと思った。

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