放っておく勇気
家によっては、たとえば自分の子どもでなければ、どんな相手と結婚しても「おめでとう」と素直に言える。
でも、自分の子となると、相手の職業や家庭環境、背景などに口を出してしまう家庭もあると聞く。
幸い、私の両親は私を尊重してくれた。
人には言える。でも、我が子は違う——
そんな話をよく耳にするし、私自身も感じたことがある。
たとえば、よその子が不登校で、たまに放課後だけ通っていると聞けば、「偉いね」と素直に思える。
でも我が子が、毎日1・2時間目だけ出席して帰ってくるのが半年以上も続くと、「そろそろ6時間目まで頑張れよ」と思ってしまう。
きっと、そういうものなんだと思う。
子どもの愛情の感じ方はそれぞれで、ものすごく構っているのに「寂しい」と感じる子もいれば、自由にさせているのに「放っておいて」と言う子もいる。
息子の場合は、どこまでも「自由」を求めた。
そんな息子にとって、中学校はさぞかし窮屈だったと思う。理由がはっきりしない校則なんて、息子には耐えがたかっただろう。
不登校だった中学時代、息子はひたすらゲームをして、オンラインで知らない人たちとつながっていた。
不安は常につきまとっていたけれど、息子の自衛心と判断力の高さを信じて、私は放っておいた。
それが、息子にとっては正解だった。
一緒に暮らしながら、昼夜逆転し、ときには叫び声をあげる息子を前にして、それでも放っておくのは、正直、苦行だった。
もちろん、判断能力に不安のある子どもを、制限なくオンラインで遊ばせるのは危険もある。
あくまでケースバイケースだと思う。
でも、我が家の場合は、息子が望む環境を少しずつ整えていくことで、息子は殻を破り、今では野望に満ちた目で将来を語るようになった。
思えば、自分自身の育てられ方も影響しているのかもしれない。
夫を見ていて、「どうやって育てられたんだろう?」と不思議に思うことがあった。
お互いにそう感じていたかもしれない。
我が子とよその子。
もちろん違う存在だけど、我が子に厳しくなりがちなときこそ、少し引いて、客観的に息子を見つめ直せたらいいなと思う。
……とはいえ、腹が立つときだって、もちろんある。
弁当いらない日は、ちゃんと伝えて〜!




