誰かと比べること
中学二年生の頃、息子はネットで目にした「どうしようもない人たち」のことをよく話していた。
自宅警備員という言葉も、息子から教えてもらった。
正直、あまり聞いていて気持ちの良い話ではなかったが、なぜそんなことに注目しているのか尋ねると、息子は「こうはなりたくない」という気持ちを自分の中で育てるためだと答えた。
要するに、反面教師として見ていたようだった。
息子は、自分の可能性を信じたい気持ちと、逃げ続けたい気持ち、そして単純にゲーム漬けの毎日が楽しいという気持ちとの間で戦っていたらしい。
正直、良い方法だとは思えなかったが、それが息子なりのやり方だったし、私の常識で計ることができるものではないと感じた。
だから、そのまま見守ることにした。
振り返ると、高一になった今、息子はその手の話をしなくなった。
確かに、他人と自分を比較して「自分はマシだ」と思うことは決して褒められた行為ではないが、息子にとってはその時期が必要だったのだろう。
また、息子からあまり好きではないクラスメイトの悪口を聞かされることが私にとっては苦痛だった。
私が「その友達がどうであれ、あなたの価値は変わらない」と伝えても、息子はそれを否定した。
「それが言いたいわけではない」と。息子にとって、その時期に行っていた行為は、何かのために必要だったのだろう。そして今では、息子にとって必要ではなくなったものだ。
今、息子は自分を高めるような話をたくさんしてくれる。




