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うちの駄メイドが隣国の王子様へうざ絡みするんですが。

「はい、確かに王家発行の通行証ですね。どうぞ、よい旅を!」


「ありがとうございます、兵士さん」


 カラカラと車輪の音を立てる馬車に揺られながら、私とイネスさんは国境の関所を越えた。まだまだ森を拓いた街道が続くので、景観に大きな違いはないはずなのだが、違う国に入ったことへの緊張感と解放感で、私の心は少なからず浮ついた。


 やがて、一度は見たことのある、栄えた都が見えてきた。あの時は夜景だったが、今日は昼間なので全景がよく見えた。お城の屋根の向こうには、大海原が煌めきを放っていた。


「わあ…!これが隣国マルティネスですか!」


 隣国マルティネス。我が国と双璧をなす軍事力を保持する国で、特に神殿騎士と呼ばれる者達の実力は、群を抜いているとされている。


「確か向こうにも教会があるんですよね。お城へ向かう前に聖堂、いやこっちでは神殿ですね。そこでお祈りしていきますか?」


「いいですね!その話、乗りました!実はちょっと興味あったんですよね、隣国の教会に」


「そうなのですか?我が国と何が違うんでしょう」


「大元の母体は同じなんですが、教義解釈が異なります。同じ神様を信仰しているのですが、我が国では神に近づく努力を励行する一方で、隣国ではあくまで、神様は崇高の対象です」


 は?神に近づく努力?あのなまぐさ教会が?


「なんか意外ですね」


「ええ、本当ですよねー。まあ神様が肉や烏賊や酒をかっ喰らいながら、聖女のパフォーマンスを楽しむような存在だってんなら、我が国は近付くどころかマブダチになれてるでしょうね。聖女だった頃の私なら、感動のあまり鳥肌立てるところですが。ケッ!」


 イネスさんって、興奮すると語彙力爆発するんだよな。そういうとこかわいい。好き。


 馬車はいよいよ城下町に入ったが、そこは外で見るよりさらに賑わっていた。路上で楽器演奏している一団がいたり、パーティーを組んだ冒険者が屋台で買い物をしている。ポーションショップなども勿論あるのだが、昼間にも関わらず一般客がある程度入っていた。明らかに、市場規模に差があるように見えた。


「こっちの方が、商売繁盛してる気がしますね」


「ちょっと煩いですけど、これはこれで明るい雰囲気で好きです!それに屋台の匂いって、市場だとこんなに印象変わるんですね。うう、美味しそう!お腹空いてきました…でも、まだご飯には早いし…!」


 お?良い傾向だ。チャンスチャンス。


「一日三食食べても、神様は怒りませんよ。私も国民も、怒られたことありませんしね」


「ぐぬっ!?で、でもシスターたるもの…」


「今のイネスさんは、聖女でもシスターでもない、新人メイドでは?」


「ぐぬぬっ!?……じゃあ、後で…買い食いしても、いいですか…お給料前借りで…!!」


「預かってる旅費に食費も入ってますから、大丈夫ですよ。お祈りしたら、早速食べましょうね」


「はい!」


 よし、今後の一日三食ゲット成功。今日の旅は、これ一つでも大収穫だ。あとは日の出前の起床阻止を確保できれば万々歳。


 その後、神殿でおごそかな空気の中でお祈りした私達は、市場の屋台を食べ歩いた。まあ、イネスさんってば食うわ食うわ。見た目はそれほど大きく見えないのに、私の三倍は食べていた。


 幸せそうなイネスさんに、おやつの手持ちパンケーキを買い与えたことで、更なる堕落に成功。ミッションの八割が終了したことを確信しつつ、私達はようやく王城へと足を踏み入れた。


「おお…天井が高いですね!」


「そうですね…お見事です」


 あの時は緊張していて、周りを見る余裕が無かったが、よく見ればお城の有り様が明らかに我が国と異なる。うちはどちらかといえば、戦時を意識した作りになっている。例えば国王が指示を出す謁見の間まで、いくつかの扉が設置されていて、敵の到達までに時間が稼げる構造になっている。


 一方でこちらは、客を歓迎することを意識した作りになっている。迷い難いシンプルな構造で、開放感と絢爛さを演出しているようだ。市場規模の差といい、我が国よりも色んな面で余裕がある気がする。


「我が国の軍事力と双璧を担うって、本当なのかな…絶対こっちのほうが強い気がするけど」


「もちろん我がマルティネス王国のほうが、貴国よりも強力な軍を持っていますよ。クリス嬢」


「ふひっ!?」


 聞かれた!?しまったな…服の感じからして、結構偉い人に見える。


「すみません、圧倒されるあまり、つい本音が…って、あれ?私、名乗りましたっけ?」


「先々月の夕食会でお会いしてますよ。ユニークな人だとは感じていましたが、なるほど中々に正直者だ。あのディオンが心開くのも、わかりますな」


 私が毒を口にして倒れた日…?ディオン殿下を呼び捨てに…?……あれ、もしかして、この人…!?


「アーマン第一王子殿下!?大変失礼いたしました!どうか、ご無礼をお許しください!」


 ひええ、まさか今回のキーパーソンと、初っ端でかち合うとは…!運がいいのか悪いのか!


「はははっ、構いませんよ」


 私が全力で頭を下げ、イネスさんも混乱しつつ私に合わせたのを見て、アーマン殿下は朗らかに笑っていた。


 この人、素顔だとこんな笑い方するんだ。あんな貼り付けたような笑顔より、こっちの方がずっと素敵なのに、もったいないことをする。


「我々の方こそ、貴方には頭を下げねばならぬ立場だ。これくらいで目くじらは立てませぬ」


「そんな、滅相もない!寛大な御心に感謝いたします!」


「さて、ディオンに会いに来たのですな。では、奥の扉の右側に入ると良い。最近のあれは、いつもそこで過ごしていますから。では、私はこれで」


「ありがとうございました!」


 私達がもう一度頭を下げると、アーマン殿下は特にそれ以上付け加えるでもなく、堂々と歩き去って行った。


「お優しい人でしたね!」


「私達がお客様だからだと思いますけどね」


「そうかもしれませんけど、なんか自信に溢れてる感じもしましたよ!王者の風格といいますか」


 ボリエ殿下の、傲慢不遜という評価は、それほど的外れではないと思う。私のことに気付いていながら、軍事力では自国が上と堂々と言ってのけるとは、並大抵の胆力ではない。でも、もっとポジティブな印象を受けたのも確かだ。流石は第一王子…ということか。


 しかしそうなると、我が国に亡命するような人には、ますます見えなくなってくる。一体何がどうなっているのやら?


 私はアーマン殿下の言うドアを、ノックしてから中に入ると、そこには書斎と思しき部屋で本を読み耽るディオン殿下の姿があった。


「クリス殿。久しぶりだな」


「ご無沙汰しております、ディオン殿下」


「ん?横にいるのは、もしや聖女イネス殿か?三年前になるが、貴国へ赴いた際に祝福を頂いた覚えがある。随分と背が伸びたようだ」


 なんと、顔見知りだったか。しかしこの方も人付き合いが苦手な割に、よく覚えてるものだ。私なんて相手が第一王子でも顔を覚えられなかったのに。


「今や元聖女です、殿下。教会から追放されて、今はクリス様の下でメイドをしております」


「追放されて…メイド?クリス殿の下でか?しかしそれは…」


 あ、やべ。……まあ、いいかこの人になら。


「実は先日、男爵位を頂きまして」


「そうであったか。おめでとう。君の勇気ある行動を思えば、相応しい褒賞だ」


 微笑むディオン殿下、まじイケメン。真正面から食らうと、流石に私でもちょっとドキドキするな。


「ありがとうございます、ディオン殿下。ですが…」


「ああ、内密にしておく。それで、手紙の件だったな」


 話が早くて助かる。私はカバンの中から、例の手紙を取り出して、中身を確認してもらった。しかしディオン殿下からすれば、確認するまでも無かったのだろう。


「かなり似せてあるが、俺の字ではない。そもそも俺は、まだ手紙を書き終えてない」


「そうですよね…」


 ディオン殿下の手紙が、10枚以下に収まるなんて、通常なら有り得ない話である。


「だが確かに、この内容では確認しないわけにもいかなかったな。文が短すぎるのも、緊急と思えば逆に説得力を持つ」


「ええ。ですが先程、偶然アーマン第一王子にもお会い出来ましたが、亡命を考えているような様子ではありませんでした。ディオン殿下から見て、どうですか?」


「俺はそうでもないが、本来王族は嘘やはかりごとに長ける生き物だ。長兄はまさにそれを得意とする人だから、本気で亡命を考えているとすれば、その動きを把握するのは身内でも難しい」


 流石に現役が言うと、言葉の重みが違う。


「しかし、やはり亡命は考えにくいと思う」


「と言うと?」


「王位より優先する理由が無い」


 その眼には政治を見据える力強さと、凍えるほどの冷静さがあった。私には親しげに接するディオン殿下だが、そこはやはり王子様なのだ。


「長兄が名実ともに王位継承権一位で、現在第二位である俺が即位に前向きではないことを、長兄も知っている。亡命する理由も、メリットもない」


 なるほど…じゃあやはりこの手紙には、デタラメが書かれていたのか。


「でも、それならこの手紙は誰が、何の目的で書いたのでしょうか」


「わからんが、この手紙に使われている紙はかなり上質だ。平民や下級貴族が、いたずら目的で買ったにしては、少々凝り過ぎている。何かしら狙いはあると思うべきだろうな」


 結局何もわからないままか…これはただの旅行で終わりそうかな。報告は楽だけどさ。


「ありがとうございました。このようなことで、お時間を奪ってしまい、申し訳ありません」


「構わない。俺も君に会えて嬉しかった。ところで、もし一泊する予定なら、今日は夕食を共にしないか?良い店を知っている」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 元々泊まる予定だったし、断る理由はない。


「イネス殿もご一緒に如何だろうか。追放されたなら、もう肉や酒は禁食ではあるまい」


「よろしいのですか!?是非ご一緒させてください!」


「決まりだな」


 私とディオン殿下にとっては一ヶ月ぶり、イネスさんに至っては三年ぶりの再会である。意外にもディオン殿下が選んだのは、城下町の中でも大衆向けの、冒険者が使うような食堂だった。服装も、普段からは考えられないほど着崩しており、胸元が全開だ。OH,セクシー。


「食堂…いえ、酒場ですか?」


「前回は最高級を用意してくれていたが、実はこっちの方が好きなんだ。高級レストランは、ドレスコードがあるからな。肩が凝っていけない」


 それにここなら、君が毒を食う心配も無い。そう口の端を持ち上げた彼の顔は、王族と言うより、まさしく冒険者のそれだった。


「おー!ディオン王子、仕事上がりかい!」


「まあな」


「両手に華たあ、やっぱ王族は違うねえ!この色男!」


「お前も悪くないぞ、この色男」


「おいおい嫌味かよ!わはははは!」


 冒険者達から声を掛けられているのを見るに、本当に常連らしい。一通り声掛けが終わると、周囲も気にすることなく食事を再開し始めた。


「会話は苦手だったのでは?」


「今も苦手さ。だがやつらはそれを分かってるから、一言二言で許してくれる。俺には勿体無い、気持ちいい連中なんだ」


 ディオン殿下は、かつて自分には友人がいないと言っていた。だが少なくとも彼らの方は、ディオン様に友情を感じているんじゃないか。


 似た者同士だと思ってたけど、ちょっと違ったな。ディオン殿下の方が、ずっとちゃんと、人と向き合ってきてたと思う。私は人付き合いが面倒で、せっかく学園に通わせてもらったのに、結局は薬草学に逃げていた。


 人付き合いは苦手だが、人嫌いではない。ディオン殿下のことが、また少し分かったような気がする。


「この席にするか」


 さて、大衆食堂は周囲こそ賑やかだが、物静かな方である私とディオン様が主役の食事会である。私たちのテーブルは、前回の夕食会同様、とても落ち着いた雰囲気になった――。




「れねー!あのカースンとかいうすうききょう、ぜーったい部屋でワインのんれましたよ!おつまみはねー、しおづけ肉と、魚卵のかんづめ!本棚にね、隠してあるんれすー!そうじのときにみつけましらー!あはははは!」


 ――はずだった。


「イネス殿、飲み過ぎではないか?」


「あのハゲ頭のうすらとんかち様ほどのんれませーん!!それより殿下も、ほらのんれ!!ほらー!わらしの酒が飲めないのかー!」


「そうだな、頂こう」


「イネスさん、イネスさん!それはまずいですって!?相手王子様ですよ!?」


「まずいー!?うまいに決まってるれしょー!?こんらに美味しいのにまずいわけあるかー!ほらークリスしゃまも飲む!のーむーのーー!」


 ……イネスさんの暴走劇が収まったのは、彼女の大ジョッキに8杯目の麦酒が注がれ、それを飲みきった後だった。


「ああー……しあわへれすー……かみしゃまとまぶだちー……えへへー……♪」


 彼女がここまで酒癖が悪いとは思わなかった。いや、そもそも酒を飲んだのが初めてらしかったので、酔いの抑えが効かなかったのかもしれない…けど、それにしたってさー…。


「うちの駄メイドが、すみません…」


「気にしていない。むしろ楽しいよ。こんなに肩の力を抜いて食事をしたのは、久しぶりだ。良ければまた誘わせてくれ」


「本気で言ってます?……王子様って懐が広いんですね」


 評価が珍獣か、大道芸人のそれですよ、元聖女様?私は申し訳無さ半分、呆れ半分な面持ちのまま、三杯目の大ジョッキを口にした。うん、美味しい。でもちょっと酒精が強いかな。


「そういえば前から気になってたんですが、王族の方々って平民に対する扱いが、あまり統一されてませんよね。あれはどうしてですか?」


「個人の政治信念による部分が大きいな。俺は民が国を作ると考えているから、こういった大衆食堂も好んで使うし、身分差もそれほど気にしない。だが、長兄は選ばれし優秀な者が、国を治めるべきと考えている。いわゆる貴族主義だ。だから有力な貴族を抱えつつ、力無き平民には慈悲の心で接する」


「ふーん…」


 私から見れば、ディオン殿下が王様になった方が、豊かな国になりそうに見える。でも、なんとなくそれは口にしない方が良さそうな気がした。


 なんでなのかは、分からない。


 ただ言おうとした瞬間、胸が痛んだ。


「…うちの殿下と奥様も、あまり身分差を気にした様子は無いんですよね。ああ、いや、前はそうでもなかったか。私が学生だった頃は、二人ともどこかで線を引いているように見えましたし」


「ボリエ第二王子か。彼は秀でた統治者になると思う。出来れば彼とは改めて、酒を飲み交わしたいものだ。薬抜きでな」


「そう思います?私はちょっと不安ですね、結構キワモノですから」


「どんな組織にせよ、上に立つものはどこかしら尖っているものだ。俺はそれを個性と見るようにしてる」


「個性かー…統治される側が、そう思ってくれるなら良いですけどね」


「まあ、そう言ってくれるな。それに君から見れば、俺もキワモノの一人だろう?こんなに人を選ぶ人間も居まい」


 そう笑うディオン様は、前回の食事会の時よりもずっと楽しそうだった。きっとこれが、彼の本当の姿なんだろうな。


「……そこは否定はしません。私もアブノーマルですしね」


「お互いに難儀だな」


「そうですね」


「もう一杯飲むか?」


「いただきます」


 喧騒の大衆食堂。私とディオン殿下は、熟睡するイネスさんの寝顔を見ながら、長い夜を酒と共に過ごした。これは後日ディオン殿下から聞いたのだが、普段より明らかに口数の多い殿下と、謎の娘の関係性について、周囲の話題はそれ一色になっていたらしい。


「次は、また貴国で食事をしたいものだな。出来れば王城以外で」


「では私が知ってる中で、一番人気の店を紹介します。あそこは魚料理が絶品です。安いですしね」


「それは楽しみだ。その時は是非彼女にも同席してもらおう」


「あれ本気だったんですね…でしたら彼女の酒は、今日の半分にしませんと」


「それは残念だ」


「殿下…」


「はははは」




 私はこの食事会を、これまでで一番好ましいものに思えていた。


 数日経った今でもそれは変わらないし、大切な思い出だ。


 でも、それと同じくらいの後悔を、同時に抱えることになる。


 あの日、一泊せずに帰っていれば、もっと違う未来があったのではないかと、思わずにはいられないのだ。


 そう、あの手紙さえ、無ければ。

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