聖女の予言は焼き肉とともに
一旦ここまで。ここからの更新頻度は、まったりいきます。
教会。
それは神に祈る場所。
神の言葉を頂く場所。
そこに身分は関係無く、平民であろうと貴族であろうと、救いを求めて祈る者は皆救われる。
「だとすれば聖女などという存在は、初めから必要ありません。人と時代、そして信仰が必要としているからこそ、私という存在が赦されているのです。私たちは所詮、教会の象徴に過ぎないのです」
夕闇に染まりつつある教会の中、そこだけ不可思議なほど輝いているステンドグラスを背にしながら、少女が一人立っていた。
「貴方は誰の赦しを得て、存在しているのですか?クリス・フォン・ルグラン」
その指と唇は、幼さと達観を同居させている。
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「……久しぶりに見たな」
私が目を覚ましたとき、まだ外は暗かった。どうやら、いつもより早く目覚めたらしい。
あのヒューズ殿下の嫌味を頂戴して以降、さっぱり見なくなっていた予知夢だったが、このタイミングで見ることになるとは。
「見た感じ、あれは昨日と同じ教会だった。時間はたぶん、夕暮れ時。祭壇に立っていたのは、予言の聖女かな…?」
ステンドグラスからの光がちょうど逆光になっていて、顔や背格好はうまく判別できなかった。だがあの纏っていた神聖な空気は、聖女そのものだった。
そして問題は、彼女の言葉だ。
「信仰を軽視しているような発言だったな…本当に聖女か、疑わしいくらいの。それと、最後の言葉の意味もよくわからない。私に言ってるのは、確かなんだろうけど…」
うーん…情報が少な過ぎて、考えても考えても、全然答えを導き出せない。そもそも私は、あまり難解な言い回しを聞き取るのが得意じゃない。未だに殿下達の政治談義では、何を言ってるか理解できないくらいだし。
これは考えても無駄ってやつかもしれない。どうせこの手の夢は、何度も見るわけだし、焦らず現実の情報を集めるのが賢明かな。ひとまず、今日は殿下に下見の報告をしないと。
「…あ、そうだ」
正午前に教会へお祈りに行っても良いか、許可も頂かないとな。あの観衆と茶番は見るに堪えないが、シスター・イネスと過ごす時間は悪くなかった。出来れば彼女とも友達になりたいものだ。……何より、そろそろ王族以外の友人が欲しい。今のメンツは、あまりにも癖と身分が強すぎる。
「さて、では下見の報告を聞こうか、クリス秘書官」
「はい、殿下」
その日、私は殿下と奥様に、前日にあった出来事をありのまま報告した。
「それはすごいことね。その予言が本当に当たったら、素晴らしいことだわ。だけど…ねえ?」
「ああ、胡散臭いな」
御二人とも身も蓋もないなぁ!?まあ、言いたいことはわかるけどさ…。
「とんだ茶番だ。実際に見たお前なら、これのカラクリも分かるだろ」
「ええ。あれは茶番というか、出来レースですね。必ず当たる事柄を、予言という形で表現してるだけです」
つまりは全て仕込みなのだ。
まず聖女に差し込んだ光は、本物の太陽光だろう。天井の何処かに窓が隠されていて、角度調整しながら聖女に光を当てているだけ。正午きっかりに祝福を始めるのも、太陽の角度を調整しやすくするため。
風は祭壇奥の扉を開放しつつ、背中側の窓をこっそり開けて風通しを良くしただけだ。元々聖堂内は人混みのせいで結構暑くなってたから、外の風が入るだけで涼しく感じるのだ。
「そして予言を与えたのは、婚約指輪を付けた敬虔な信徒。信徒の方は選ばれると思っていなかっただろうが、婚約者の男性信徒共々、入念な下調べを済ませてあったのだろう。もしかしたら過去に、結婚の相談も受けていたのかもな。当然二人は近日中に結婚するだろうし、やはり予言が当たったと吹聴するだろうさ」
しょせん予言などその程度か。そう心底詰まらなさそうに吐き捨てる殿下に対し、奥様は苦笑いを浮かべているだけだ。私も他人事であれば、苦笑いどころか抱腹絶倒の末に昏倒するところである。
「唯一の救いは、まともなシスターが一人育っていることだけだな。そもそも聖堂を食い物と酒で汚すなど、あってはならんことだ。それを許す教会も、邪教転落一歩手前とみて良さそうだ」
「邪教は少し言い過ぎな気もしますわ。実際に救われている人々もいるわけですし、娯楽が少ない中で、あのショーが息抜きになっている点も否定できません。それに宗教自体は、今後も必要なものだと思います。そう目くじらを立てることもないのでは?」
寛容な姿勢を見せるアベラール様に対し、珍しく殿下は不快感を隠さなかった。しかしそれは感情に支配されたからではなく、断固とした価値観が備わっているからである。
「甘いぞ、アベラール。それは大衆芸人であれば許されるかもしれんが、彼らは宗教団体だ。免税や特例措置も数多く適用されている団体が、真面目に納税している芸人たちの仕事を奪うことは許されん。奴等が免税されているのは、いつでも民衆から必要とされる一方で、常に収益性と生産性が低い事業だからだ」
収益性がある事業を税制で優遇する理由などない。儲かるなら納税させるべきなのだ。そう言い切る殿下の顔は、完全に政治家そのものだった。そこら辺の是非は私にはまだよく分からないが、あまり信心深くない私からすると、少なくとも一定の正しさは備えているように思える。
アベラール様にも思う所があったようで、この時ばかりは殿下の妻としてではなく、一人の女性として背筋を伸ばしているように見えた。
「失礼いたしました、ボリエ様。私が不勉強でしたわ」
「いやすまん、俺もちょっと熱くなり過ぎた。だが俺の快不快を抜きにしてもだ、教会の拝金主義は是正する必要があると思う。法で規制すべき点も多そうだ。クリスはどう思う?」
…なかなか難しい問いかけをしてくれるじゃないか。頼ってくれるのはうれしいし、私だって教会をおしおきしてやりたいが、法規制のことまで私から口出しすることは出来ない。私自身、法に関しては不勉強だからだ。
それでも、今の私に言えることがあるとするならば。
「すみません、私には難しい内容で、よくわかりません。ただ…」
「ただ?」
「シスター・イネスのような子こそ、信仰の範であるように思えます。私としては、ああいった子を大事にしたいですね」
これには御二人そろって頷いて頂けた。
さて、今日もお昼前には聖堂へ足を運ぶとしよう。だがあの大観衆だから、恐らく中に入るのは難しいだろうな。
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「…うわ、なんじゃこりゃ!?」
…聖堂前に到着した時には、すでにとんでもないことになっていた。
見渡す限りの人、人、人だ。中どころか外にまで溢れている人たちの周りには、寄付金を求めるシスターたちが汗水を流して走り回っている。どうやらそれなりに儲かってはいるようだが、汗水を流す理由が不純過ぎやしないか?
なんか屋台まで立ってるし、あろうことか肉や海鮮を焼いてる匂いまでするし、焼いてるのシスターだし…。
「ギチギチで中に入れないし、うるさいし…これじゃお祈りどころじゃないでしょ。聖堂まで何しに来てるんだか」
「全くです!」
呆然とする私の横に、聞き覚えのある女の子の声がした。
「神様にお祈りする時は、静かな気持ちで自分の心と向き合わないといけないのに!聖女様に会えばご利益があると思うのは、大間違いです!」
イネスさんだ。どうも相当ご立腹なのか、頬をパンパンに膨らませている。うむ、かわいい。アベラール様とは別方向の可愛さがある。好き。
「こんにちは、シスター・イネス。今日もお元気ですね」
彼女は私に気付いてなかったのか、私の顔を見るなり顔を綻ばせてくれた。
「こんにちは、クリス様!今日もお祈りに来てくださったんですか?ですが、これでは…」
「…まるでお祭り騒ぎですね」
「屋台出てますしね…」
この喧噪と肉の匂いの中で祈るより、昼の酒場で祈る方がまだ神様に届きそうだ。いやほんと、どんな聖堂だよ。
「イネスさんは、お手伝いしなくていいんですか?他の皆さん、忙しそうにしてますけど」
「あ、はい。手は足りてますので」
そうなのか?あっちで魚介を焼いているシスターが、目を回しているが。
「それよりクリス様、もしお時間があるのでしたら、少し歩きませんか?なんかここ、落ち着かないので」
「え?え、ええ、それは構いませんが」
「やった!よし、行きましょう!疾く、行きましょう!今すぐに!」
私の手を引っ張って走るイネスさんの目は、活力に満ちたまま深淵に沈んでいた。これ、もしかしなくても…サボリの口実に使われたのでは?気持ちは、わかるけどさあ…ていうか歩くんじゃなかったんですか!?めっちゃ全力疾走ですけど!!
イネスさんが足を止めたのは、聖堂周りの喧騒が遠くなり、焼き肉の匂いがしなくなってからだった。城下町の中では主に貴族たちが住まう、上層の公園で私たちは腰を落ち着けた。
ていうか、主に私が限界だったので、この公園で休ませてもらった。
「はあ…!はあ…!はあー……あっはは!ここなら、少しは、落ち着けそうですね!あー!いっぱい走ったらすっきりしましたー!空気がおいしいー!」
そ、それにしても…!
「はあっ!はあっ!ぜぇ…!ぜひぃ…そ、そうです、ね…!」
この子、スタミナおばけか!?全力疾走でここまで走って、笑う余裕があるとは…どんな生活してたら、こんな体力付くんだよ!?シスターって皆そうなの!?
「あっはははっ!はははっ………~~っ、うわあああああ!!!やああああってられっかあああああー!!!」
明るく笑い続けていたイネスさんだったが、人が変わったように急に叫びだした。流石の私もびっくりするばかりで、言葉が出ない。
「教会が当代聖女をアイドル扱いしてどうするよ!?芸能事務所かよ!?宗教はエンタメじゃないっての!!信者さん相手に乞食みたいにお金集めして、みっともないって思わないわけ!?しかも外の屋台は何あれ!!肉!?魚!?シスター自ら生き物を焼いて売るとか、どんだけ尊厳破壊してるのよ!?クリス様もそう思いません!?」
「はい、思います…」
「ですよね!?私、間違ってませんよね!?」
はい、全部、その通りだと思います…。
「はあああ……司祭さん達は商売っ気を隠そうともしないし、シスターの皆さんも生活が豊かになるんだからって反対しないし。なんかシスターの負担軽減のために、メイドさん雇おうとか言いだしてるし…教会はどこ目指してるんだか」
「メ、メイド?でもシスターって修行のために、清貧と自助を是としてませんでしたか?」
「肉食も勧められてません」
「ですよねー…屋台で焼いてましたけどねー…」
いや、本当に、なんでああなったんだろう…って、予言の聖女様をお迎えしてからか。じゃあ彼女が元凶なのか?…いやいや、聖女一人のせいにはできないか。
「あの、イネスさん」
「はーい、肉焼きシスターズのイネスさんですよー」
うわあ、目がドロドロに死んでるよぉ…でも聞くべきことは聞かないと。貴重な情報収集源でもあるのだし。
「予言の聖女様って、どんなお方なのですか?昨日見たときは、如何にも聖女って雰囲気でしたが、なんというか…」
「あ、クリス様から見ても、清楚さが足りないように見えましたか?」
それは貴方もいい勝負です。
「というより、聖女らしいのは服だけという印象でした。彼女は本当に聖女なのですか?」
「紛れもなく教会が認定した聖女ですよ。それは嘘じゃありません。ただし、職業聖女と言った方が正確かもしれません」
「職業聖女?」
またすごい単語が出てきたな。求人広告で聖女が募集されてるのは、流石に見たことないんだが。
「クリス様は、聖女になる条件をご存じですか?」
「詳しくは知りませんが…シスターの中から、特殊な力を持ってる女性が選ばれると聞いたことがあります」
「正解です。シスターだった彼女は、ある日突然予言の力を発現させたことで、現司祭の目に留まりました。ですがクリス様もお察しのこととお思いですが、あれは詐欺に類する力です。彼女には、本当の意味で未来を予知する力なんてありません。全て入念な下調べと、時に演者を雇うことで、確実に当たる予言を作り上げているのです。もちろん教会側も、それは全て承知しています」
やはりそうなのか。そこはほぼ予想出来ていたので、驚きはないけど。
「なるほど、偽物の力で聖女になったから、職業聖女というわけですか」
「いいえ、違います。元々聖女が謳う奇跡の多くは、種が仕込まれたものです。傷を瞬時に癒したり、結界を張ったり…それらは全部ポーションや特殊な装置で再現可能なものばかりですから」
マジすか。それは普通に知りたくなかったです。
「偽物か、本物かは、この際それほど重要ではありません。その聖女の力を教会の収入源として売り出し、本人もそれを望んでアピールしているのかが重要なのです」
「つまり、当代聖女は予言の力を教会に売り込むことに成功し、見事聖女になった後も予言の収益化に成功させているわけですか」
「はい」
聖女の力を商売に使う人だから、職業聖女ってわけね。
「三日後には王子様が、王様の代わりに視察へやってくると聞きました。多分、今も教会のお金と人脈を総動員して、王子様向けの予言を作ろうと必死になってると思います」
はてさて、どんな予言が飛び出すことやら。
「最後に一つだけ。先代聖女はどうなったのですか?」
「解任されました。もう彼女が、聖女に戻ることは無いと思います」
さもありなん。まともな神経をしてたら、絶対お断りだよね。
「…そろそろ正午ですね。ゴミ拾いしなきゃいけないし、私はもう行かなきゃ。クリス様、今日はありがとうございました。お陰様で久しぶりに、とても楽しい気分を味わえました」
「私の方こそ。数日は教会には通えませんが、また必ず伺います。その時はお茶でもご一緒してください」
「ええ、是非!」
握手しながら、すきっ歯の歯を見せて笑う彼女には、やはり清楚さが不足していた。しかし、その手は清貧と自助を体現していた。
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「もうお祈りは終わったのか」
「覗き見ですか?悪趣味ですね」
「よく言うよ。俺の日程把握した上で、わざわざここで聞き取り調査してたくせに。…で、どう思う?俺はやるしかないと思ったが」
「……ええ、不本意ながら、私もそう思いました。イネスさんは、絶対喜ばないでしょうけど」
「ついでにアベラールのやつもな。事前に謝っておかないと。お前も、とびきり甘いポーションの用意をしとけ」
ごめんね、イネスさん。
私、きっと貴方から、一生恨まれると思います。
……