嘲笑
王城と言えど、清掃の頻度や力の入れ方は場所によって変わる。謁見の間のように、来客を迎えるような場所は徹底的に清掃が施される一方、地下牢のように犯罪者を格納する場所は最低限で済まされる。
こんな場所には一生来ることはないと思っていたが、まさかこのような形で訪れることになろうとは。
「カビ臭いですね…」
「実際、呼吸器系の疾患を患う者は多いな。だがここに入るのは重犯罪者ばかりだから、環境改善のための税金投入は後回しにされている」
私は殿下との約束通り、顔の見えない護衛と合わせた三人だけで、地下牢の奥へ向かっていた。思えば学園卒業後に殿下と実質二人行動をするのは、殆ど無かった気がする。大抵はアベラール様が横にいたから。
途中の牢には、収監されて時間が経ってるのだろう、複数の囚人が入っていた。よほど女に飢えているのか、私を見ておぞましい動きをしている男囚が複数人いたが、意識的に無視した。
「クリス。相手はまともな精神状態じゃない。何を言っても、やつの心に響くことはないと思う」
「それでも会わせてくれるんですね」
「会わせるべきではないと、今でも思っている。ここに連れてくるべきではないとも。だがそうしないと、俺の見ていないところで会おうとするだろうからな」
「それはそうです」
すみませんね、面倒なタイプで。
「…この先の、左の牢だ。覚悟して臨めよ」
「はい」
私は最も暗い牢の前へ立った。暗すぎて奥が見えなかったが、横に立った護衛がランプに火をともしたおかげで、闇が暴かれていく。
…こいつだ。こいつが私に偽の手紙を送り、不在の間に無力な母を殺そうとした、卑劣な殺人未遂犯だ。
「……誰だ」
「面会者だ」
かすれた声だった。だがどういうわけか、知らない声ではない気がする。
いや……まて、そんな馬鹿な!?何故あの人が、ここにいる!?
「ブリアック第二王子殿下…!?」
やつれているし、酷い相貌だが、狼狽する様子が特徴的だったので覚えている。この人はボリエ殿下に、毒が塗られた肉を食わせようとした張本人だ…!
「その、声…その声は…!!」
怨嗟の声を上げた男は、鉄格子の先にいる私に向かって突進しようとしたようだ。だが両足を椅子に固定されているために上手く行かず、バランスを崩して椅子ごと転倒した。
「見つけたぞ、平民の小娘ぇ!!さあこっちにこい!!その喉笛を噛み切ってくれるぞ!!」
「どうして、この人がここに…?まさか、この人が私の母に襲いかかったのですか!?」
「そうだ」
「何故です!?この人は母とまったく接点が無いではありませんか!?」
「…ああ」
殿下は表情を固くしたまま首肯した。この時、私は犯人に対する憎悪や復讐心よりも、疑問の方が上回ってしまった。
「この男の動機は極めて稚拙かつ理不尽だが、王位継承権を剥奪される要因となった、お前に対する復讐だったんだ」
「復讐ですって…!?」
「くひひひ…そうだ、お前だ…お前が悪いんだ…!」
彼は涎が垂らしたまま、下卑た笑いを浮かべていた。他囚人とは別の、純粋な殺意に裏打ちされた、狂笑だった。
「私は、確かにあの時、薬を塗った…。だが、あれは胃の中でゆっくりと効くはずの、ただの睡眠薬だった!お前がわざと口の中で長々と味わったりしなければ、ボリエ殿下は朝までぐっすり寝ているだけで済んだのだ!!お前が!!お前が余計なことをして、大仰に倒れたりするから!!」
な…何を言っているんだ?毒見役を掻い潜って、殿下に直接薬を盛ろうとしたのは、そっちではないか!私に責任転嫁するつもりか!?
「それは貴殿の身勝手な意見に過ぎないと、何度も言ったはずだぞ、ブリアック。貴殿は俺に薬を盛ろうとした。彼女が俺を救った。その事実は動かん。貴殿の言うような、程度の問題ではないのだ」
「私だって、あそこまで強力な薬だなんて、知らなかった!そうだ、私は被害者だ!そこの平民が服用方法を誤っただけだ!そいつが私をはめたんだぁ!!」
「程度の問題ではないと言ったぞ、ブリアック。それに今日は、貴殿と裁判ごっこをするために来たのではない。友人を、憎き敵であるお前に会わせるために来たのだ」
薄汚れた男は、殿下の冷淡な目から逃げるように、私の方へと目線を移した。
「平民!あの時お前さえしゃしゃり出なければ、今頃は私が王だったのだ!!ボリエ王子が眠る間に催眠を施し、私の傀儡にすることができれば、我々の未来は安泰だったというのに!!お前さえ…お前さえいなければ!!」
あまりに身勝手な言い訳に、呆然とするしかなかった。だが恐らく、この男と話す機会は、今後二度と来ないだろう。私は気持ちを奮い立たせ、一番聞きたかったことを聞いた。
「…何故私ではなく、私の母を狙ったのですか?」
それに対する返答は、血の滴るような嘲笑に彩られていた。
「何故だと?はっ!お前を苦しめられるなら誰でも良かった!だがお前の自称友達であるボリエ殿下や、その妻アベラールを狙うのは困難だった!単にお前の母親が、一番手近だったんだよ!ははははっ!ざまあみろ!お前の母親は、最後までお前の名前を呼んでいたぞ!クリスー!クリスー!とな!お前にも見せてやりたかったわ!!ひはははははっ!!」
狂ったように嗤い続けるブリアックから、私はどう見えていたのだろう。私は憎しみのあまり、両手に力が入りすぎて、爪が食い込んだ手の平から細い血の筋が流れ落ちていた。冷静さを失い、何か武器になるものは無いかと、思わず周囲を探してしまうほどだった。
「笑うな。質問に答えろ」
そんな私を冷静にさせたのは、ここまでずっと無言だった、護衛の声だった。
「本人を狙わなかったのは何故だと聞いている」
「そ…それ、は…」
「おい護衛兵、出過ぎた真似をするな。それは彼女が聞くべきことだ」
確かに出過ぎている。しかし、不思議と不快感は無かった。
「…そうです、答えてください。何故、私を狙わなかったのですか?」
「うるさい!お前を殺すつもりだったに決まっている!生まれてきたことを後悔するほど、散々に辱めてからな!だがあの時、お前はこの国に居なかったじゃないか!だからお前の母親を殺してから、じっくりと時間を掛けてお前を殺した方が、より大きな絶望を与えられると思ったんだ!」
……なに?今、何と言った?
「ちょっと待って。貴方は私が、隣国に出発することを知らなかったんですか?」
「お前こそ、何故我が国に何度も足を運ぶ!?どうせ怪しげな草や、その貧相な身体でも売りに行っていたのだろう!汚らわしい売女が!!」
「いい加減にしろ、ブリアック。それ以上俺の友を侮辱するなら、貴殿の処刑を本日この場で行うことになるぞ」
どういうことだ…?暴行犯であるブリアックと、手紙を書いた主は別だというのか?
「じゃあ、一体誰があんな手紙を…?」
ある意味で一番怪しいのは、アーマン第一王子殿下だ。彼は帰国の際に私の立場を説明し、狙われるに足る理由があることを再認識させた張本人だ。それを最初から理解できていた彼なら、私の不在を利用して様々な謀略を巡らせることが出来ただろう。
今回で言えば、ボリエ殿下の忠臣…らしい私の母を害することで、間接的にではあるが、ボリエ殿下の力を削ぐことが出来る。…と、考えられなくもないだろう。実際はそこまでの影響は無いはずだが。
ただ、これはやり口があまりに迂遠だし、アーマン殿下ならもっと効果的な策を使うだろう。それこそ私の母ではなく、私自身を自国で謀殺出来たはずだ。しかしそれを実行する機会は山程あったのに、実行しないどころか、むしろ厚遇して帰している。
同じことは他の人間にも言えるので、やはりアーマン殿下の言っていた通り、マルティネス王国の人間ではないのだろう。こちら側の人間だ。
こちら側で怪しいと言えばヒューズ殿下や、その一派なのだろうが…これは言い出したらきりが無い。それに残っている証拠が手紙だけでは、特定は難しいだろう。
「もう一度聞きます。私が憎くて、このような暴挙に出たのですか?」
「何を賢しげに…!お前こそ、何度言えば理解できるのだ!お前が憎い!殺してやりたいほどにだ!大人しく私に殺されろおおお!!」
やはりブリアックは私に対する、個人的な復讐を優先して動いている。母を狙った理由も、嘘ではないのだろう。
だがこの男…確かに嘘はついていないが、本当のことを全て話していない気がする。いや、というよりブリアックは…。
「…誰かを庇っている、いや泳がされている?」
「何?どういう意味だ」
「殿下、この男の言っていることは不自然です。私を狙う明確な目的があるのに、計画性が無さすぎます」
「それはこいつの目的が、歪んだ復讐心に裏打ちされているからだろう。皮肉だが、この男が自供する通りだ」
「であるなら私を殺すために、私が帰ってくるのを待つはずです。その方が確実ですから。そもそも彼は私の母に、会ったことが無いのですよ?どうやって襲った女が私の母だと、確信できたのですか?」
「…確かにそうだ。無関係かもしれない女を襲うくらいなら、お前を襲う方が確実だろうな」
そう、彼の発言と行動は矛盾している。復讐心は本物だろうし、そのための行動を起こしたのも事実だ。だが、私が既に男爵であることは知らない割に、私の家族構成を把握してるのは、知識に偏りがあり過ぎる。
つまり、ブリアックにお母さんの顔を、教えたやつがいるのだ。この国の何処かに。
「唆したやつがいる…」
護衛の一言は、簡潔だが的を射ていた。私は同意するように頷くと、未だ地べたを這うブリアックを傲然と見下ろした。
「殿下、これの処刑はお待ち下さい。ブリアックは犯人というより、犯人が持っていた凶器に近い存在だと思います。処するのは、凶器を操った犯人を見つけてからでも、遅くはありません」
「いいのか?お前はこいつの処刑を、誰よりも望んでいるはずだろ」
護衛が腰の剣に手を伸ばしたが、私はあくまでもそれを拒否した。
「今でもそう望んでいます。ですが、これが死ねば、犯人との線が切れます。生かしておいて、誰を庇っているのか、あるいは庇わされているのかを洗い出した方が得策です」
「さっきから何を意味のわからないことを…!私は誰も庇っていない!!私は私がやりたいように、行動したんだ!!お前を絶望させてから殺すために!!」
「そうかもしれませんね、ブリアックさん」
私は敢えて腰を下ろし、少しだけブリアックに目線を近づけた。
「でも多分、貴方もまだ生きてたほうが良いと思いますよ?お互いのためにもね」
「なに…どういう意味だ…?」
「貴方の言うことも、本当かもしれないからですよ。睡眠薬を咀嚼したくらいで、人は意識を失いません。あれは眠ったのではなく、昏倒させられたのです。強力な幻覚剤によって」
「げ…幻覚剤!?違う、違うぞ!私は幻覚剤など手に入れてはいない!!」
「ええ、そうでしょうね。だったらーー」
ーー薬のすり替えをした犯人、知りたいでしょ?
「……っっ!?」
「協力してくれたら、処刑をする前に、犯人を教えてあげます。だからちゃんと、生きてた方がお得ですよ」
ブリアックはそれ以上、何も発しなかった。ただ私を信じられないような目で凝視し、カタカタと体を揺らすばかりだった。
何を怖がる必要があるのやら。今年、学園を卒業したばかりの小娘に。
「帰りましょう。用は済みました」
「…あ、ああ」
帰り際に、尿臭がした。だが始末をするのは、私の仕事ではない。
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殿下の私室へ一度戻った私達は、ひとまず用意された椅子に腰掛けて、一息ついた。すぐさま紅茶が用意された辺り、さすが王城である。
「はあ…無茶をするな、クリス。肝が冷えっぱなしだった」
「すみませんでした、殿下。あと、護衛兵さんも、ありがとうございました」
「それが仕事だった」
そういって兜を脱いだ彼の顔は、私がよく知る男のものだった。……ていうか本人じゃないか!?なんでまだここにいるんです!?
「ディオン殿下!?」
「黙っててすまなかった。ボリエ殿に無理言って、まだ滞在させてもらっていた」
「本当だよ。陛下と貴国への説明と調整に、どれだけ苦心したことか」
「感謝する、ボリエ王子」
「おう。次来る時は、良い酒持って来いよ」
ディオン殿下によれば、打診をしたのは私達が帰国してすぐだったらしい。私が暴行犯に接触しようとするのを予期した彼は、差し支えなければ同行させてほしいと願い出たのだそうだ。ただし、それは親切心というより、私から一種の危うさを感じ取ったからだったそうだ。
「ディオン殿は、初めはお前の護衛兼抑え役として同行を願い出たんだ。本来なら考慮にも値しない提案なのだが、犯人が同じ出身国の元王子だったからな。万が一に備えて、もう一つの仕事を兼務することを条件に、同行を許可していた」
「もう一つの仕事とは?」
「次兄の始末だ」
ディオン殿下の目は、ボリエ殿下よりもずっと冷たかった。
面会の後、本当ならディオン殿下の手で、直接始末を付けるつもりだったらしい。そうすればある意味、両国合意の上での処刑となるので、相手が元王族であっても深刻な外交問題には繋がらない。
無論、また一つこの国に大きな貸しを作ってしまうことになるが、無駄に生かしておいて問題を複雑化させるより、その方がマシと判断したようだ。
驚くべき超法規的処置なのだが、さらに驚くべきことに、陛下もこれを承認していたというのだ。
「よく陛下が許されましたね…」
「ああ…うん。俺もそこは意外だった。正直ダメ元で掛け合ったんだがな。お前の母君の容態を確認した途端、顔色を変えたんだ。あそこまで酷いとは思わなかったらしい」
陛下とはちゃんと話し合ったことは無いのだが、ずいぶんと人情味のある人物のようだ。つまりは陛下も人の子で、心根のお優しい方なのだろう。次に謁見する機会があれば、深く御礼申し上げないといけない。
「しかし結果的には、処刑は延期だ。真犯人を確定させて、やつを証言台に立たせるまでは、だがな。精々我が国自慢の臭い飯を、堪能していただこうか」
「そうですね」
ひとまず、今日はここまでだろう。一区切り付いたのを感じたのか、ディオン殿下が立ち上がった。
「では、俺はここで失礼させて頂く。そろそろ帰らないと、長兄に怒鳴られそうなのでな」
「ありがとうございました、ディオン殿下。あの時、お声をあげてくださったおかげで、私も冷静に話を続けることが出来ました。心から感謝申し上げます」
「あれは君の力だよ。だが、そう思ってくれるのは嬉しいものだな。もっと張り切りたくなる」
うーん、しかし笑うと、本当にイケメンだな。なんか周囲に控えるメイドさん達の目が、老若問わずキラキラしてるよ。牢で騒いでたブリアックの邪悪な笑みとは大違いだ。
「…へぇー。あ、そうなんだ、ふーん」
…何をニヤついてるんだ、このキワモノ王子は。むかつくな。
「ディオン殿。ご報告が遅れたが、クリスは先日、陛下より男爵位を戴いたのだ。今の名前はクリス・フォン・ルグランと言う」
「それはおめでとうございます。ボリエ殿にとっても、さぞ鼻が高いことでしょう」
公式には、これは初公開の情報である。しかしディオン殿下は無表情を貫いていて、事前に察知できていたかどうかは、全く汲み取れない。こういう時、鉄面皮にも使い道はあるのだなと、思わず感心させられた。流石は難攻不落である。
「ところで、アーマン第一王子殿下が王位を継がれた際は、貴殿も公爵位辺りを戴き、どこか土地を統治することになるのだろう。苦労は多かろうが、貴殿ならば立派に務めあげられるだろうな」
「ありがたいお言葉だが、ここで言及するわけには…」
「おや?まだ実感が無かったのか。貴殿もいずれ、クリスと同じく、貴族階級になると、そう言っているのだよ。ディオン次期公爵殿」
…うん?そりゃ、殿下がそう言うなら、そうなんだろう。それがどうしたのだろうか。
「………っ!!」
「この先、忙しくなりそうだな。まあ、俺は悪くない選択だと思うよ。どっちにとってもな。貴殿になら安心して任せられそうだし、俺は賛成するよ。今のところは、な」
「ちょっと殿下、さっきから意味分からないこと言わないでくださいよ。ディオン殿下も顔真っ赤にして怒ってるじゃないですか。すみませんディオン殿下、こいつ、いつもこうなんです」
「ああ、こっちは自覚無いのかよ…。お前、そのうち絶対に痛い目見るぞ。それも過去一で、最高最悪の状況でな。今から覚悟しとけ」
なんでキワモノ殿下に溜息をつかれなきゃいかんのだ。頭痛いのはこっちの方だっての。
「………そ、そうか…なるほど。あの、ボリエ殿」
「うん?」
「心から感謝する。おかげで、未来に希望が持てそうだ」
「そうかそうか、存分に恩に着ろよ。美味い飯でも奢ってくれたら、それでチャラにしてやる」
「ああ!後日、必ず誘わせていただく!では!」
まだ顔を赤くしたままだったディオン殿下は、よほど急いでいたのか、早足で去っていった。この二人、一体いつからそんな男の友情を育んでいたのだろう。何か共通の話題がありそうにも見えないのに…。
まあ、ガチのボッチ勢であるボリエ殿下に、まともなご友人が出来たのは喜ばしいか。
「ご主人様!ここにいましたか!探しましたよ!」
むう、今日は千客万来だな。ディオン殿下と入れ違いに、今度はイネスさんか。
「何を慌ててるんです?」
「ご主人様こそ、ふやけた顔してる場合じゃありませんよ!早く来てください!ご主人様の母君が!母君様が!!」
「え!?」
医務室に入ると、そこにはベッドから体を起こしている、包帯まみれの母の姿があった。
「………!」
「ああ、クリス…よかったわ、貴方は無事だったのね」
あ…お母さん。
……お母さん!
「あらあら、赤ちゃんに戻っちゃったのかしらね。まだおっぱいがほしいのかしらー?」
「ごめん!ごめん、お母さん!私のせいなんだ!私が国を離れてたせいで、お母さんが襲われたんだよ!私がいれば、私が襲われるだけで、お母さんは無事だったんだ!私のせいでお母さんが!!」
「クリスのせい?ふふっ、そんなわけないじゃない。貴方はそんな、人から恨まれるほど悪い事が出来る子じゃないわ」
ああ、そうか。今起きたばかりで、お母さんは状況がよくわかってないんだ。ちゃんと説明しなきゃ。ちゃんと怒られないと。
「違うの、お母さん。私ねーー」
「こら、クリス。お母さんの目を見なさい」
言われるがままに目を見つめた。まだ痣が青く残ってて痛ましかったけど、いつもの優しくて、強いお母さんの目だった。
「貴方は悪事を働いたの?」
「う、ううん…そうじゃないけど…」
「だったら胸を張りなさい。そしていつまでもクヨクヨしないで、次に何をすべきか考えるの。お母さんはずっと、貴方を育てるためにそうしてきた。だから、貴方もそうなさい」
「…!」
「よくわかんないけど、多分私は、貴方を守れたんでしょ?娘を守って作った傷なんて、親にとっちゃ勲章よ。親を守るなんて台詞は、せめて結婚して子供産んでから言うことね」
「お母さん…!お母さあああん!!」
お母さんが倒れてた時も、私は泣かなかった。
だけど無事が分かった途端、私は子供の頃のようにワンワンと泣いた。泣いて、泣いて、泣きはらした。
その後のことは、全然覚えていない。
気が付けば私は、自分の屋敷のベッドの上で寝かされていた。そして目を覚ました時には、既に日が昇り始めていたのだった。
「兄上!今すぐ俺を公爵にしてください!!」
「駄目に決まってるだろう、馬鹿者」




