第五十三話7月29日ダンジョン七日目2
回復薬専用ホルダーを取り出し易い場所に付け、刀の鞘の下に短剣を固定する。
「うん。いい感じ」
そんなこんなで準備をしていると、スマホが震え通知を知らせてくれる。
「誰からだろう……」
スマホを見るとLIMEの通知で、相手は立花さんだった。
立花銀雪『了解』10:02
立花銀雪『今日の12時30分とかどう?』10:02
立花銀雪『行きたいお店あるんだよね』10:02
立花銀雪『良かったらコータローもどうかなって思って……』10:03
ふむ、|2時間程度なら探索しても問題なさそうだ《にしても返信が早えぇぇ》。
10:05『わかりました。ちょっとダンジョンに潜って来るので、少し遅れるかもしれません。待ち合わせはどこにしますか?』
立花銀雪『そうねダンジョン通りの正門でどう?』10:05
10:06『わかりました』
そう言うと俺はスマホをしまい、更衣室を出た。
………
……
…
通勤感覚でゲートを越え、ダンジョンに入る。
相変わらず内部は、岩肌が視界一杯に広がり圧迫感や、息苦しさを伴った閉塞感を感じさせる。 あれ? こんな感じはダンジョン初日以来だ。
まるで黄泉路への入口のようだ!
逃げ出したいような不安感を払拭するため、抜き身の刀と共に歩み始める。
もはや慣れたはずの洞窟が、今日に限って何かおかしい。
光る鉱物や苔、壁に埋め込まれるようにして存在するランプ以外に明かりがない点も、深淵へと手招きされているような不気味さを加速させる。
岩盤質の壁に囲まれ、凹凸の激しい足場を走り抜ける。
僅かに堆積した砂を踏むと、硬い岩と柔らかいゴムに挟まれ『ジャリ』っと言うと音に加え、疾走による呼吸音が反響している。
嫌な予感が的中したかオークが、今度は武装して徘徊していた。
「不味いな……」
2メートルに迫ろうとする大柄なオークだ。
剣闘士が被っているような兜に、羽のような装飾が付いており、それが大変に目を引いた。
胴体は、複数の金属片を組み合わせて作られたと思われる板金鎧いや板札鎧で覆われており、それに比べて腕や下半身は貧弱で手甲と脛当てと言う簡素な物だった。
武器は一振りのグラディウスに小さな丸盾バックラーと、まるで紀元前頃の古代ヨーロッパの兵士のような格好をしている。
「共和政初期のローマ軍か、剣闘士と言ったところか……そう言えば死の支配者の4期で似たような敵がいたな……」
と現実逃避をする。
「でもこれが嫌な予感の正体か? それにしては少ししょぼいな……『南無八幡大菩薩』」
短文呪文を詠唱し、《魔法》【皇武神の加護】を発動させ、刀身に『鏖殺』の特権を付与する。
速やかに金色に輝く輝剣となり、刀の周囲に小さな光が明滅、軌跡を追うように追従する。そんないつもの姿に、更なる安心感が生まれる。
「よし、やってやる!」
岩盤のような地面を蹴りだして、武装オークに接近する。
武装オークはその時既に、しっかり構えていた。
飾り兜の間から真っ直ぐに俺を見据え、小丸盾を前に半身だけこちらに向けた姿は、隙が少なく攻めにくい。
だが、武装オークにはその戦闘スタイルのため弱点がある! そこを付くのがいいだろう……
流石にコレは、防ぎにくい・よ・なっ!
右下段に構えた刀を左下段に構え直し、逆袈裟に斬り付ける。
「――――っ!?」
兜の隙間から見えるオークの表情は、驚愕、動揺、迷い、驚き……と言ったモノで対処しあぐねているように見える。
だが身体が覚えているのか、定石通りに小丸盾で斬撃を受け流し、その隙にグラディウスを叩きこむために、剣を頭上まで大きく振りかぶるのが見えた。
正直ここまでは予想通り、銀雪さんとの特訓のお陰で、戦闘のコツのようなモノが理解出来た……ような気がする。
刀の刃が小丸盾の表面を、火花を散らしながら滑り、逸らされて右上方に打ち上げられ俺の防御は一見すると《《がら空き》》であるように見える。
兜のあいだから僅かに覗いた醜いオークのブタ鼻が僅かに膨らみ、「フヒっ」とも「ブヒっ」とも言えない不気味な嘲笑が、鼻から洩れるように聞こえ、口角も上がり目元が緩む。
それを見て“《《嗤っている》》”と認識できたのは、そう言う見下した視線を俺に向けて来た、クラスメイトを見たと事があったからだ。
「はい。釣られた!」
刀の柄を持っていない左腕を前に突き出しながら、両足で力強く地面を蹴り、古武術か何かの動画で見た、体重を乗せたパンチをお見舞いする。
パンチと言うよりは、掌底・掌打・寸勁に近く、大勢が崩れた状態から放たれるショートパンチによって吹っ飛ばされ、岩盤質の壁に叩き付けられる。
ドン!
「グハ……」
衝突の衝撃で板札鎧が変形し、オークに板札の一部が突き刺ささり、ここ数日で随分と見慣れた緑色の血がだらだらと流れている。
「案外、上手く行くものだな……」
高い『力』『技巧』『敏捷』故か、数度だけ見た立花銀雪の技術を、ぶっつけ本番で模倣する事に成功した。
攻撃の威力とは、『重さ』と『速度』に基本的には比例する。
なので多くの格闘技では腰を捻るなど工夫を、《《拳にできるだけ体重を乗せるようにする》》ものだが、この技でもそれは変わらない。
『あのショートパンチを覚えたいんですけど、どうすればいいですか?』
―――とLIMEで聞いた時の返答は、実に彼女らしい物だった。
『文字通り《《全体重を乗せなさい》》!!
探索者とは言え女である以上、純粋な筋力で男に勝てないの。
だから関節や筋肉の柔軟さと、技でその差を埋めてるのよ。
この方法で華奢な私でも、トラックに跳ねられたような威力が出るのよ』
つまりは、弾丸と同じで8gの重さしかない9 mm パラベラム弾が大きな衝撃(J)を産むのは、速度が『《《速い》》』が『《《軽い》》』から。
だが今回の技はその真逆の『《《遅い》》』が『《《重い》》』。
立花銀雪さんの体重は知らないが、女性の平均体重は平均52㎏と弾丸の6500倍はある。だから彼女よりも『《《重い》》』俺が《《拳》》と言う一点に体重を集中させ、一気に放てばその威力はより《《絶大》》となる。
とどめを刺すために、数メートル吹き飛んだオークに迫る……が、突然オークに異変が起こった。
病的なまでに白くなったオークの、その肌の下で“ナニカ”が蠢いているのだ。
「緑色の血だから不死身って事か? そうすると差し詰めピッグアンデッドってところだな、でももうスートはもう埋まってんだ! トライアルシリーズ、ティターン、ケルベロスしか例外は居ねぇんだよ!」
そう言って俺は剣を振って首を落とした。
だがソイツは何事もなかったかのように直立すると、たるんでいた腹や腕が急激にしまり、脂肪の下に埋まっていた筋肉が表出し、パンプアップする。
更に『キュポン』とでも音がしそうな様子で、全く別の首が生えたのだ。
数舜の間にそんな異常な光景を目撃し、俺は初めて心の底から恐怖し、
そして逃げた。
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