表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

【影《シャドウ》】

 闇に沈んだ部屋の中に、男がいる。

 閉ざされたカーテンが放つ薄明かりは、室内の様子を知るにはあまりに頼りなく、彼の姿は影そのものだ。


 彼は広々としたソファーの真ん中に座り、携帯電話を耳に当てている。

 携帯電話のボタンが放つわずかな光によって、男の口元だけが青白く浮かび上がっていた。

 いつでも言葉を発せられるように、にわかに唇を開いている。

 だが、出てくる返事は「はい(イエス)」しかない。

 それしか与えられていないからだ。


「イーズガーベージで待機しろ」

 電話の向こうの声が言った。

 低くて威圧的だが、どこか優しさのこもった声だ。

「はい」

 彼は無機質な声で、何度目かの「はい」を答える。

時期(とき)がきたら連絡する。それまでは、ゴロツキどもに混ざっていろ。誰も殺すな」

「はい」

「いい子だ。ごきげんよう、“(クロウ)”」

 それを最後に、電話は切れた。


 クロウと呼ばれた男は、しばらくツーツーと断続的に続く電子音を聞いていたが、やがて携帯電話をわきに放り出した。

 ソファーに長々と寝そべり、目を腕で覆う。


 彼にはわかっていた。

 次に連絡があったとき、何という命令が下るかは。


――ストレイ・キャットを殺せ。


 ほぼ間違いないだろう。

 当然だ、と彼は思う。

 キャットは目立ちすぎた。

 暗殺の仲介屋としても、イーズガーベージの不良としても、名が知れすぎている。


 しかし、クロウは複雑な心境だった。

 今までであれば迷うことなく従っていただろうし、逆に自分から申し出ていたかもしれない。

 キャットを始末させてください、と。

 けれども今は、ストレイ・キャットと呼ばれる男を殺すことで、何を失うのかを、考えずにはおれなかった。


 失うものなど、ありはしないはずなのだが……。


 彼は仰向けのまま、フゥーッとため息をついた。

 こういうときに、人はタバコを吸うのだろうか。

 だが、彼には許されない。

 舌や鼻が狂うと、些細な変化や異変に気付けなくなるからである。


 まだ下ってもいない命令について、あれこれ考えるのはよそう。

 なるようになる。

 彼は自分に言い聞かせた。

 今までも、ずっとそうしてきたのだ。

 そして、なるようになって、今に至る。

 後悔したことなんてない。


 彼は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。

 それはやがて、静かな寝息に変わっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ