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7.サミー・バレット

挿絵(By みてみん)

――つまり、我々の情報と、あなたの話から推理するに。


 ミズ・ブロッサム、あなたがフードショップに出勤した後に、二人組みの男が部屋の鍵を開けて侵入し、ガソリンを撒き、火を放った。

 さらに店にまで押しかけ、あなたを誘拐。

 ああ、このときにフードショップの店長が肩を撃たれたが、命に別状はないよ。


 で、犯人らはあなたを車で連れまわしたが、途中、飛び出してきたオートバイと接触事故を起した。

 その隙に、あなたは車内から逃走、自力でサクラメントの自宅に戻った。

 そして、家が放火されたのを知り、警察に保護を求めた。


――と、いうことですな。


 私は、警察にあてがわれたビジネスホテルの一室で、一昨日の事情聴取のことを思い出していた。

 刑事からの質問に「はい」と「いいえ」と短い説明で答えると、そのような筋書きになったのだ。

 動機は不明のまま。

 あながち嘘ではない。


 このシナリオは、私としては上出来だった。

 ストレイ・キャットのことを話さずに済んだから。

 これ以上話がややこしくなるのは面倒だし、私の平和を脅かす者たちの中に、警察まで加えたいとは思わない。

 切に願うは、安息だ。


 私はバスローブ姿で、メイキングされたベッドに仰向けに倒れこんだ。

 下品な一張羅はクリーニング中。

 まずは服を買わなくちゃ。


 ホテル暮らしは今日で三日目になる。

 あまりの境遇のよさに、このまま住んでしまいたいとさえ思った。

 食事もジャグジーも絶景もついてないかわりに、あらゆる利用者の臭いが染み付いていたけれど、何もないよりは断然いい。


 刑事は、私の境遇を大いに同情してくれた。

「災難だったね。そりゃもう、人生のどん底だと思っているかもしれない。だけど、悪いことばかりが続くと思ってはいかん」

 昨日会ったときは、そんなことを言って私を慰めてくれたような。

 記憶があやふやなのは、その後に彼が言ったことが、あまりに衝撃的だったから。


「――誘拐放火犯が捕まったよ。もっとも、丸焦げだになって、だがな」


 昨日の朝だそうだ。

 イーズガーベージの外れで火災があり、数人の遺体が発見された。

 その中に、フードショップの防犯カメラに映っていた男がいたらしい。

 少なくとも顔がわかるくらいには、焼け残って。


「神が、あんたに代わって悪人を始末したのかもしれんな。あるいは、ハンムラビ王の亡霊かもしれんが」

 そう言って、私の肩を優しく叩いた。

「いずれにせよ、もう大丈夫だ。安心して、新しい住居を探すといい」

 最後の台詞は、ホテルから出ろ、という意味である。

 たった三日間の保護は終わり、私はつかの間の現実逃避から引き戻されるってわけ。


 もう大丈夫。

 本当に?

 だとしたら、キャットは一体何から私を守ろうとしていたのだろう。

 そして、その犯人たちを焼き殺したのは――。


 ノックの音が、私の思考を中断させた。

 シミだらけのエプロンドレスを着た女性従業員が、ご丁寧にビニールに梱包された服を届けてくれたのだ。

『三秒でうせろ!』

 綺麗にたたまれたTシャツが怒鳴っている。

 女性従業員はとても親切な笑顔を浮かべていたが、おそらくそれより短い時間で、私の前から消えうせた。


 私は、それから三分後に部屋を出た。

 荷物は、フードショップのロッカーから取ってきた、ショルダーバッグ一つだけ。


 降り続く雨で、今日のサクラメントは灰色にかすんでいる。

 忌々しいことに、キャットのすみかで見た天気予報が当たったのだ。

 私はホテルの出口で途方にくれた。

 雨をしのぐ傘すらないなんて。


 私のポジティブ精神が、急速に湿気を帯びていく。

 あらゆるものを失った。

 家、財産、そして平穏な生活。

 これから、どこへ行こう?


「ちょっとすみません」

 不意に声を掛けられ、心臓が魚のようにビクンと跳び上がった。

 今度は誰?

 悪魔の使者?


 私の前に現れたのは、小ざっぱりとしたスーツ姿の男だった。

 ブロンドの髪を几帳面そうなオールバックに固め、背が高くガタイも良い。

 彼は気難しそうな表情をして、私に歩み寄った。


 私が無意識に後ずさると、彼は胸ポケットから革のIDケースを取り出し、広げて中を見せる。

 そのカードには青い印字と、彼の顔写真が記載されていた。

 中でもとりわけ目立つ、三文字のアルファベット。

 え、うそ。

 本当に?


 面食らう私を見て、彼はさっさとIDケースをたたみながら、笑いをかみ殺したような顔をした。

 そして、映画やドラマでお決まりの台詞を言った。

「FBI捜査官のマイク・テンプルです。失礼ですが、ケイティ・ブロッサムさんですね」


 知らないところで情報を握られているのは、たとえ味方だろうといい気分にはならない。

 ますます、厄介なことになりそうだ。




「シャムという名前に、心当たりはありませんかね?」

 車に乗り込むや否や、マイクは唐突に言った。

 自宅までお送りします、その道中だけでもお話を伺えませんかね? という申し出を、私が受けてからのことだ。


 ここは冷静に。

「シャム猫という意味ではないですよね?」

 すると、相手も冷静に。

「ええ、違います。ですが猫と関係があります――野良猫(ストレイ・キャット)とね」


 胃にナイフが刺さったような気がした。

 このFBI捜査官は、私とストレイ・キャット、ひいてはストレイ・キャットとシャムの関係まで知っている。

 なぜかしら、悪事がばれた犯罪者のような気分になった。

 警察にキャットのことを隠したのは、罪になるのかしら。


 平静を装ったつもりだったが、どうやらありありと顔に出てしまったらしい。

「大丈夫ですよ。我々はあなたの味方ですから。ただ、シャムの足取りを掴みたいのです」

 と、マイクは気さくに言った。

「イーズガーベージで起こった殺人事件の犯人なのでね」


 イーズガーベージで殺人事件?

 それってもしかして、チャップが殺された事件のこと?

 私は、ホークネストの店主が話していたことを思い出した。


 私を取り巻く背景のピースが、パチリとはまる。


 もしも、チャップを殺したのがシャムならば。

 キャットが狙われている理由にならないだろうか。


「シャムは、人殺しです。猟奇的な殺人鬼だ。ストレイ・キャットと呼ばれている男は、その仲介役。共犯ですよ」

 マイクの声は、私の良心に語りかけていた。


 そうだ、なぜ私は警察に全てを話さなかったのだろう。

 なぜ、キャットを庇うような真似を?

 こともあろうに、殺人鬼の肩をもつなんて!


「シャムという名前だけは知っています」

 私はマイクの言葉に後押しされ、ついに話し出した。

「ストレイ・キャットが、仕事を仲介していることも」

「協力していただけるのですね!」

 マイクは嬉しそうに言った。

 まるでプロポーズを承諾されたように喜ぶので、私まで思わず微笑んでしまった。


 だが、その喜びを持続させられる情報を、私はもっていない。

「でも、本当にそれだけしか知りません」

 私が言うと、マイクは笑顔のまま固まった。

「えーっと、他に何もご存じない?」

「はい。名前だけなんです。それと、殺し屋だってことしか」

「なるほど」

 マイクは困ったな、というように唇をさすった。


「では、ストレイ・キャットについてはどうですか? イーズガーベージを拠点にしているようですが、他に別荘を持っているとか」

「そうですね……」

 確か「ここに住んでるの?」とキャットに尋ねたときに、彼は「たまにな」と答えていたはずだ。

 ああ、じゃあ他にはどこに住んでいるの? と尋ねておけばよかった!

 結局、私はマイクを喜ばせることはできなかった。


「そうか……。なるほど、ご協力ありがとうございます」

 マイクは残念そうに言った。

「すみません、役に立てなくて」

 申し訳ない思いで言うと、マイクはフンと鼻で笑った――とても意地悪そうに。


 彼が態度を急変させたので、私は不愉快な気持ちになった。

 何よ、知っていることはちゃんと話したのに。


「心配ない」

 マイクはぶっきらぼうに言った。

「次は役に立つはずだ」

 語調まで変わっている。

「他に、何かあるんですか?」

 私が尋ねると、彼は不敵な笑みを浮かべて言った。


「いや、今と同じ質問をするだけさ。話したくてしかたがなくなるような、楽しい方法で」

「それって、どういう……」

 私は言いかけて、口をつぐんだ。

 たぶん、意味を聞いても嬉しくはならないだろうから。


 車内の気圧が下がっていく。

 そういえばこの車、どこに向かってるの?

 FBIの本部?

 そんなわけないわよね。

 ていうか、この人はFBIじゃない、悪魔の使いだ。


 マイクはまるで私の心を読んだかのように、愉快そうに笑った。

「単純な女だ。こんなに上手くいくとはな」

 私の膝に、IDカードを投げ出す。

『FBI“ニセモノ”捜査官 マイク・テンプル』

 それはとても精巧に作られていたが、そこに記されているとおり、明らかにニセモノだった。


 たったアルファベット三文字で、あっさり騙されてしまった。

 羊の皮を着た狼に!

 私は怒りと屈辱で赤くなった。

 自分の愚かさを呪ったが、今は自分を敵に回している場合じゃない。


 私はズボンのポケットに手を伸ばした。

 運転手の視覚を奪うのは危険だけど、仕方ないわ。

 彼が反射的にブレーキを踏んでくれればいいけど。


 だが、私の勇気ある行動は遂行されなかった。

 私が武器を取るより素早く、マイクが見慣れた黒いヤツを取り出したからだ。

 それを私に向け、乱暴に言った。

「ダッシュボードに手をつけ!」


 どこかでキャットが笑っている。

 だから言ったろ、“危険だ”って。


 それなら、私だって言ってやる。

 あなたがくれた防犯グッズ、効果的だったのはあなただけじゃないの!

 役立たず!


 私はどうしようもなく情けない顔になりながら、マイクの命令に従った。


 連行される途中で、私は後部座席に移され、後ろ手に手錠を掛けられた上に、粘着テープで口と目を覆われた。

 座席に倒され、唯一の武器である催涙スプレーを奪われて、まさに手も足も出ない。

 さらには、虫唾が走るようなイヤラシイ撫で方と卑猥な言葉によって、抵抗しようという気力まで奪われてしまった。

 彼はうつ伏せになった私にのしかかり、存分に乳房を弄ぶと、耳を舐めて「楽しみは向こうに着いてからだ」と言った。


――囚われのヒロインがその場で犯されないって保障はないぜ。

 キャットの言葉がフラッシュバックする。

 そうならないことを祈るばかりだ。

 私は座席に耳をこすりつけて、その不愉快なネバネバを拭い取った。


 キャットは来ないだろう、今回ばかりは。

 私は彼の元を逃げてきたのだから。

 それも、後ろ足で砂を掛けて。

 もはや何を信用していいのかわからなかった。


 やがて、車はどこかに到着し、誰かの声がし、躓きながら歩かされ――。


 突然、背中を強く押された。

 私はテープの奥で悲鳴をあげ、前に倒れこんだ。

 起毛のないカーペットが、私の頬を柔らかく殴る。

「ほら、お仲間だ」

 マイクの声がした。

「大人しくしてろよ」

 ドアが閉まり、鍵が掛けられた。

 私は、どこかの部屋に監禁されたらしい。


 泣くな泣くな!

 涙で何が解決するっていうの。

 あ、もしかしたら、目を塞ぐ粘着テープがふやけるかしら?

 私は横倒しになったまま、鼻をすすった。


 すると、ゴトッと床に物音が響いた。

 部屋に誰かいる!


「あなた、誰?」

 男――いいえ、女の人?

 とてもセクシーな、低い声だった。

 私が「うむむ」と呻くと、相手は全てを察してくれた。

「ちょっと待って」

 気配が近づいてくる。

 足音がたどたどしいので、おそらく膝で歩いているのだろう。


 ふわっと、ぬくもりを肌に感じた。

 頬を、長い髪がくすぐる。

「じっとして」

 柔らかい唇が、私のこめかみに押し当てられた。

 そして、歯でテープの端を剥がし、それを咥えて、ゆっくりとめくっていく。

 眉毛と睫が無事に残ることを祈りながら、私は固く目を閉じ、相手の作業にあわせて顔を動かした。


 最後の端が皮膚を離れてから、私はようやく目を開いた。

 目隠しのせいで暗闇だとばかり思っていたが、部屋の中は明るかった。

 その明りを遮って、目の前に端整な顔があった。


 滑らかな長いブロンドで、少し化粧の濃い、凛々しい顔立ちの女性だ。

 形のよいアーモンドの目が、私の潤んだ瞳を不思議そうに見つめていた。


「口のテープを外すわ」

 私が頷くと、彼女は私の頬に口づけをして、さっきと同じ要領で解放してくれた。

 顔中がヒリヒリする。

「ありがとう」

 私は身を捩って身体を起し、彼女の前に座った。

 手がふさがっているので、涙をぬぐえない。

 私は何度も目を瞬いた。


 彼女は、黒いノースリーブに、セミブーツカットの黒いパンツを穿いている。

 厚手のショールを首に巻いていて、モノトーンのタータンチェックが胸元を覆い隠していた。

 スポーツビューティーという名が相応しい、背が高くて大柄な女性だ。

 そして私と同じく、背中で手を拘束されている。


 私が彼女を分析する間、彼女も私を分析していた。

 一般的には“小柄で控えめな少女”という分析になると思うのだが、Tシャツの趣味の悪さが、その解析結果を大いに乱していることだろう。


「それで、あなたは一体誰? どうしてここに?」

 彼女が尋ねた。


「私は、ケイティ・ブロッサム。シャムのことを聞かれて、気がついたらここに」

 彼女が同じ目的でここに捕らわれていることを願いながら、シャムの名を出した。

「シャムを知ってるの?」

 その声が、警戒を宿している。

 おそらく彼女はシャムに繋がりがあり、見覚えのない私の正体を不審がっているのだろう。

「何も知らない!」

 私は何度目かのその台詞を口にし、彼女に訴えた。

 彼女に話したところで私の境遇は変わらないだろうけれど、とにかく誰かにわかってもらいたかったのだ。

「知っているのは名前だけ。ストレイ・キャットという仲介屋から聞いただけで、キャットのこともほとんど何も知らないの」


 すると、彼女は目を丸くして、私のTシャツをちらりと見た。

 一瞬、彼女の眉間に深いシワが刻まれる――「あのバカ」。

 その一言は、遠く離れたキャットに向けられていた。

 くしゃみどころか喘息を引き起こさせそうなほど、呪いの込められた声色だった。


 ついで、彼女は私に尋ねた。

「あなた、キャットの何?」

 どうやらストレイ・キャットのことも知っているみたいだ。

「あの、誤解しないで。このTシャツは彼のものだけど、そういう関係じゃないから」

 私はなぜか弁解するようにそう言った。


 それにしても、私はキャットの何なの?

 むしろ教えて欲しい。

「彼にとって私が何なのかはわらない。でも、私にとって彼は、えーっと、ストーカーみたいな」

「ストーカー?」

 彼女は口までもまん丸に開いた。

 そして次の瞬間には、それは半月型のとても愉快そうな笑顔にかわった。

「ストーカー! あのストレイ・キャットが? どうやら、ゆっくり事情を聞く必要がありそうね」


 彼女はひとしきり笑うと、ようやく名前を名乗った。

「私はサミー。サミー・バレット」

 瞳の握手を交わす。

「それで、聞かせてちょうだい。キャットのこと」

 サミーが壁にもたれたので、私もその隣に並んだ。

 彼女こそ、キャットの何なのかしら。

 上品でお金持ちそうなブロンド美女に、掃き溜めの不良と接点があるとは想像しがたい。


 私は、イーズガーベージで不良に絡まれ、キャットに助けられたところから話し始めた。

 フードショップに現れたときのこと。

 再び誘拐されたときのこと。

 キャットのねぐらに軟禁されかけたこと。

 少し愚痴っぽくなってしまった。


 話をする間、サミーは仔細を知りたがって質問の口を挟み、私がキャットに手厳しい評価を下すと、嬉しそうに笑った。

 話題を共有して笑うことは、とても楽しくてストレス解消になる。

 女性特有の、女子トイレで交わされるアレだ。

 監禁の心細さは、あっという間に解けて消えた。


「ついてないわね、まったく」

 サミーは、私が見舞われた一連の出来事に、そんな感想を述べた。

「それにしても、キャットのヤツ、ずいぶんとあなたに入れ込んでるようね。今回も彼が助けてくれるのかしら」

「さあ」

 私はそう答えたが、すぐに首を振った。

「ううん、きっと来ないと思う」

「どうして?」

「私、彼に防犯スプレーをかけて、逃げちゃったから。だって信用できなくて」


 すると、サミーはケラケラ笑った。

「やるわね、なかなか。でも、彼は来るわ。絶対にね」

「どうしてそう言えるの?」

「だってストーカーなんでしょう? それもかなり度を越えた」

 からかわれたとわかり、私は唇をつぐんだ。

 けれども内心では、彼が来てくれるのを切に願っている。


「ところで、サミーはキャットとどういう関係?」

 今度は、私が尋ねた。

「同業者で、古い友」

 サミーはあっさりとそう答えた。

「それじゃあ、あなたもシャムの仲介を?」

「そう。だからここへ連れてこられたの。ドジッちゃってね。偽の仕事をかまされたのよ」

 不満そうに言う。


「ごめんなさい。キャットのことをストーカーだなんて」

 私は彼女の友を侮辱したことに謝った。

「本当は、彼に感謝してるわ。もう何回も助けてもらったし」

 これは、悔しいけれども本心だ。


「無理もないわ」

 サミーは優しく言った。

「そんな強引なやり方じゃ、キャットも誘拐犯も大差ないものね。私があなただったら、フードショップのレジで縁を切ってた。殴るか、警察に突き出してたわ」

 サミーはとても優しくて、さばさばしていた。

 地獄にも知己というのだろう、私は彼女のことがすっかり気に入っていた。


 けれども、話がひと段落すると、私は再び不安にさいなまれた。

 これから、どんな酷い目に遭わされるんだろう。

 あのマイクのことを思うと鳥肌が立つ。


「どうにか、ここを出られないかしら」

 私は部屋を見渡した。

 アパートの一室らしいが、家具は一切ない。

 四角い部屋に、ドアと、ブラインドを下ろした窓が一つ。

 そのほかに目立ったものといえば、天井の隅に設置された監視カメラくらいだ。


「あまり派手なことはできないわね。窓も覗いてみたけど、格子が嵌ってるわ。いくらあなたが華奢でも、ギロチンに首を掛けたような格好になるのがおち」

 私の視線を追って、サミーがコメントした。


「機会を待ちましょう。あるいは、どっかのバカが助けに来てくれるのを」

「だけど、すぐにでも拷問が始まるかもしれないわ。それに、キャットは来ないかもしれないし」

 私が身を縮めると、彼女ははっきりとした口調で「大丈夫」と言った。


「あいつらは、キャットを捕らえるまで待つわ。そして、キャットは来る」

「どうしてそう言い切れるの?」

「私が、キャットの連絡先をあいつらに教えたから。目当ての魚が二匹釣れたからって、三本目の竿が引いてるのに放っておきはしないじゃない?」

 サミーはそう言って微笑んだ。


「キャットと私は同盟関係なの。身の危険が迫ったら、SOSを出して助け合う」

 そして、もう一度言った。

「だから、キャットは来る」

 彼女の声には説得力があった。

 だけど、本当に大丈夫なの?

 三人仲良く拷問される、なんてこともありえなくはない。


 そのとき、サミーが私との距離を詰めたので、肩と肩が触れ合った。

 私は彼女の優しさに甘え、その肩に頭を預ける。

 髪に彼女の頬を感じた。


 私はまだ半信半疑だったが、サミーの静かな呼吸になだめられ、大人しく助けの到着を待つことにした。


 キャットは、許してくれるかしら……。

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