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5.脱出への試み

小龍様にいただきました!

ありがとう小姐~^^

挿絵(By みてみん)

 ソファーでの二度目の目覚めは、とても重くてだるいものだった。

 身体が砂袋みたい。

 私はどうにかうつぶせると、猫のように大あくびをした。


 ソファーの背後に下がるカーテンの隙間から、眩い太陽の光が差し込んでいる。

 めいっぱい開いてみると、灰色の町の向こうに鮮やかな青空が広がっていた。

 雲は羊毛のような夏の積乱雲とは違い、薄く伸ばした綿のようだ。


 明るみの中で部屋を振り返ると、夜はさほど気に障らなかった散らかりようが、酷く目に付いた。

 せめて換気をしようと、さび付いた窓をどうにかこじ開ける。

 暖かくも乾いた風が吹き込んだ。

 私はしばらく飛行感を堪能していたが、ふと下を見て、慌てて顔を引っ込めた。

 何の取っ掛かりもないコンクリート壁が垂直に続いていて、危うくめまいを起しそうだった。

 高いところは嫌いだ。


 現実に引き戻され、私はテレビの下の時計を見やった。

 十一時半!

 確かに太陽は高く昇っていたけれど、いざ数字で表示されると実感が違う。

 私って意外と適応能力あるのね、こんな状況でも朝寝坊が出来るなんて。


 私はすぐさま立ち上がると、毛布を丁寧にたたんでソファーに置き、寝起きの人間がすることを手早く済ませた。

 そして、汚れたままのデニムを穿いて、寝室の前に立つ。

 軽く耳を済ませたが、物音は聞こえない。

 キャットはまだ寝ているのだろうか。


 塗装の剥げかけた木製のドアをノックをしたが、返事はなかった。

 もう一度強くノックすると、ドアはバンバンと乾いた音を立てて弾むように揺れた。

 いざとなれば、私でも映画のスタントのように蹴破れそうだ。


「おはよう」

 当然蹴破ることはせずに、お淑やかに呼びかけた。

 だが、あくびの気配すら聞こえてこない。

 遠慮がちにノブをひねってみたが、鍵が掛かっていた。

 もしかして、お取り込み中?

 その――いいえ、なんでもない。

 私が寝ている間に出掛けたのかもね。


 私は仕方なく、彼が自ら現れるのを待つことにした。

 潤いを求めてキッチンを探りに行き、買いだめしてあったミネラルウォーターを一本拝借する。

 冷蔵庫に牛乳も入っていたが、賞味期限が三日ほど過ぎていた。

 以前、フードショップで私が会計をしたものだろうか。


 十二分に睡眠をとったからか、あるいは外が良い天気だったからか、私は妙にリラックスしていた。

 キャットに感謝の気持ちをこめて、少しだけ部屋を片付けるほどに。


 感情を差し引いても、他人の部屋だとなぜか片付けたくなる。

 自分の部屋は散らかってても気にならないのに。

 そんなことを思ったら、自分の部屋が恋しくなった。


 目に付く空き瓶や古雑誌、ゴミ(キャットが脱ぎ捨てた血まみれTシャツを含む)を、シンク下で見つけた袋にまとめると、とりあえず納得がいくくらいには片付いた。

 そして、掃除に飽きた私はテレビに再挑戦する。

 砂嵐の中に歪んだ人影が映っていて、心霊映像みたい。

 音も途切れ途切れで、それが何の番組なのかさっぱりわからない。


 私は蚊を捕まえるときのように両手を突き出し、手のひらの手首に近い部分で、テレビの両頬をバンッと叩いた。

 白と黒の大波が立ち、すぐに落ち着いた。

 少し緑がかった画面には、お昼のワイドショーが映っている。

 これで、どうにか見られるくらいにはなった。


 チャンネルをパチパチ変えていると、唐突にドアが開いた。

 買い物をしてきたらしいこの部屋の主が、黒いキャップの下から「よう」と言った。

 昨日車に轢かれた人間だとは思えないほどピンピンしている。


「おはよう」

 私も気分良く挨拶をした。

「寝過ごしちゃったみたい」

「ああ。死んだように寝てたから、起さなかった」

 キャットは床に座り込むと、買い物袋を無造作に置いて、黒いキャップを浅く被りなおした。

 露になった右のこめかみに、赤黒いアザと小指ほどのかさぶたがある。

 どうやら、超人というわけではないらしい。


 なんか片付いてるな、くらいのコメントを期待したけれど、それは叶わなかった。

 でも、それをどうこう思う以前に、私は買い物袋に興味深々だった。

 何を買ってきたんだろう。

 そんな思いは、口にするまでもなく顔に出てしまったようだ。

 キャットは得意げに私を見つめると、袋の中から紙袋を取り出し、私に差し出した。


「なに?」

 思いがけないお土産を、私はちょっとドキドキしながら受け取る。

 中身は一つではないらしく、ズッシリと重たい。


 袋を開いて、一瞬戸惑った。

「ピストル!?」

「はは」

 予想通りの反応だったらしく、キャットは嬉しそうだった。


 取り出して良く見ると、それはピストル型スタンガンという代物だった。

 本物のピストルそっくりに作られていて、引き金を引くと銃口部分に電気が流れるらしい。

 もう一つは、防犯スプレーだった。

 なるほど、確かに私に必要なものかもしれない。


「あなたにしては、まともなプレゼントね」

 私がスタンガンをパッケージから取り出し、しげしげと眺めながら言うと、キャットはしたり顔で「だろ」と言った。

「でも、ピストル型って意味あるのかしら」

 つい、思ったことを口にしてしまう。

「だってこれ、遠距離で使えるってわけじゃないんでしょ?」

「本物と見間違えるし、脅しに使えるじゃないか」

 キャットは、買ってきたサラダやフライドチキンを並べながら弁論する。


 うーん。

『襲った女がピストルを取り出したので、危険を感じて撃った』という殺害動機を自ら与えているような気がするのは、ひねくれた発想だろうか。

 それなら、普通のハンディースタンガンとか、携帯電話型スタンガンのほうが、相手の隙を狙えるのでは?


 そんなことを考えていると、キャットがとても不満そうに私を見つめていた。

 なので、その考えを口にするのはやめておいた。

 使い方次第ってことよ、と自分をなだめる。


「そうね、これなら私でも使えるし。肌身離さず持つことにする」

 繕って言った言葉だが、キャットは十分満足したらしい。

 私をソファーの端につめさせると、背もたれを元通り立たせ、馴れ馴れしくも隣に座った。


「テレビの付け方、良くわかったな」

 キャットが感心したように言う。

「大体どれも同じ扱いでしょ」

 私はそう答えて、サラダを食べながらテレビに耳を傾けた。

 今日は午後から雲が多くなり、夜には雨が降るらしいが、この天気予報、当たったことがあるのかしら。

 土地柄、冬以外は滅多に雨が降らない上に、少なくともカーテンの向こうは眩しくて暑そうだ。


 やや重めのブランチを取り終えると、私はゆっくりお腹を休めた。

 キャットは背もたれに肘をかけ、ドラマを見ながらくつろいでいる。

 そのドラマを見たことがなかったので、私はその男女の間に何があったのか良くわからなかったが、二人は「運悪すぎでしょ!」と突っ込みたくなるくらい擦れ違っていた。

 たまに鼻で笑いながらも、キャットはドラマに夢中になっている。

 まるでデートに出掛けるのが億劫なカップルみたいに、だらけた時間が過ぎていく――断じて、カップルではないけど。


 私はドラマのストーリーを理解するのを諦めて、スタンガンの取扱説明書を読み始めた。

 充電式じゃなく、電池式なんだ。

 私は本来なら弾を装填するのであろう部分に、付属の乾電池をはめ込んだ。

 ためしに引き金を引くと、バチバチバチッと空気を撃つ激しい音とともに、銃口部分に青白い閃光が走る。

 予想以上に大きな音で、私は驚いてすぐに指を離した。


「これって、だいぶ痛そう」

 私が独り言のように呟くと、キャットは「ああ」と気のない返事をし、すぐに「いや」と訂正した。

 どっちよ。


「痛いけど、相手を一瞬怯ませるくらいの威力しかない」

 キャットはテレビを見つめたまま、抑揚のない声でそう言うと、女友達と一緒にいるところを彼女に目撃されてしまったロニー青年を嘲笑した。

「お前、女しか友達いないのかよ」


 ドジなロニーはさておき、私は何度か引き金を引き、スタンガンのバリバリ音を堪能した。

 凶暴な音だけど、ちょっと癖になりそう。


「電池を無駄遣いするなよ」

 エンディングテーマが流れ出すと、キャットはそう言ってソファーを立った。

「そっちこそ、無駄遣いさせないでね」

 私は一連のセクハラ行為を咎めるように言った。

 冷蔵庫を開けていたキャットが振り返り、目を丸くする。

 愚かにも、こういう展開を予想していなかったらしい。

「俺に使うなよ?」

「さあ。危険を感じたら使うかも」


 私はすっかりスタンガンが気に入った。

 最も従順な、私の強い味方だ。

 なんだかとても強くなった気分。


 キャットが冷蔵庫から牛乳を取り出したので、私は彼が飲む前に「それ、期限切れてるわよ」と指摘した。

 パックの賞味期限表示を確認すると、キャットはニヤッと笑って、これ見よがしに直接口を当て、牛乳を飲んだ。

 たかが三日だろ、って顔だ。

 確かに、このクレイジー・キャットなら、毒入りの牛乳を飲んでもけろっとしていそうだ。


 その牛乳を見て、私はふと我に帰った。

「ねぇ。そろそろ家に送ってくれる?」


「んむ」

 キャットは口に含んだ牛乳を飲み下すと、わざとらしくげっぷをした。

 そして、口の端を手の甲でぬぐいながら、「いつでも」と言った。

「だけど、家ってのは無理だな」


 いつでも、という一言に気を良くした私は、うっかりその後の台詞を聞き逃すところだった。

「えーと、それじゃあ警察?」

「そこは個人的に好きじゃない。それより、身寄りは? ここより遠くに住む――できれば州外で」


 私は顔をしかめざるを得なかった。

「私に州を出ろって言うの?」

「そんな顔するなよ。賢明だと思うぜ」

 確かに、レイプ未遂、誘拐、脅迫、それら以上の災難を、私は望まない。

 でもこの州は広いし、安全に、幸せに暮らしている人は大勢いる。


「州を出るのは大げさよ。それに、どっちにしろ荷造りをしに戻らないと」

「そんな余裕あるかよ」

 キャットは少し表情を曇らせた。

 私は逆に笑いそうになる。

 朝寝坊する余裕はあったのに、家に戻る余裕はないなんて。

 それに、現状のどこをとっても、それほど切迫した様子は感じ取れなかった。


「あなた、私に何か隠してるでしょう」

 笑いながらも目を鋭く細めてキャットを見つめると、至極よく似た微笑みが返ってきた。

「そりゃもう。だけど、お前の味方だってことはわかるだろ?」

 そう言いながら、彼は私の隣に座った。

 私が機嫌を損ねたのを察してか、遠慮がちに距離を置いて。


 私は手にしたスタンガンに視線を落とし、彼を極力見ないようにした。

 なぜって、腹が立っていたから。


「わからないわ、本当に味方かどうかなんて」

「魔の手から救ってやったのに?」

「魔の手って何?」

「強引にピストルを突きつけるやつら」

 ピストルは二種類あるけど、とキャットは付け加えたが、そんな説明はいらない。

「あなたは誰? ヒーローか何かなの?」

「ユニフォームが必要か?」

「何が目的?」

「ピーターにでも聞くんだな」


 そんなやり取りに、私はだんだんイラついてきた。

 このコミック育ちの夢想家め。


「それで、あなたは私を守ってくれるの?」

 私は皮肉をこめて言った。

 すると、彼は「ああ」と、いとも簡単に答えた。

「守ってやる」

 それはちょっぴり語気の強い、褒めて言うなら頼もしい声だった。

 けれども、私にとってそれはヒーローの申し出とは程遠いものだ。


 守ってやる? バカバカしい! 

「守る」とか「助ける」とか、「安全」「危険」「やっつける」とかいった言葉に、どれほどの意味があるっていうの?

 そんな、紙より薄っぺらな言葉に!


「わかった。敵は悪の組織なのね?」

 私は冷ややかな笑みを浮かべる。

「なんだよそれ」

「それで、私をどうやって守るの? ピストルで撃つの? 超能力? それとも殺し屋に依頼するの?」

「なぁ、」

「変身して、戦って、ちょっとやられて、でも最後は敵のアジトを爆破して……はいこれで安全ですって、そういうわけなのね!」

「なぁ、キティー」

子猫ちゃん(キティー)なんて呼ばないでよ!」

「じゃあなんて呼べばいい? ミズ・ブロッサム」


 姓を呼ばれ、私のヒステリーはハッと冷めた。

 キャットは、私が尋ねる前に、私の胸元を指差す。

『三秒でうせろ! さもなきゃケツに……』

 じゃなくて、その下。

 懐中時計だ。

 外蓋に父の名前が彫ってある。


「納得がいくように全てを説明してくれたら、名前を教えてあげるわ!」

 私は辛辣に言った。

 正直、私の名前にそれほどの価値があるとは思えなかったが、教える気もさらさらない。


「手を出すのなら最後まで面倒を見ろ、と誰かが言った。今、俺もお前も安全じゃない」

 案の定、キャットは考えた末にそう答えた。

 つまり、何もかも秘密というわけだ。


 私はため息をエネルギーに立ち上がった。

 そして、有無を言わせない足取りで、ドアの前に立つ。

「バスで帰る。一人でね」

 私が無機質な声で宣言すると、キャットは笑った。

 ソファーから立ち上がることもせず、私の足掻きを面白がっている。


「バス停に辿り着けるのか?」

 彼は含み笑いを隠すように、手で口を覆った。

「辿り着くわ、根性で」

 もちろん、スタンガンはありがたく活用させてもらう。

 にやけたキャットの顔を睨みつけ、私は精一杯声を張った。

「あなたは私を救ってくれたかもしれないけど、独りよがりのエゴイストよ。じゃあね!」


 私は乱暴にドアを開け、表に飛び出そうとした。


 ところが、実際は、鋼鉄が私の肩を跳ね返しただけだった。

 ドアは開かなかったのだ。

 キャットが待ってましたとばかりに吹き出した。


 私は怒りと恥ずかしさに赤くなりながら、それでも冷静にドアを分析した。

 鍵は開いているのに、どうして開かないの?

 ダブルロック?

 ドアを見上げたり見下ろしたり、強引にノブをひねろうとした。

 しかし、鉄の扉はびくともしなかった。


「何なのよ!」

 私が怒鳴りつけると、ドアの代わりにキャットが答えた。

「そのドアには癖があるんだ。さっきのお前の顔……!」

 そこまで言って、彼はこみ上げる衝動に身をゆだねた。

 そのまま呼吸困難で死んでしまえ!


 左回し、右回し。

 押す、引く。

 上げる、下げる。

 私は、ドアを開く方法として常識で考えられるコツをひとしきり試す。

 けれども、最終的には殴る、蹴るに至った。

 荒々しい音が、ドアの向こうに響いている。

 なんて強情な扉かしら!

 その頃には、キャットは私の見物に飽きてテレビを眺めていた。


「こういうの、拉致監禁っていうんだから! 警察呼ぶわよ!」

 ノブに細工がないかを確かめながら、背中越しにキャットに言い放った。

 さらに言えば、ストーカー行為と痴漢のデザート付き、情状酌量の余地なし。


「拉致してねぇ、監禁もしてねぇ」

 キャットはのんびりした口調でそう答える。

 私は腹立たしいほど賑やかなテレビの音声を、これでもかと邪魔しながら、ドアのカラクリを暴こうと躍起になった。


 そのとき、ピリリリリ、と携帯が鳴った。

 私のではない。

 私の携帯電話はフードショップのロッカーに置き去りだ。

 それを思うと、なおさら早く戻りたい、私の住む町サクラメントに。


 キャットはディスプレイを確認すると、少し怪訝な顔をして電話に出た。

「誰だ?」

 第一声は低く警戒していたが、相手の名前を聞くと、がらりと調子が変わった。

「――ああ、サリーマンか。なんで俺の番号知ってんだ? ――あっそう、興味ねぇな」

 あの日絡んできたチンピラの一人ね。

 私はわざとデタラメにドアノブをガチャガチャやった。

 ガンガンと蹴りも入れた。


「で、俺に何の――え? 何だって? ちょっと待ってくれ、今ドアの修理中で」

 キャットは携帯を耳に当て、もう片方の耳に栓をしながら、寝室に退散した。

 それを見て、私はささやかな勝利を感じる。

 あなたがあのフランケンと仲良くおしゃべりしている間に、この薄汚い野良猫のねぐらから脱出してみせるわ!




 それから、小一時間ほど経ったころ。

 私はその場にへたり込んで、ひんやりと冷たいドアに額を当てていた。

「何で開いてくれないの」

 部屋のどこかに仕掛けがないかと探したりもした。

 シンク下から鉄のフライパンを見つけ出し、ドアノブを破壊しようとさえした。

 けれども、結果はご覧の通り。


「開かないドアなんて、ドアって言わないのよ! この鉄板野郎!」

 メタルハートに精神的攻撃が効くはずもなく、私はついにお手上げ状態となった。

 窓からの脱出も無理。

 万事休す。


 私は強行突破を諦めると、キャットのいる寝室のドアを叩いた。

「ねぇ。逃げ出すのはやめるから、せめてもう少し事情を説明してくれない?」

 電話での会話は聞こえてこないが、返事もない。

 私はしつこくノックを続けた。

「私はレジ係に扮したお姫さまでもないし、独裁者が欲しがる情報も持ってないし、アンドロイドでも、ミュータントでもないわ。私が安全でないというのなら、それはあなた側に原因があるんでしょう? ねぇ、どうなのよ、何かいいなさいよ!」


 答えは沈黙、つまり“No”だった。

 あっそう、無視するのね。

 都合の悪いことには口をつぐみ、調子の良いことばかりペラペラと。

 ドアには、やはり鍵が掛かっている。

 さては、この向こうに相当な秘密が隠されているに違いない。


 私は少し距離を置いて、ドアを見据えた。

 抵抗しても無駄よ、あなたは玄関のドアと違って、鉄じゃないんだから!

 下腹に力をこめると、私は肩からドアにぶつかった。

 痛い!

 一発目はドアを軋ませただけだったが、反応はいい感じ。

 肩にアザが出来るのを覚悟して、私は何度もドアに体当たりした。


 何度目かに挑戦したとき、ドアノブの掛け金がはじけて、私は部屋の中に飛び込んでいた。

 突入成功だ。


 ドアの上に座り込んだまま、私は部屋を見回した。

 重々しいどん帳のようなカーテンに遮断された、薄暗い空間。

 キングサイズのベッドが部屋の大半を占め――確かに広いわね――、あとはクローゼットとスツール、小さなサイドテーブルがあるばかり。

 私がさっきまでいたダイニングキッチンより片付いていた。

 というより、予想外なほど小奇麗な部屋だ。


 とりわけ変わったところは見られない。

 そう、キャットがそこにいないという事実をのぞけば。


 まさかとは思いつつ、ベッドの下をのぞいてみたが、そこにストレイ・キャットは潜んでいなかった。


「いないの?」

 私はうろうろと部屋を歩き、そして、重たいカーテンをめくった。

 青空が目に沁み、私は眉をひそめながら、その明るい世界に目が慣れるのを待った。

 窓の鍵が開いている。


 ひらめいて、私は錆び付いていない窓をサッと開いた。

 恐る恐る下を覗いたとき、私のひらめきは確信に変わる。


 入り口のドアの癖――それは、一方通行。

 あのドアは、内側から開かないのだ。


 その証拠に、窓のすぐ下には外壁をジグザグに伝う非常階段の踊り場があり、鉄階段が下へと――大げさに言うならば、自由へと続いていた。

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