はじまりの村
魔物退治をした勇者が住んでいた場所。俗に言う「はじまりの村」に着いたザレルたち。村の入り口を塞ぐように、看板が立てられている。
[移転しました]
ルディスが内容を確認すると、数ヶ月前から無人のようだ。辺りを見渡しても人気が無い。それでも念の為に村を見て廻っていると、遅れていたジコンが合流した。イグル達の姿が見えない所をみると、どうやら途中で別れたらしい。
やがて彼らは再び村の入口まで戻ってくる。そこでジコンが
「報告にあった通りのようですが、収穫はありましたね」
と言って、少し離れた民家の影へと手をかざす。その指先から放たれた礫が、潜んでいた何者かを捉えた。
「シアリス様の隠形、よくぞ見破った!」
声とともに物陰から出てきたのは体格の良い男で、全身にワイルドな体毛が生えっている。
こめかみから血を流しているのを見ると、さっきの礫が当たったらしい。頭に毛がない分、傷口がよく見える。
警戒する様子もなく立っているザレル達。不満顔で距離を詰めるシアリスの手には、いつの間にか両刃の剣が握られていた。
地を蹴り、剣を振りかぶって襲いかかるシアリスに対して、ザレルとルディスは下がって距離をとる。ひとり、ジコンだけがその場で迎え撃とうと身構えた。その手にもいつの間にか剣が握られている。
頭上で剣を受けたジコンが脇腹に膝を入れる。呻いて体制を崩したシアリスの顎に向かって再び膝を入れようとするが、危険を感じたシアリスは大きくのけ反ってそれを躱す。
膝は当たらない、そう思われたが、ジコンはそこからさらに膝を伸ばし蹴りへと繋げた。彼のつま先がシアリスの顔面を襲う。
のけ反った勢いのまま三度バク転し、距離をとったシアリスの鼻からは血が出ていた。
鼻血を拭い、露骨にイヤな顔をしながら片膝をつきながらジコンを見るが、シアリスは特に警戒する様子もない。
不満げな顔で、ゆっくりと地面に手をついたシアリスが叫ぶ
❚土塵埃!!❚
声と共に手元から視界を奪うほどの砂埃が湧き上がった。魔力を帯びているのだろう、簡単におさまる様子がない。続けざまに
❚咆哮鎖縛!❚
放たれた音の鎖が彼に纏わりつく。虚を突かれたジコンに一瞬の隙が生まれたが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。とりあえずは視界確保だな、そう思って神異力を使おうとした時
『風漣』
ルディスの声が響いた、どうやら彼が先に使ったらしい。
風の波によって砂埃は取り除かれるが、シアリスの姿は既にない。
油断し過ぎたようだ。取り逃がしたことをザレル詫びる。
「まあ、良いでしょう。後はヤクダイさんに任せておきましょう」
ザレルそう言って、これ以上収穫のなさそうな村を後にするのだった。
村を離れて数キロ、目的の場所に着いたシアリスはようやく一息つくことにした。小川で顔を洗っていると、林の中から気配がする。
やっぱり尾けられたか。今日は疲れる一日だったな。そう思いながら振り返ると女が歩いてくる。
「残念だったわね」
彼女がザレルの言っていたヤクダイなのだろう、シアリス捕獲のためにさらに近づく。だが、そこで突然体の自由を奪われた。
「いやあ、あの三人の誰かじゃなくて良かったよ」
そう言った彼の顔は良い笑顔だったのだが、ヤクダイはそれを見ることがなく意識を失っていた。