その夜
町役場からほど近いある施設、そこに王都から派遣された部隊の隊主が滞在している。彼は王都でも、過去に「誰一人還る者のない」として知られるこの作戦に立候補した稀有な存在だった。実際、立候補によって王都での彼の評価は上がり領民の為に尽力を惜しまぬ者、として彼の名は王都全域に知れ渡った。
ところが人の心は複雑で、賞賛される人物に対して多くのアンチパシーが芽生えてしまう。その結果、世間を騒がせる「未帰還率」とを結びつけ、危険な場所に志願する「売名」と未帰還率上昇の「無能」という誹謗が蔓延したのだった。
宿泊施設を警護する領地と王都からの警護班もようやく打ち解け、警護中に他愛のない話をするようになっていた。
「そういえばあの噂」
新人だろうか?まだ若い領地側の警備が、思いついたように口に出した。
それを聞いた彼の上司の表情がほんの少し変化した。
上司にしてみれば「隊主」などは名目上で、実際は来賓として作戦に参加も指揮もしない事を知っている。だから噂が事実だって驚きはしないのだが
「まぁ、噂は噂だからな」
と言っておく。
「全く、噂というものは無責任で困りますな」
これに答えた派遣側の兵士も、どんな場所でも実際に戦うのは領地の兵士と下請けだけ、という事実を知らずに噂を流している下賤な領民に可笑しさを覚えていた。
その後、互いに会釈をして別れた三人だったが、上司の後に続く彼は後で怒られるのでは無いか?と少しだけ怯ていた。
ところ変わって宿泊施設内。ここでは酒宴が開かれている。
隊主が到着した日から始まり既に数日、飲み食いをし、眠くなれば寝所に戻り、目が覚めれば再び会場に戻る。魔物退治の為に「鋭気」を養う事を目的とした儀式は、大切な時間で疎かにはできない。
そんな常に酣な場所に一人の男が通されてきた。
彼は隊主を見つけると
「毎度ご贔屓にして頂きまして、有難うございます」
そう言って立礼する。
隊主はそれに軽く手を上げて答え
「遅かったんじゃないか?」
と赤ら顔を向けた。
対する彼は、では早速と言いつつ算盤を取り出した。実は彼の職業は神に使える神官、の見習的存在で隊主のお抱えの一人だった。
そんな彼が、事前に目を通した資料から弾いた結果を隊主に提示すると
「おお!」
と満足げな反応を示す隊主に
「ぜリン様価格でございます、ご内密に」
そう言って再び頭を下げた。
この時の立礼は初めよりも深く長かったが、溢れ出る嗤いを隠すためだと、言うことに気付く者はいなかった。