何をではなく誰が
部屋にノックの音が響く。
アデイロはそれでもセラーゼへの視線を外すことはない。
彼女の言葉を待っていたが、その意識は先ほどノックされた扉に向いているようだ。
「入りなさい」
セラーゼの言葉に他の者は互いに顔を見合わせる。
扉が開き、入ってきたのは色白の女性だ。その姿を見て、室内が一瞬ざわつく。
彼女はコゾロナと言い、この国でルトラ教の教主をしている。と同時に七光りの一輝のひとりでもあった。
普段は宗教を政治に利用されることを嫌い、ここに来ることは無いのだが、今回はセラーゼのたっての願いでこの場を訪れていた。
教会では何度も会っている彼女だが、場所が変わることで他の皆から好奇の眼を向けられる。それを察したように
「少し外しますね」
セラーゼがそう言ってコゾロナと共に退出する。
「おいおい、これは大事じゃないか?」
普段と違うことが起きている。今回のソロランタス出兵はそれほどの出来事なのだろう。
もしかしたら敵は鬼の力を取り戻したのかもしれない。そんな予感がコベセルにはあった。
かつてお伽噺の時代には、どの国も現在を遥かに凌駕する独自の力を有していた。
当時はその力を使い放題に使いまくり、勢力を拡大するための争いが絶えない。
本来平穏を手に入れるため、人々を守るために得たはずの力が、目的を達成したあとは人々を苦しめる力となってしまう。
やがて長い戦いのあと、各国は互いに大きな被害を出し、ようやく戦いは終わる。
その後、長い年月を経て御伽話に伝わる強大な力は意味を失い、それを使う術も失われたが、平和な世界で再び力を得ようとする者はいなかった。
そう、表向きは…。
ところが今回の出兵騒ぎでコゾロナがここに姿を見せている。
もしかしたら敵は失われた鬼の力を再び手に入れたのかもしれない。
「もしそうなら、七光りの力を強く受け継いだ貴族の力が必要なんじゃないか?」
コベセルの発言に
「そんな憶測でモノを言って貰っては困りますな」
アデイロがいち早く反発する。
内務省のイクセンと外務省のキザルべはアデイロに賛同し、国家保安省のデルムは反応が無いが無言のまま、ということはそういうつもりなのだろう。
こいつら…。
コベセルの心に苛立ちがこみ上げてくる。
そこに離席していた二人が戻ってきた。
二人は落ち着いた様子で席に座る。
「今日、コゾロナさんに来てもらったのは、ソラロンタスの出兵が大きな戦いになるかもしれないからなの」
セラーゼの話では、ソラロンタスが新たに鬼神の力を取り戻したかもしれない。
しかもその力を使って世界を制覇しようとしているらしい。それにもしかしたら他の国とも既に共謀しているのではないか?という疑いもある。
この危機的状況に対して、教会にも協力してもらうためにコゾロナを招いたのだという。
「そこでアデイロさんにも協力して頂きたいの」
「そういった事情でしたら、この後すぐにでも手配致します」
アデイロの反応の速さに負けじとキザルべとイクセンも賛同する、がデルムだけは表情を崩さず無言のままだった。
こ・こいつら…。
コベセルの苛立ちが膨らみ、溢れ出そうになる。
そんな自分を見るアデイロの口髭が微かに揺れたように見えた。
鼻で嘲笑った?
「じゃあ、キョウハここまでだな!!」
苛立ち混じりに言い放ち、険悪な視線で皆を睨む。
「ちょっと待って下さい。皆さん、他に何か?」
セラーゼが彼の発言を窘めるように言って皆をみまわすが、特にこれといった反応はない。
「では、今日はここまでにしましょう。アデイロさんは後ほどまた」
貴族院の兵士を手配したあと教会との打ち合わせをするために声をかける。
それがまた、コベセルの心をかきみだす。
こ・コイはツら…。
こいつらは本当に腹が立つ。そんな思いも限界を迎えた苛立ちの前では、もはや心の声ですら呂律が怪しくなってしまう。
それでもなんとか自分を抑え、穏便に退出してようやく執務室へとたどり着き、扉を開けて心を開放する。
「今日は帰るぞ!!!」
仕事に追われ、書類に埋もれながらそれを聞いた補佐官は無言だったが、彼の心のなかでは深い溜め息が溢れていた。この溜め息は現実と違い、彼の心に長く深くこだましていく。




