不穏な気配
エグラはセラーゼの所へ行ったが、来客中だった。
部屋の前には二人の護衛が立っていて、入室を控えるように告げられる。
彼らは帯剣こそしていないものの、体の要所に暗器を仕込んでいるようだった。
恐らく訪問者は等位の低い者だろう。
そんな事を考えていると、不意に扉が開く。表れたのは軍務局の遣いとして何度か見たことのある小男だ。
彼はエグラに気が付くと上唇をべろりと舐め、上目遣いをしながら首を傾けた。愛らしく魅せようとしたのか下膨れた頬いっぱいの笑顔、その上唇は陽の光を浴びてぬらぬらと輝いている。
「これは、エグラ女史。お待たせして申し訳ない。ですが私もこのあとまだ所用がありましてな。ですが、お美しい貴女の為に私的な時間を割くことは、やぶさかではございません。ご連絡、お待ちしております」
は? は?
いきなり意味のわからないことを言われて動揺する。
彼の態度をみて総毛立ち、血の気が引いた。
エグラに追い打ちをかけたのは、彼の言葉だけではない、それは聞いていた護衛たちに向けられる好奇の目だ。
さらにそこから生まれる虚実の流布を想像すると、体温が急上昇する。
羞恥なのかそれとも怒り?わからないが、ダメージが大きいことだけは自覚できた。
彼女にとって救いだったのは、陽の光が逆光になって彼らに紅潮した顔を見られなかった事だ。
喜びで赤面?そんな噂が流れたら、城に棲む噂好き達の餌食になってしまう。
なんとか平静を装って事務的に挨拶した彼女は、疲れた足取りで執務室へと入っていった。
「何かあったようね。まあ、それはこちらもなんだけど…」
それを聞いたエグラは、あのオッサンまさか!?
そんな考えが一瞬過ぎったが、そんなことがあるはずもない。
気持ち切り替えベリルからの報告をする。
しかし以前ほどの興味を示さない。
恐らくは先程の訪問者のせいだろう。と思ったが、聞いて良いものか?
少し悩んだが、尋ねてみることにした。
するとセラーゼが、良いわと言って話しだす。
今から数時間前、隣国ソロランタスが戦備を始めたという情報が入った。
ソロランタスは御伽話で「鬼神を降伏させた英雄」が造った国だと伝えられている。
お話の中で彼は三人の従者とともに戦うのだが、ときを経た今ではその従者の子孫がいがみ合い、それぞれが力を誇示するために度々、隣国へと侵攻を行っていた。
国王は幼い頃から三者に操られて、ただの傀儡となっていた。
それでも国が分裂しなかったのは、誰かが飛び抜けて力を持とうとすると、残りの二者で結託して力を削ぎ、バランスを保ってきたからだった。




